第51話 帰還

「っと、先生?」


「ありがとう……助けに来てくれて、本当にありがとう。ゼクードくん」


 俺の胸に顔を埋めながらフランベール先生は言った。

 泣いているらしく、少し涙声だ。


「……もう会えないかと思った」


「先生……」


 震える先生の肩が愛しくて、俺はそっと彼女を抱きしめた。


「俺も、もう会えないかもしれないって不安でいっぱいでした。頭の中が真っ白になって、本当に……無事で良かったです」


「ゼクードくん……」


 しばらく抱きしめ合って、互いの体温を感じ合った。

 またこうして抱きしめ合えた幸運を分かち合い。

 ふとすれば、当たり前のように唇を重ねていた。


 その行為に俺も先生も、何一つとして疑問はない。

 一度すでにしているからというのもあるが、それだけじゃない。

 また生きてキスできることが本当に嬉しかったからだ。


 フランベール先生の身体は暖かい。

 ボロボロだが、確かに生の熱を宿してる。

 しっとりした柔らかい唇にも熱を感じる。

 先生はちゃんと生きてる。


 良かった。

 間に合って良かった。

 心の底からそう思う。


 満足するまで抱き合い、キスを堪能する。

 身体を離して俺は先生の頬を撫でた。

 先生は嬉しそうに、その俺の手に頬をすり寄せてきた。


「先生。このまま【アンブロシア】の探索に移ります。大丈夫ですか?」


「うん大丈夫よ。急ぎましょう」



 その後、俺はフランベール先生と共に【アンブロシア】を探索し、数時間も【竜軍の谷】をさまよってなんとかそれを発見した。

 夜になる前に発見できて良かったと安堵し、すぐに【エルガンディ王国】へ向かう。

 妹さんが助かるまでは油断できないと先を急いだ。

 

 フランベール先生もそれは分かっているらしく、移動中はほとんど喋らなかった。

 せいぜい馬を休めるときだけで、無駄な会話はしない。


 1秒でも早く【アンブロシア】を届けるために。



 日が沈み始めた5日目にて、俺とフランベール先生は【エルガンディ王国】へ生還した。 


「隊長! 先生!」

「ゼクード! 先生!」


【第一城壁】のゲート前で、歓喜の声を上げて出迎えてくれたのはカティアさんとローエさんだった。

 ずっと待っていてくれたようである。


「先生ええええ!」とローエさんがフランベール先生に抱きついた。

 どっちもボロボロの包帯姿でシュールな光景になった。


「ローエさん!」

「無事で良かったですわ! ホンットに良かったですわ! リーネだけでなく先生にまで何かあったらわたくし!」

「ありがとうローエさん。ローエさんがゼクードくんを呼んでくれたおかげで助かったのよわたし。本当にありがとう」


 言われたローエさんはフランベール先生から離れて、俺に視線を向けた。

 涙と鼻水でローエさんの顔が凄いことになってた。

 せっかくの美人が台無しであるが、それだけ不安でいっぱいだったのだろうと察した。

 というか可愛い。


「あぁゼクード隊長! 本当に……本当に……本当にありがとうございますですわ!」


 大袈裟な御辞儀をするローエさんに俺は首を振る。


「いえいえ。それよりローエさんコレを」


 俺は手に入れた【アンブロシア】をローエさんに手渡した。

 ローエさんの目がこれ以上にないほど見開かれる。


「こ、これは!」


「急いで【調合師】にこれを渡して【秘薬】を作ってもらってください。お礼はその後で良いですから」


「隊長……この御恩、必ず!」


 それだけ言い残してローエは【調合師】の元へと走って行った。

 まだまだダメージが残ってて走るのも辛そうな外見だが、お構い無しである。


「ふぅ~、なんにせよ。これで妹さんが回復すれば一件落着ですね。あ~疲れた」


 背伸びしながら言うと、俺の向かいでカティアさんが笑った。


「お疲れ様。ローエと先生を襲ったドラゴンはどうしたんだ?」


「ああ、アイツならボッコボコにして再起不能にしておきました」


 俺はさも当然のように親指を立てて誇らしげに言った。


「ボコボコって言うか、バラバラって言うか」


 フランベール先生が苦笑しながら訂正する。

 当のカティアさんは笑いながら大きく息を吐いた。

 それは溜め息というより感嘆の息のようで。


「【フランベール先生の救出】【アンブロシアの入手】そして【S級ドラゴンの撃破】か。本当に凄いなお前は。大した男だよ」


 カティアさんの言葉にフランベール先生が横でウンウンと同意の相づちを打った。

 大した男と言われて嬉しいが、運が良かっただけだ。

 とくに先生の救出に間に合ったのが。


 あと少し遅かったらフランベール先生は食われてただろう。

 だがせっかく褒めてくれてるのだ。

 わざわざ謙遜する必要はないだろう。

 俺はこの結果に胸を張った。


「ありがとうございますカティアさん」


「疲れてるだろう。夕飯はどうする?」


「あー、もう今日はヘトヘトなんで大浴場入ったら寝ます!」


「先生もですか?」


「うん。わたしもそうするわ」


「了解です。……隊長。S級ドラゴンの撃破報告は私がしておく。今日はもうゆっくり休んでいい」


「あ、じゃあお願いしていいですか?」


「ああ。まかせておけ」


 そう言ってカティアさんは城の方へ去って行った。

 見送った俺は視線をフランベール先生の方へ。


「先生もこれから大浴場に入るんですか?」


「え? ううん。わたしは家のお風呂を使うわ」


 おおぅ、先生の自宅ってお風呂付きだったのか。

 すげぇ金持ちじゃん。


「身体中が痛いから、お風呂でほぐそうかなって。ほら身体のあちこちが砂や埃まみれだし、髪もボサボサだし、綺麗にしたいのよ」


「なるほど。でも全身擦り傷だらけですし、お湯は染みるんじゃ」


「うん痛いと思う。でもこんな汚いままにしておく方がキズには良くないのよ? 綺麗な水で身体を洗わないとね」


「まぁ確かに。じゃあ俺はこの辺で──」


「あ、待ってゼクードくん。良かったらわたしの家でお風呂入らない?」


「────……え?」

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