第191話 姉妹再会

「氷漬け!? 18年もですか!?」


 こちらの事情を聞いたグリータが驚愕した。

 それもそのはずで、俺もグリータの立場なら信じられないだろう。


「うん。信じにくいとは思うけど……」


 フランベールが言うと、グリータは困ったように頭を掻く。


「いや……でも、現にこうして目の前に居ますからね……」


 そう言い終えた彼の前に突然カティアとローエが押し寄せる。


「グリータ団長。レィナは元気ですか?」

「リーネに会いたいですわ」


 グリータの嫁であるレィナとリーネ。

 その姉二人だ。

 こちらも若い姿のままでグリータは若干困惑する。


「ぇ、ええ……二人は元気ですよ」


「アタシが案内するわ」っとグロリアが前に出てきた。

 

 しかし「待て待て」とグリータに止められる。


「まずは国王さまだ。城に案内するからついてこい」


 確かにグリータの言うとおりだ。

 まずは主君に帰還を告げねばならない。

 身内の挨拶回りはその後になるな。


「そうだな。わかったよ」


 俺たちはグリータの後を追って門を潜った。

 その先の光景は全てが新しいエルガンディの街並みだった。

 路地を挟む民家には商店も並び、美味しいパンの匂いも薫らせる。


 とりわけ目立つのは高峻にして厳威たる城。

 かの城を中心に円状に街が広がっている。

 そこには長い歴史の積み重ねは感じられないが、古さのない新しいエルガンディの活気を感じさせられる。


「エルガンディだ……」


 舗装された道を歩きながら俺は言った。

 相変わらず石造りがメインの堅苦しい感じの街並みだが、それこそエルガンディという感じで逆に安堵する。


「帰ってきたんだね」


 隣を歩くフランベールもどこか感動を含ませた声音で言った。


「綺麗に復興されてますわ。素敵……」


 後ろのローエは素直に感動している。

 その彼女の隣に立つカティアは周りをキョロキョロと見渡していた。


「思ったより騒ぎにならずに済みそうだな」


 カティアの言葉に俺はようやく気づいた。

 路地を歩く市民たちの視線は俺たちよりもグリータに向いている。

 黄金の鎧の注目度はやはり半端ではない。


 俺たち【フォルス隊】にはなんの疑問も関心もないようだ。

 見れば若い市民が多い。

 俺たちが行方不明になる前はまだ赤子だった人間かもしれない。


 まぁ他にも年配らしい騎士の姿も見えるが、彼らもグリータに敬礼するだけで俺たちのことはチラリと見て終わるだけ。

 パッと見て【フォルス隊】だと分かる人間の方が少ないのだろう。


 そう考えると俺を見ただけで驚愕してきたグリータは凄い記憶力な気がしてきた。


「18年も経てば伝説も記憶も風化しますからね」


 サーコートを揺らしながらグリータは苦笑する。

 するとカティアが口を開いた。


「グリータ団長。我々に敬語は無用です。今はあなたが上の立場です」


「え? いや、しかし……」


 カティアのいきなりな言葉に戸惑うグリータだが、構わずカティアは続けた。


「上下関係は厳守した方がいいかと。それこそ外野に不満を持たれます」


 確かに、と俺もカティアに同意した。

 端から見れば若輩者が総司令にタメ口聞いてるようなものだ。

 これを見て気に食わないと思う人間が出てくるのは至極当然。

 さすがカティアだ。仕事に関してはいつもしっかりしてる。


「カティアの言うとおりだグリータ。いやグリータ団長。プライベート以外では俺たちが敬語を使うよ。あ、使います」


 慣れない……年上になった親友に敬語を使うのは思ったより苦戦しそうだ。

 一番砕けることができる相手だっただけに。


「そうか……いや、助かるよ」


 またもグリータは苦笑して、そして前を向いて路地を進んだ。

 すると反対方向からどこか見覚えのある女騎士が歩いて来た。

 黒く長い髪をカティアのように結ってポニーテールにしている女騎士だ。


 氷属性を表す青い鎧を装備し、腰には二刀のロングソードを帯剣している。

 その双剣でも彼女が何者であるか察したが、決定打になったのはカティアと同じライトブルーの瞳だ。

 その瞳が俺たちの視線と重なり、彼女も俺たちも目を限界まで見開く。


「カ、カティアお姉さま!?」


「まさか……レィナか!?」


 そう、あのカティアの妹レィナだった。

 18年の時を経て、幼かった彼女の見た目は成熟した女性のものとなり、艶かしい曲線を描く肢体になっている。


 あんなにペタンコだった胸もけっこう大きくなっている。

 というかとても30代には見えないくらい若々しく美しい。


「い、生きてる!? なんで!? オバケ!?」


 当然の反応とばかりにレィナは姉カティアを見て後退る。

 しかしカティアも負けずに詰め寄った。


「いや! オバケじゃない! 足を見ろ! 私は人間だ!」


「いや、でも……その見た目……」


 やはりそこが一番に気になるのだろう。

 姉が若い姿のまま現れれば当然だ。

 ましてレィナの場合は姉が年下になったわけだから。


「グ、グリータ! この人たちは何者なの!?」


「まぁまぁ……まずは落ち着けレィナ。彼らはあの【フォルス隊】だ。生きてたんだよ」


「ぇ……えぇ……? なに言ってるのあなた?」


「他人の空似じゃないぞ? 本当に18年前にいなくなったカティアさん達だ。本物のお前の姉さんなんだよ。ほら、よく見て」


 レィナの背中を押してカティアの前に立たせた。

 カティアとレィナの視線が重なり、同じライトブルーの瞳を映す。


「レィナ……」


「お姉さま……」


 姉と同じ身長になっていたレィナがまっすぐカティアを見つめた。

 まだ状況を正確に認識できないで戸惑うレィナに、カティアの方は堪えていたらしい大粒の涙を溢し始めた。


「レィナ!」


 我慢は限界を迎え、涙を決壊させながらカティアはレィナに抱きついた。


「あ……!」


 抱きつかれたレィナは驚き、力の入れどころを見失った両腕が泳いでいた。

 カティアを受け入れるには、あまりにも急で時間が足りないのだ。


「すまなかった……」


 カティアはレィナを抱きすくめる手に力を込め、ただ一言を妹の耳元に搾り出す。


「お姉さま……」


「会いたかった……レィナ……」


 熱い雫が髪に降りかかり、レィナの頬を濡らした。

 本気だと分かるその涙に、レィナは全身の緊張が抜けていく感覚を覚えた。

 姉の震える身体を一身に受け止め、レィナはカティアの背中に手を回す。


「お姉さま……っ!」


 カティアを受け入れた瞬間、レィナも涙を溢れさせた。

 18年越しの姉妹の再開は、静かに今果たされた。

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