第123話 癒えない傷
「その万が一でガイスが死んだらどうしてくれるのよ! やっと子供も生まれて私たちこれからって時に!」
「いや、それは、その……」
カティアが返す言葉に詰まったとき、また別の人間がこの部屋に入ってきた。
それは小柄な女性で、ローエと同じ金髪だった。
「お義兄さま! ゼクードお義兄さまは!?」
「リーネ!? あなたまでどうしましたの?」
「お姉さま! 義兄さまはどこですか?」
「ぉ、落ち着いてリーネ。ゼクードは留守ですわ。何があったんですの?」
「グリータさんとレィナさんが【偵察隊】に編成されるって聞いたんです」
「え!?」
リーネの発言に姉のローエが目を見開く。
「どうしてあの二人なんですか? 他の騎士さんじゃダメなんですか?」
「それは……」
「お姉さまお願いです! お義兄さまを説得してください! グリータさんとレィナさんを【偵察隊】から外してほしいって!」
「ガイスもよ! ガイスも外してちょうだい! 危険な任務ばっかりやらせないでよ!」
ここに来てリリーベールまで声を上げた。
穏やかではない二人の声音は赤ん坊のカーティスたちをさらに泣かせてしまう。
完全に板挟みになってしまったローエとカティアだったが、そこへ足早に音を立ててフランベールが現れた。
「姉さん何してるの!」
「フラン!」
「子供たちの鳴き声が聞こえたから来てみれば、また何を騒いでるの」
「あんたの旦那が私のガイスを【偵察隊】の隊長にしたのよ!」
「それがどうしたの?」
「なんでいっつもガイスなのよ! 他にもたくさん騎士がいるでしょう!」
相手が妹のフランベールだからなのか、僅かに怒りの熱を下げながらリリーベールが言った。
対するフランベールは特に怯む様子もなく、事態を理解して説明を始めた。
「ガイスさんは元々隊長をやっていた人よ。わたしやカティアさんたちより指揮能力がとても高いわ。戦闘力だって。ゼクードくんが何か部隊を組むときガイスさんを真っ先に隊長にするのはそういう理由があるからなのよ」
言うと、今度はリーネが前に出てきた。
「じゃあグリータさんやレィナさんは? あの二人もいつも選ばれますけど、あの二人はガイスさんと違ってS級騎士ですよね? 他にもS級騎士はたくさんいるのに、どうしてあの二人ばかりいつも選ばれるんですか?」
「それは単純に実力の問題よリーネさん。グリータくんやレィナさんはS級騎士の中でも一位と二位なの」
「そんな……」
「それにグリータくんとレィナさんは、そもそもガイスさんの部隊員なの」
理由を説明して相手の反論を封じていくフランベールだが、リリーベールはまだ引かなかった。
「同じ騎士ばっかり使ってないで、他の騎士も使いなさいよ!」
「わがまま言わないでよ姉さん。未知のドラゴンの偵察はとても危険な任務なのよ? 生半可な騎士がやっていい任務じゃないのよ」
「だからって! 他の騎士にも経験を積ませなきゃダメでしょう!」
「それはわかってるよ。みんなに経験を積ませなきゃいけないってのはゼクードくんも分かってる。現にゼクードくんは彼らにできる任務ならちゃんとやらせてるわ。でも采配にはゼクードくんの責任が大きいから慎重になってるの。こんな危険な任務に不適切な人材を当てて犠牲者を出したらダメなのよ。ただでさえ人口が1000人を切ってるのに」
エルガンディの人口が1000人以下。
これがどれほど深刻な状況か。
さすがのリリーベールもグッと息を呑む気配を見せた。
それにゼクードも過去に采配をミスしたことがあるのだ。
彼らの志願もあったが、S級ドラゴンの討伐を若い騎士たちの部隊に任せたら全滅してしまったことがある。
おそらくそれがトラウマになってしまい、今のように最初からある程度の実力が保証されているガイスやグリータたちを頼るようになってしまった。
もっと言うなら、自分がやった方が早いし安全とばかりに前線に出るようになったのもこのあたりからだ。
……全滅した若い騎士たちにも家族がいた。
その家族に泣かれ、恨まれればこうもなる。
大家族を手に入れたと同時にゼクードは責任も大きくなっていて、嫌なことも増えたと言っていた。
そんな旦那の采配を、内情を知る妻の自分がどうして責められる?
「じゃあそこの緑と赤いのがやれば良いじゃない!」
リリーベールが指差したのはローエとカティアだった。
「強いんでしょあんた達!」
「あなたいい加減に!」
「よせローエ!」
怒るローエをカティアが押さえた。
フランベールはリリーベールに強めの口調で告げる。
「姉さん! わたしたちは偵察よりも危険な討伐任務を当てられてるの。ローエさんとカティアさんを外すことはできないわ。お願いだからもう分かって? 子供も泣いてるから」
「……」
※
なんとかリリーベールたちを帰し、泣いた子供たちを寝かしつけたフランベールたちだったが、さすがにみな疲れて椅子に座って溜め息を吐いた。
「ごめんなさい二人とも。姉さんが迷惑を掛けて……」
「フランが謝ることじゃないだろう」
「そうですわよ。それに謝るならわたくしも妹のリーネがいますから……」
部屋の壁際にある暖炉に薪を付け足しながらローエが言った。
鉱山内で作られたこの部屋の隅には川が流れている。
この音が、今の心境にはとても心地良いとフランベールは感じた。そしてゆっくり口を開く。
「……大切な人を失いたくない。姉さんとリーネさんの気持ちは痛いくらい分かるんだけど、ね」
「ええ……絶対に大丈夫って、言ってあげられませんわ。それこそ無責任ですし」
ローエの言葉にカティアは頷く。
「心の傷が癒える前に新たなドラゴンが現れたのが効いたな。みんな……内心とても疲れ切っているんだろう。やっと脅威から解放されたと思ってのコレだからな」
「時間が足りなかったんだね。みんな……」
心の傷が癒えるには時間が掛かる。
みんなディザスタードラゴンのトラウマが癒えていないのだ。
故郷を滅ぼされ、家族を殺された。
そんな心の傷を持つエルガンディの民は多い。
リリーベールとリーネもその中の二人だ。
心の拠り所としているガイスやグリータという最愛の人間が死ぬかもしれないとなれば、ああも必死になるのは仕方ない。
当のフランベールも、ゼクードが居なくなってしまうことを想定したら……覚悟はしているつもりだが、やはりどうしようもなく怖い。
そのうえローエやカティアまでいなくなってしまうことを想定したら……正気でいられる自信がない。
「たっだいまぁ~!」
場違いにも程がある陽気な声が響いた。
夫のゼクードである。
どうやら帰宅したようだが、あまりに明るい声に虚を突かれて「おかえり」と言うタイミングを逃してしまった。
しかしゼクードはそんなことは気にもせず、まっすぐ寝ているカーティスたちのところへ向かった。
「良い子にしてたかみんなぁ~? あれ? なんだみんな寝てるのか……」
ションボリするゼクードがこちらを見てきて、ようやくフランベールたちの顔に気づいた。
「ん? みんなどうしたの? 暗い顔して」
「実は──」
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