第136話 女と女で話し合う

「片眼野……いやゼクード……だったな! どうかオレの身柄一つでこの場は手を打ってほしい! 頼む!」


 レイゼが雪の地面に頭をめり込ませた。

 土下座である。


「やめろよそういうの! 何もしないって! 俺たちはドラゴンを倒しに来ただけなんだ!」


「信用できねぇ!」


「えぇ……」


 顔を上げたレイゼはハッキリと言ってきた。

 いや、信用できないならそもそも頭下げるなよ。


「オレは男を信用するなって叩き込まれて育った。お前が男である以上、何も信用できねぇんだよ」


 なるほどやはり教育のせいか。

 こりゃ良い迷惑だ。

 親の顔が見てみたいぜ。


「面倒な。じゃあどうしたらいいんだ? 話が進まないじゃないか」


「だからオレの身柄一つで他のみんなは逃がしてくれ! それで良いんだよ!」


「要らねぇよお前なんか!」


「オレを好きにしろ。なんでもしてやる。だから他のみんなには手を出すな」


「いや、うん……じゃあもう面倒だからみんな連れてさっさと逃げていいよ。追撃しないから」


「それが信じられねぇって言ってんだ!」


「いや聞けよ」


「そうやって安心させて後ろから襲うのが男ってのは知ってんだぞ!」


 うわ!

 あったまキタ!

 この分からず屋が!


「あのな! まるで男がみんな獣みたいな言い方すんな! 失礼だぞ!」


「獣だろうが! ここにいる女たちみんな、オレを含めてオヤジの顔を知らねぇんだぞ!」


「はぁあ!?」


 ウソだろオイ!

 全員!?

 最悪じゃねぇか。まだそんな男どもがいるなんて。


 っていうか一緒にしないでほしい。


「おら……オレを汚せよ」


 立ち上がってきたレイゼが俺に詰め寄ってくる。

 胸に手を当てて。

 顔を恐怖と怒りで染めて。


 でもその顔は、恥ずかしさで泣きそうな顔でもあった。

 それでもレイゼは向かってくる。


「テメェら全員相手してやるよ。それで満足するんだろ? テメェら男はよ」


 ダメだ。

 話にならない。

 どうすりゃいいんだ?


 ぶん殴って止めるか?

 でもそれって結局コイツらの言う男たちと変わらない気がする。

 

 ドゴンッ!


「ぶっは!?」


「え!?」


 レイゼが、ぶっ飛んだ!


 ──え?

 な、なんだ!?

 俺はまだ殴ってないぞ!? 


「レイゼ!?」

「レイゼちゃん!」

「レイゼ隊長!」

 

 リベカやミオン。

 その他の女騎士たちが驚愕した。

 

「いい加減にしなさい!」


 聞き覚えのある声がした。

 いつの間に来たのか。

 彼女は俺の前に立っていた。


「フラン!」


 青いマントを靡かせた妻の登場だった。

 同性の乱入者にレイゼが頬に手を当てながら睨んだ。


「お、女? なんだあんたは!?」


「フランベール・フォルス。【エルガンディ王国】の女騎士よ」


「フランベール…………──フォルス?」


 怪訝な顔を浮かべたレイゼに、フランベールは言う。


「男を信じられないなら、女のわたしと話し合いましょう? その方が落ち着いて出来ると思うのだけれど、どうかな?」


「……」


 レイゼは黙った。

 悩んではいるが、どうにも反対というわけでもなさそうだ。


「ゼクードくん。ここはわたしに任せて」


「え?」


「この子たちはただ怖がってるだけだわ。本当に男の人たちが怖いみたい。わたしが話を聞くから、ゼクードくんたちは下がっててくれる?」


 そうか……やっぱり本気で怖がってるのか。

 だからあんなに興奮して話にならない上に面倒くさかったのか。

 男が相手だとああなるなら、ここは女のフランベールたちに任せた方がスムーズだろうな。


「……わかった。頼むよ」


「うん。あとカティアさんとローエさんも呼んでほしい」


「わかった。でも、気をつけるんだぞ?」


「大丈夫。任せて」


 フランベールがウインクする。

 可愛い……


「……なら、俺たちは退くぞ。そこのみんな。彼女たちを離してやってくれ」


 味方のS級騎士たちに指示を出すと、彼らは文句も言わずに彼女たちを解放してくれた。

 そして俺と共に後方へ下がる。


「ここは危ないから、場所を変えようか」


 フランベールが倒れたままのレイゼに手を差し出した。

 レイゼは一瞬だけ躊躇ったが、敵意を感じないフランベールの手を握り返した。

 グイッと引っ張られてレイゼは身体を立たせられる。


「あんたは……あのゼクードってやつの奴隷なのか?」


「ううん違うよ? それよりほっぺは大丈夫? わたしなりに加減したんだけど、痛かった?」


 俺はフランの言葉に耳を疑った。


 あれで加減してたんだ!

 レイゼすげぇブッ飛んでたけど!?

 口と鼻から血が出てるし。


 ぁ、いや、それもそうか。

 フランが本気で殴ってたらレイゼは今ごろ気絶してるだろうし。そんなもんか。


「こんなもん……痛ぇに決まってンだろ」


 でしょうね。


「そっか。ごめんね。でもさ? 自分の大好きな人をあんな風に言われたら……許せないよね?」


 言われたレイゼは顔を青ざめたさせた。

 彼女だけでなく、周りのみんなもだ。


 無理もなかった。

 端から聞いていた俺でさえ身が凍りそうだったから。


 フランベールは……

 顔は笑っていても、声がまるで笑っていないのだ。


 あの優しいフランベールが本気で怒っている。

 初めて見たかもしれない彼女の怒りに、俺は桁違いを感じた。

 ローエやカティアの比じゃない。

 

 全身の血が凍るようだ。

 こ、怖い。



 その後、カティアとローエと合流したフランベールは、レイゼたちの設置したキャンプへ案内された。


 その道中で、フランベールは先頭を歩くレイゼの後ろ姿を見ていた。

 白と黒のカラーリングのせいか、ゼクードとイメージが重なってしまう。

 なんだか妙に似ている気がするこの二人。


「おい……あのレイゼって女騎士。ゼクードに似てないか?」


 カティアが小声でローエとフランベールに言う。

 

「似てる」

「似てますわ」


 ゼクードの妻が揃って肯定する。


「銀の髪と黒の鎧ってのがもうゼクードくんと丸かぶりだよね」


「そうですわね。そのせいか、なんだか……」


「ああ。なんだか他人のような気がしない。不思議な気分だ」


「うん」

「ですわ」


 色のせいか妙な親近感を覚えるゼクードの妻たちだった。



 そしてレイゼたちのキャンプ場についた。

 そこはエルガンディの人間たちならまず立ち入ったことのないほどの奥地。


 これほどの奥地だというのに、森は絶えず、雪も止まない。

 肝心のドラゴンの気配もない。

 巨大な地層の壁に囲まれた理想のキャンプ場だった。


 たくさんのテントが張られており、すでに火を起こして暖をとっている女騎士たちが見える。


「あらあら本当に女騎士だらけですわ」

「絶景だな」


 どこか感動するようにローエとカティアが呟く。

 エルガンディでは希少な女騎士だが、それが今は大勢いる。

 当たり前のように。


「それじゃあ話をしようか」っとフランベールが切り出した。

 レイゼ・リベカ・ミオンという隊長たちを集めて、焚き火の周りに集合させる。


 責任者が集まったのを確認したフランベールは口を開いた。


「わたしたちはこの雪の元凶であるドラゴンを倒しにここへ来たの。あなた達は?」


 聞くとリベカが答えた。


「同じです。我々の調査の結果、この雪はドラゴンによるものだと判明しています」


「なら目的は同じだね。協力しようよ。その方がお互いにメリットがある。早期解決にも繋がるし」


「……」


 レイゼは何故かまだ悩んでいるようだった。

 先のリベカも、素直にウンとは言わない。

 何故だろうか?


 フランベールはそんな疑問を持ったが、カティアが推すように付け足してきた。


「レイゼ。リベカ。私とフランが雪のドラゴンを一匹ずつ倒した。あと何匹いるかは分からんが、そんなに強いドラゴンではない。協力して事に当たればスムーズに行くと思うぞ?」


「それは……わかってる。あんたらほどの実力者が味方になってくれるなら、これほど心強いことはねぇよ。けど……」


「あの男たちは嫌だよねぇ。怖いし。足枷の付いてない男なんて初めて見たもん」


 ミオンの発言は、フランベールたちを驚かせた。

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