第146話 女王の葛藤

「……察してくれ。どう伝えればいいか分からなかったんだ。私自身も……フォレッドが私を見捨てたなんて信じたくなかったし、葛藤してた。ずっと……」


 女王はベッドから立ち上がり、俺と向き合う。


「だから今回は、お前から話を聞けて良かった」


「え?」


「フォレッドの事を言い切ってくれたのが嬉しい。あいつは私を見捨てたわけではないと、やっと信じれる」


「ええ、それは間違いありません。何度でも断言します」


 俺は胸を張って言った。

 親父のこと、よくも知りもしないのに……俺ってやつはよく言えたもんだと思う。


 だけど、不思議とこれだけは自信を持ってハッキリ言えるのだ。

 親父が女性を見捨てるはずがない。


 女王は小さく微笑み、しかしすぐに顔を曇らせる。


「……レイゼには、なんと説明するか」


「なんて言ってあるんです?」


「なにも」


「え?」


「なにも言っていない。あの娘には」


 俺は耳を疑った。

 何も言っていない?


「ぇ、でも、レイゼは……」


 ローエから聞いたことだが、レイゼは自分の母の事を『男に後ろから襲われて自分を生んだ』と言っていた。

 何も言っていないはずは……


「男に後ろから襲われて、子を孕んだ。か?」


 脳内を読まれたようで俺は思わず驚いた。

 隠す気にはなれず、素直に頷く。


「……そう聞きました」


「それはあの娘の思い込みだ。私が何も言わないから、周りと同じだと思ったのだろう」


 思い込み?

 じゃあ女王様は男に襲われたわけではないのか?


「じゃあ……あなたは、親父とだけ?」


 極めて失礼な質問だと理解していたが、聞かずにはいられなかった。

 女王は砂を噛むような顔で答える。


「いや、私も男どもに蹂躙された女の一人だ。数え切れないほど……この身体を汚し尽くされた」


 自分の身体を抱きしめ、震わせる。

 過去を思い出し、その身に受けた傷が疼いているのだろう。

 抱きしめてあげたい衝動に駆られたが、女王は前を向いていた。


「だがレイゼは間違いなく私とフォレッドの娘だ。妊娠のタイミングから見て間違いない」


 タイミング……か。

 なるほど。

 拉致される前に女王は親父と……


 でも、それならどうして?


「確信しているなら、どうして何も言ってあげなかったんですか?」


「私の……優柔不断だ」


「優柔不断?」


「……最初は信じていた。フォレッドが助けに来てくれることを。だが時が経つにつれ、私は……」


 瞳を閉じて、女王は大粒の涙を溢した。


「お前にだから言うぞ。ゼクード。本当に……本当に辛かったんだ。泣くことも許されず……好きでもない男どもに身体を蹂躙される日々。そんな中でフォレッドを信じ続けるのは無理があった。私の心が先に折れてしまったんだ」


 ボタボタと、止めどなく溢れる涙は床を濡らした。

 さすがにもう見てられず、俺はもう一人の母親を、自分の胸に抱きしめた。

 親父に代わって、この涙を受け止めねばと思ったのだ。


 母は……女王は俺の胸板に顔を埋めて、素直に泣いてくれた。

 熱い雫が鎧を濡らした。

 過去の不幸にただ震える母を一身に受け止めた俺は、彼女の背に手を回してしっかり抱きしめる。


「どれだけ待っても、いつまで待っても……フォレッドは来なかった……」


 俺は頷いた。


「裏切られたと……見捨てられたと思った。そんな男を……レイゼにどう説明すれば良いか分からなかった」


 俺は頷いた。

 母の背中を擦りながら。


「私の愛する夫。私を見捨てた夫。そのどちらとも決められず……でも後者だと決めつけていたはずなのに……ずっと告げられなかった……」


 俺は、頷いた。


「レイゼに何も言えなかったのは、私がいつまでもこんなだからだ。ズルズルズルズルと……」


「……ずっと親父を信じてたんですね。あなたは」


「……」


「俺にはそう聞こえました」


「……ありがとう」


 母が俺の背に手を回して、胸に顔を埋めてきた。

 歓喜に打ち震える母の姿は小さい。

 俺よりも背の低い母は、しばらくの間、ずっと俺の胸で泣いていた。

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