第122話 不満

【王の間】を後にした俺はグリータを連れて【ヨコアナ】の外へと出た。

 灰色の空が粉雪をシンシンと降り注がせてくる。

 そんな中で今後の相談……というか決定事項を伝えるために俺は口を開いた。


「【偵察隊】の編成だけど。隊長はガイスさん。隊員はグリータ・レィナ。それから腕の立つS級騎士を一人つける。その編成でいくから頼むぜグリータ」


「いやいやいや……」


 厚い防寒マントを羽織ったグリータがメチャクチャ嫌そうな顔して首を振ってきた。


「なんでオレが【偵察隊】なんだよ」


「え? 【討伐隊】が良かったか? でもお前弱いじゃん? せめてガイスさんくらいになってからじゃないと」


「ちげぇよ! 未知のドラゴンの偵察なんてヤベー任務にオレを当てんなっつーの!」


 大袈裟に白い息を吐いて怒ってくるグリータ。

 当たり前のようなタメ口。

 立場的には俺が上なのだが、親友なのでその辺はまったく気にしない。


「お前なぁロリータ……あいてっ!」


「ロリータって言うな! 殴るぞ!」


「だから殴ってから言うな!」


 こうやって気安くドツキ合えるのも、今思えばグリータしかいない。

 このやり取りに妙なありがたみを感じながら、俺はごねるグリータに脅しをぶちかました。


「わかったよ。レィナちゃんにグリータは行かないって伝えとくよ。怖いってしつこいから任務から外したって」


「お、おい! やめろ! やめろ!」


 吹きそうになるほどグリータが怯んだ。


「レ、レィナも外せよ! A級ドラゴンを氷漬けにするようなドラゴンだぞ? 環境を変えちまうほどのドラゴンだぞ? 近づいただけで氷漬けにされるようなドラゴンだったらどうすんだ!」


「死ぬしかないな」


「うぉい!」


「冗談だよ。近づかなきゃいいじゃん。今回の任務はそのドラゴンの発見なんだから。戦闘は俺たちに任せとけって」


 一番危険なのは、やはり直接対決する俺たち【フォルス隊】のはずだ。

 未知のドラゴンが相手なら尚更。

 できればフランベールたちには残ってもらってカーティスたちの側に居てほしいくらいだが、そうもいかないだろう。


 当のグリータも、俺への説得は無理だと悟ったのか大きく溜め息を吐いた。

 外気に晒された吐息は白く広がる。


「束の間の平和だったよなぁ。またヤベードラゴンが出てくるなんて」


「そうだな」


 それには俺も同意だった。

 やっとディザスタードラゴンを倒して、ローエたちと幸せに過ごすだけだと思ってたのに。


「……ディザスタードラゴンもそうだったけどよ。今回のドラゴンもどこから来たんだろうな?」


「ん……そりゃぁ、俺たちの知らない大地の奥地じゃないか? あ、いや【竜軍の森】の奥地かな? この場合」


「なぁゼクード。オレたちってさ……凄く狭い世界で生きてるよな」


「え?」


「だってそうだろ? もしかしたら他の場所にはドラゴンのいない場所が存在するかもしんねーじゃん?」


「そんな場所……」


 あるのかな?

 でも、無いって──


「──無いって断言できるほど世界回ってねーだろオレたち。【エルガンディ】の周りをウロチョロしてるだけじゃねーか」


「まぁ……確かに」


「もし本当にドラゴンのいない場所があったら、そこに国を建てて、ずっと平和に暮らせると思わねーか?」


「それ……俺たち騎士の仕事なくならねーかな?」


「国の治安維持って仕事があんだろーがよ。ドラゴンがいなくなったって悪人は絶対出てくるんだぜ?」


「それもそうか」


「だろ? ほんと、ドラゴンさえいなければいつ死ぬかも分からねぇ狩りをしなくて良くなるし、レィナもリーネも安全に暮らせる。良いことしかねぇよ」


「そうだな。有るかもしれないな。この世界のどこかに」


 実在するなら見つけたいものだ。

 カーティスたちが静かに幸せに暮らせる場所があるなら。



 日が沈み出す頃に、カティアはローエと共に子供たちの相手をしていた。

 鉱山内の床でカーティスやグロリアたちと積み木で遊んであげている。

 

「はぁ……やっと平和になったと思ったのにこれですわ」


「まぁ、そう言うな。逆に考えれば、今で良かったとも言える」


「なぜですの?」


「我々が二人目を妊娠した後に来られたら大変だったろう?」


「ええ、まぁ……」


 ゼクードが子供を二人目も三人目も望んでいるから、ここ最近ずっとみんな夜を共にしている。というかさせられている。

 日替わりでみんなローテーションしているのだ。昨日は自分で、今日はフランベールである。


 我々女性陣は二日おきに休めるが、ゼクードは毎日だ。

 なのに枯れもせず、毎日元気である。

 恐ろしい体力の持ち主だと改めて思った。


『違うよ。俺が毎日元気なのはカティアたちがボン・キュ・ボンの美人揃いだからだよ』


 とかなんとか言ってたが、それにしたってあいつはやはり色々と化け物だ。


 自分の旦那を脳内で化け物呼ばわりしていると、いきなり部屋のドアが喧しく開かれた。


「ちょっと! ゼクードはどこ!」


 突如として入ってきたのは銀髪の侵入者。

 フランベールの姉であるリリーベールだった。


「あ、あなたは! また何の用なんですの!?」


 なぜか床で遊ぶ子供たちを守るようにしてローエが立ち上がった。

 カティアもそれに習う。


「ゼクードって男はどこだって聞いてんのよ! あんたの旦那でしょう!」


 激しい剣幕でリリーベールが怒鳴り、床で遊んでいた子供たちが驚いて泣き出した。

 立ち上がったカティアは慌てて屈んでカーティスたちを撫でる。


「見て分かりませんの!? 居ませんわよ! あと子供が驚いて泣いてますわ! 静かにしてくださる!?」


「じゃあフランは!? あの子もいないの!?」


「だから見て分かりませんの!? 居ませんわよ! 何なんですのあなたは!」


 ローエまで怒り心頭になり始めた。

 これはマズイとカティアは立ち上がってローエを片手で制する。


「ローエ落ち着け。リリーベールさん。どうされたのです? 我々の主人が何か失礼を?」


「なんでガイスが【偵察隊】の隊長にされてんのよ!」


「え?」


「未知のドラゴンの偵察なんてぜっっったいに危ないじゃないのよ! ガイスを殺す気なの!? あんたの旦那は!」


「はぁ? なんでそうなりますのよ!」


「待てローエ! リリーベールさん。それはとんでもない誤解です。我々の主人は決してそんなことを企んでおりません」


「じゃあなんでわざわざガイスを選んだのよ! 他にもたくさん騎士はいるじゃないの!」


「ガイス殿は騎士の中でも四人しかいないSS級騎士です。彼を編成したのは万が一の事態を考えてのことだと思います。彼ほどの達人ならば──」


「その万が一でガイスが死んだらどうしてくれるのよ! やっと子供も生まれて私たちこれからって時に!」


「いや、それは、その……」

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