第121話 雪

 あれから一週間が立った。


 生き残った俺たちは【エルガンディ王国】再建のために、必要な資材を集め、計画を練り【ヨコアナ】付近から建築を開始した。


 まずは城壁の建設が急務で、技術者たちが騎士たちに指示を出し円滑に作業が進められていく。


 俺はその光景を青空の下で、草原の上で眺めていた。

 別にサボっているわけじゃない。


 俺は今、妻のローエと共に息子カーティスらの面倒を見ているのだ。

 フォルス家で働きに出ているのは妻のカティアとフランベールである。


 なぜ一家の大黒柱たる俺が育児側に回ったかと言うと、ジャンケンでそうなっただけだ。

 特に深い理由はない。


 明日は俺とローエが建設作業の手伝いに出ることになっている。カティアとフランベールは育児だ。

 これがフォルス家のジャンケンで簡単に決まったローテーションである。

 

 ジャンケンで負けた時のカティアとフランベールの顔は今でも忘れない。

 この世の終わりみたいな顔してた。

 俺とペアになれなかったからって、あそこまで絶望せんでも……

 いや気持ちは嬉しいんだけどな?


「うふふ……わたくし、ジャンケンは強いのかもしれませんわね」


 息子カーティスを抱いたローエが俺の隣で幸せそうに笑った。


「んー、確かに。昔カティアとジャンケンした時も勝ってたもんな」


 娘グロリアとレミーベールを抱えながら俺は同意した。

 するとローエは頬を赤くして俺の隣にさらに寄り添い、ピタリと密着してきたのだ。

 お互いの鎧がガチャリとぶつかる。


「このペアなら、しばらくあなたを独り占めできますわ」


 妻がメチャクチャ可愛いこと言ってくるんだが。

 顔を赤らめてるから尚更。


「あんまりカティアとフランの前では言うなよ?」


「わかってますわよ」


 言って、俺とローエはそっと慣れた動作で口づけを交わした。


「コッホん!」っと誰かの咳払いが突如として聞こえた。

 俺とローエは驚き、咄嗟に身を離して咳払いが聞こえた方へ振り向いた。


 そこには赤子を抱えた銀髪の女性が立っていた。

 フランベールの姉リリーベールである。


「あなたは!」とローエが露骨に嫌そうな顔をした。


「目の前でイチャイチャするのやめてくれる?」


「見なければ良いだけの話ではなくって?」


 理由は知らないけどこの二人、恐ろしいほど仲が悪い。

 どちらも美人なのに残念である。


 ──その時だった。

 俺の鼻先に冷たい何かが落ちてきた。

 冷たい何かはすぐに消えた。


 しかしすぐにグロリアの頭に冷たい何かは落ちてきた。

 それは白い塊だった。

 グロリアの体温ですぐ溶けたそれは、どう見ても季節外れな雪のそれそのものだった。


「雪?」


 俺は空を見上げた。

 そこは、先程まで蒼天だったはずなのに曇り空となっていた。


 ……いつの間にこんな雲が?


「え、これ……雪ですわ!」


「なんでこんな時季に!?」


 ローエとリリーベールも驚愕した。

 向こうで作業しているみんなも気づいたらしく、季節外れな雪の到来にざわめきが起こる。



 そして三日が過ぎた。

 その雪は、まるで止むことがなかった。

 止まない雪は草原を瞬く間に雪原へと変貌させ、気温を著しく下げた。


 油断すれば凍死するほどに。

 冬にはまだ遠いはずなのに、なぜこんなとこに?


 俺がそんな疑問を抱く中──


「隙ありですわ!」


 ぼふっ!


「ぐあっ! ローエきさまあああああああ!」


「お~っほっほっほっ! 油断する方が悪いのですわ!」


 ぼふんっ!


「きゃっ! 痛いですわっ!」


「隙だらけ~。油断する方が悪いんだよね~?」


「ナイスだフラン!」


 ──何故か妻達の間で雪合戦が流行していたりする。

 こんな寒いのに元気である。


 俺もやりたかったが、カーティス・グロリア・レミーベールを押し付けられ、長男のカーティスにほっぺを引っ張られているから無理だ。痛いし。


「お母さんたち楽しそうだなぁ……俺たちもやりたいよなぁ…………カーティス痛いって」


「ゼクードさん!」


【ヨコアナ】の入口から飛び出てきた一人の騎士が俺を呼んできた。

 どうにも慌てている様子だ。嫌な予感がする。


「どうしたんだ?」


「はっ! 国王さまが部下を連れて【王の間】に来てほしいとのことです!」


 ローエたちを連れて、か。

 この異常気象の原因を探る任務だろうなおそらく。


「了解した。すぐに行く」



 カーティスらをリーネたちに預けた俺たちは、国王さまが待つ鉱山内の【王の間】へ急いだ。


 そこでは国王さまだけでなく、グリータやレィナ。ガイスたち精鋭騎士たちが集まっていた。

 そこに俺たちも加わり、国王さまが椅子から腰を上げる。


「みんなよく集まってくれた。今回の召集はもう薄々わかっているだろうが、この季節外れの【雪】についてだ」


 やはり、と俺だけでなくみんなが同じ思いを抱いたような雰囲気を発した。

 国王さまは構わず続ける。


「先程まではただの異常気象だと判断していたが、気になる情報が入った。君、説明を」


「はっ!」と前に出てきたのは一人の男性騎士。


「自分は調合師の依頼を受け、【竜軍の谷】へ部下を連れてアンブロシアを採取していました。しかしそこで【氷漬けにされたA級ドラゴン】を何匹も発見しました」


 氷漬けにされたA級ドラゴン!?


【王の間】に緊張が走り、みなが息を呑んだ。


「ブルードラゴンの生き残りでは?」とフランベールが問うが、男性騎士は首を振った。


「自分はS級ドラゴンの痕跡は知っていますが、それらとは明らかに違う見慣れない痕跡でした。ドラゴンらしい痕跡でしたので、おそらく我々の知らない新種のドラゴンかと思われます」


 男性騎士が一通り言うと、今度は国王さまが口を開いてきた。


「季節外れの雪。氷漬けにされたA級ドラゴン。そして我々の知らない痕跡。私はこの雪の原因がその新種のドラゴンにあると見ている」


 国王さまが俺を見て結論を述べてきた。

 話を聞く限り俺もその線が濃厚だと思い、同意の相槌を打って口を開く。


「その線が濃厚だと思います。もし本当にこの雪の元凶がそのドラゴンならば、早急に討伐せねばなりません」


 言うと国王さまも頷いた。


「うむ。そいつがいる限りこの雪は止まないということになる。そうなれば我々は食料難に陥り、寒さに凍えて全滅することになるだろう。それだけはなんとしても避けねばならない。偵察隊でヤツの居場所を探り、発見次第【フォルス隊】に討伐を任せる。よいな」


「はっ!」


 俺を含めたローエたちが揃った声で敬礼した。

 

 ディザスタードラゴンを倒してもう人類の脅威はなくなったかと思ったが……そう甘くはないか。


 子供たちを飢えと寒さに苦しませないためにも、必ずやり遂げねば。

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