第51話 帰還
「っと、先生?」
「ありがとう……助けに来てくれて、本当にありがとう。ゼクードくん」
俺の胸に顔を埋めながらフランベール先生は言った。
泣いているらしく、少し涙声だ。
「……もう会えないかと思った」
「先生……」
震える先生の肩が愛しくて、俺はそっと彼女を抱きしめた。
「俺も、もう会えないかもしれないって不安でいっぱいでした。頭の中が真っ白になって、本当に……無事で良かったです」
「ゼクードくん……」
しばらく抱きしめ合って、互いの体温を感じ合った。
またこうして抱きしめ合えた幸運を分かち合い。
ふとすれば、当たり前のように唇を重ねていた。
その行為に俺も先生も、何一つとして疑問はない。
一度すでにしているからというのもあるが、それだけじゃない。
また生きてキスできることが本当に嬉しかったからだ。
フランベール先生の身体は暖かい。
ボロボロだが、確かに生の熱を宿してる。
しっとりした柔らかい唇にも熱を感じる。
先生はちゃんと生きてる。
良かった。
間に合って良かった。
心の底からそう思う。
満足するまで抱き合い、キスを堪能する。
身体を離して俺は先生の頬を撫でた。
先生は嬉しそうに、その俺の手に頬をすり寄せてきた。
「先生。このまま【アンブロシア】の探索に移ります。大丈夫ですか?」
「うん大丈夫よ。急ぎましょう」
※
その後、俺はフランベール先生と共に【アンブロシア】を探索し、数時間も【竜軍の谷】をさまよってなんとかそれを発見した。
夜になる前に発見できて良かったと安堵し、すぐに【エルガンディ王国】へ向かう。
妹さんが助かるまでは油断できないと先を急いだ。
フランベール先生もそれは分かっているらしく、移動中はほとんど喋らなかった。
せいぜい馬を休めるときだけで、無駄な会話はしない。
1秒でも早く【アンブロシア】を届けるために。
※
日が沈み始めた5日目にて、俺とフランベール先生は【エルガンディ王国】へ生還した。
「隊長! 先生!」
「ゼクード! 先生!」
【第一城壁】のゲート前で、歓喜の声を上げて出迎えてくれたのはカティアさんとローエさんだった。
ずっと待っていてくれたようである。
「先生ええええ!」とローエさんがフランベール先生に抱きついた。
どっちもボロボロの包帯姿でシュールな光景になった。
「ローエさん!」
「無事で良かったですわ! ホンットに良かったですわ! リーネだけでなく先生にまで何かあったらわたくし!」
「ありがとうローエさん。ローエさんがゼクードくんを呼んでくれたおかげで助かったのよわたし。本当にありがとう」
言われたローエさんはフランベール先生から離れて、俺に視線を向けた。
涙と鼻水でローエさんの顔が凄いことになってた。
せっかくの美人が台無しであるが、それだけ不安でいっぱいだったのだろうと察した。
というか可愛い。
「あぁゼクード隊長! 本当に……本当に……本当にありがとうございますですわ!」
大袈裟な御辞儀をするローエさんに俺は首を振る。
「いえいえ。それよりローエさんコレを」
俺は手に入れた【アンブロシア】をローエさんに手渡した。
ローエさんの目がこれ以上にないほど見開かれる。
「こ、これは!」
「急いで【調合師】にこれを渡して【秘薬】を作ってもらってください。お礼はその後で良いですから」
「隊長……この御恩、必ず!」
それだけ言い残してローエは【調合師】の元へと走って行った。
まだまだダメージが残ってて走るのも辛そうな外見だが、お構い無しである。
「ふぅ~、なんにせよ。これで妹さんが回復すれば一件落着ですね。あ~疲れた」
背伸びしながら言うと、俺の向かいでカティアさんが笑った。
「お疲れ様。ローエと先生を襲ったドラゴンはどうしたんだ?」
「ああ、アイツならボッコボコにして再起不能にしておきました」
俺はさも当然のように親指を立てて誇らしげに言った。
「ボコボコって言うか、バラバラって言うか」
フランベール先生が苦笑しながら訂正する。
当のカティアさんは笑いながら大きく息を吐いた。
それは溜め息というより感嘆の息のようで。
「【フランベール先生の救出】【アンブロシアの入手】そして【S級ドラゴンの撃破】か。本当に凄いなお前は。大した男だよ」
カティアさんの言葉にフランベール先生が横でウンウンと同意の相づちを打った。
大した男と言われて嬉しいが、運が良かっただけだ。
とくに先生の救出に間に合ったのが。
あと少し遅かったらフランベール先生は食われてただろう。
だがせっかく褒めてくれてるのだ。
わざわざ謙遜する必要はないだろう。
俺はこの結果に胸を張った。
「ありがとうございますカティアさん」
「疲れてるだろう。夕飯はどうする?」
「あー、もう今日はヘトヘトなんで大浴場入ったら寝ます!」
「先生もですか?」
「うん。わたしもそうするわ」
「了解です。……隊長。S級ドラゴンの撃破報告は私がしておく。今日はもうゆっくり休んでいい」
「あ、じゃあお願いしていいですか?」
「ああ。まかせておけ」
そう言ってカティアさんは城の方へ去って行った。
見送った俺は視線をフランベール先生の方へ。
「先生もこれから大浴場に入るんですか?」
「え? ううん。わたしは家のお風呂を使うわ」
おおぅ、先生の自宅ってお風呂付きだったのか。
すげぇ金持ちじゃん。
「身体中が痛いから、お風呂でほぐそうかなって。ほら身体のあちこちが砂や埃まみれだし、髪もボサボサだし、綺麗にしたいのよ」
「なるほど。でも全身擦り傷だらけですし、お湯は染みるんじゃ」
「うん痛いと思う。でもこんな汚いままにしておく方がキズには良くないのよ? 綺麗な水で身体を洗わないとね」
「まぁ確かに。じゃあ俺はこの辺で──」
「あ、待ってゼクードくん。良かったらわたしの家でお風呂入らない?」
「────……え?」
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