第68話 惨敗
降り注ぐ火球の雨はおぞましい程の量だった。
地面に落下してくる火球は大爆発を起こし、街を抉っていく。
建物の屋根が爆砕し、石造りの壁なども破壊されていく。
さらに火の手が上がり、そこへまた火球が直撃して火が強くなっていく。
大爆発に大爆発が連続して起こり、地面を激しく揺らす。
鼓膜が破れそうになるほどの轟音が止まずに鳴り響き、まるで大砲の乱舞である。
それらから守るため、俺は息切れしているローエさんを背後へやった。
こちらに直撃する火球は全て斬り伏せていく。
火球は【アークルム王国】のここ城門前と、カティアさんやフランベール先生たちが戦う広場を中心に降り注いでくる。
絶命寸前だったのに、あのわずかな時間に狙ってブレスを吐き出してくるとは。
俺と対峙している間は一発も使ってこなかったのに! くそ!
「は、は……隊長!」
「動くなローエ!」
火球の雨はまだ続いている。
何度も捌いてローエさんを守るが、広場で戦っていたカティアさんとフランベール先生は大丈夫だろうか。
心配で、今すぐにでも助けに向かいたい。
でもスタミナのないローエさんも守らないと……
ああくそ!
自分があと二人ほしい!
そんな思考を逆撫でするように、広場の方から味方たちの悲鳴が聴こえてきた。
その中のカティアさんとフランベール先生の声は──わからない。
入り乱れ過ぎてわからない。
けれど、女性の悲鳴らしきものは聴こえない。
だから安心……という訳にもいかない。
味方の悲鳴はそのまま味方の被害を物語っている。
助けてやりたい。
けど、動けない。
くそ!
早く止めよ!
ゼクードの願いは叶い、無限に降るようにも感じた火球群はついに止まった。
たった10秒ほどの事だったはずなのに、やたら長く感じた。
「……止まったか。ローエさんケガは?」
「はぁ……は……だ、大丈夫ですわ。おかげさまで。わたくしより、カティアさんたちが心配ですわ」
やはりローエさんもそう思ってたのか。
「ぐ……ぅ」
この声は……
俺は声のした方へ振り返る。
そこには生き残りの騎士が倒れていた。
爆発で転倒しただけのようで、運よく火球に直撃しなかったらしい。
「おい! 大丈夫か!」
俺は急いで彼に駆け寄ると、彼はゆっくりと立ち上がってきた。
良かった。
立つだけの体力はあるみたいだ。
この人は大丈夫そうだな。
それによく見れば、彼は先程の巨大ドラゴンマンと先に対峙していた騎士だ。
この装備も見覚えがある。
あの時【エルガンディ王国】へ来たS級騎士部隊の隊長か。
「……救援に……感謝する……」
彼は疲れ切っていた。
彼にまだ体力が残っていれば、ローエではなく彼に魔法を頼んでいたのだが。
「すみません……もう少し早く到着できてれば」
「いや……全て、俺のせいだ……」
低く重い声で、アークルムの隊長は言った。
「騎士で弱いと言うことは……それだけで罪なのかもしれんな……」
その隊長は廃墟と化した街の惨状を見て、静かに泣きそうな声でそう言った。
彼の言葉に、何故かローエさんも俯く。
なにか思うところがあるのだろうが、今は落ち込んでいる場合ではない。
「とにかく。俺は広場へ行って味方の状況を確認してきます。ローエさんは彼とここで待機を。休んでてください」
「ま、待ってゼクード隊長! それからあなたも聞いて!」
突然、思い出したように慌て出したローエさん。
「今こちらに2体目のS級ドラゴンが迫って来てますわ!」
「な……に?」
「それ、本当ですかローエさん!?」
「本当ですわ! 城のようなとてつもなく巨大なドラゴンですの! あんなの普通の武器では勝てませんわ! ここはいったん【エルガンディ王国】へ撤退すべきですわよ!」
そのローエさんの発言にいち早く反応したのはアークルムの隊長だった。
「な! こ、この国はどうなる!」
「諦めて! あなたは急いで生き残りのみんなを集めて、市民を【エルガンディ王国】へ避難させるのですわ!」
「し、しかし!」
「ここであのS級ドラゴンを迎え撃てば、それこそ全滅しますわよ!」
ローエさんの大声と同時に、街が断続的に地鳴りを起こし始めてきた。
その揺れは、少しずつ大きくなっていく。
「……っ! 奴ですわ! もうすぐそこまで来てますわよ! 急いで避難を!」
「くっ! ……了解した」
苦渋の決断をしたアークルムの隊長は、俺に視線を移してきた。
「広場の味方集めを頼む。俺は城へ戻り、国王へ避難の説明をする」
「わかりました。任せてください。ローエさんはここで──」
「もうわたくしは大丈夫ですわ。行きましょう!」
一方的に言い放ってローエさんは駆けてゆく。
確かに息はだいぶ回復した様子だった。
あれなら大丈夫だろうと、俺はローエさんの後を追った。
アークルムの隊長も満身創痍ながらも、火球群で火の手が上がりボロボロになった城へと走って行った。
※
火球の嵐がようやく止み、ムセかえりそうになるほどの黒煙がカティアを包んだ。
その黒煙を機械槍で振り払い、舌打ちした。
「くそ……何なんだいきなり」
気づけば火球の弾雨に晒されていた。
直撃しそうなものは全て弾き飛ばしてやったが。
あれはなんの攻撃だ?
まさか城門前のS級ドラゴンからか?
周りを見渡せば、黒コゲになった味方の騎士たちと、同じく火球の雨に晒されたA級ドラゴンたちの亡骸がそこらじゅうに倒れている。
あれがドラゴンの攻撃なら、味方まで巻き込んでいることになる。
なんて卑劣な攻撃だ。
いや、そんなことより生き残りは?
フランベール先生は無事なのか?
ゼクードやローエは?
そんな心配をしていると、突如として地鳴りが起きた。
それは少しずつ大きくなっている。
しかも断続的に。
これは、まさか、ローエが言っていた外にいる巨大S級ドラゴンの足音なのか!?
ズン……ズン……ズゥン!
近付いてきている!
急がねば!
「うぅ……」
「!」
カティアの足元で男の呻き声がした。
見ればボロボロになったアークルムの騎士が倒れている。
「お前……無事なのか!?」
カティアは屈んで男の背を撫でる。
「……はぁ……はぁ……もう、嫌だ……身体が、動かない……」
「肩を貸してやる。しっかりしろ」
「いぃ……疲れた……ぉれの事は、ほっといて……」
「情けないことを言うな! 男のくせに!」
「……すま、ねぇ………………………――――」
その言葉を最後に、男の息は止まった。
ハッと彼の死に気付いたカティアは、ただ歯を食い縛るしかなかった。
……落ち込んでいる場合ではないか。
他の生き残りを探そう。
人の死を見るのは初めてじゃない。
エルガンディでもそういうことはよくある。
助けが間に合わず、ドラゴンに食われた同級生は何人もいた。
どいつもこいつも男だったが……
「カティアさん!」
自分を呼ぶ声が聞こえた。
優しいあの声音は間違えようもないフランベール先生のものだ。
「先生!」
「良かったカティアさん! 無事だったのね!」
「先生こそよくぞ無事で!」
「うん! ……でも」
フランベールは振り返り【アークルム王国】の惨状を見た。
たくさんの騎士たちの死体と、A級ドラゴンどもの亡骸。
燃えていく街並。
漂う黒煙。
「酷いやられよう……惨敗だね。わたしたちの……」
「……」
カティアは沈黙を返事にした。
救援に来たのに、何一つ事態は好転しなかった。
自分が戦列に加われば逆転できるなどとはさすがに考えてはいなかった。
そこまで自惚れではない。
ただ、ゼクードが居てくれれば、何とかなるのではと、心のどこかで思っていた。
でも現実はそんなに甘くはなかったようで、ゼクードはS級ドラゴンを押さえるのに手一杯で、自分たちはチマチマとA級ドラゴンを狩っていた。
それでこの結果。
挙げ句の果てには2体目のS級ドラゴンから逃げなければいけない。
このままでは人類は、ドラゴンに負けるのではないだろうか?
ズゥン……ズゥン……ズゥン!
「この音……まさか!」
フランベールが察したらしく、カティアは頷いた。
「2体目のS級ドラゴンです。この足音で分かると思いますが、かなりの巨体らしいです。いったん【エルガンディ】へ撤退し、対策を練らねばなりません」
「撤退……!」
「迷ってる時間はありません! 生き残りを集めて、すぐに撤退の準備をします! 先生もどうか協力を!」
「ぅ、うん! わかった!」
少し戸惑いながらもフランベールは周囲の救援に向かった。
カティアもまた、敵も味方もほぼ全滅した街中を、わずかな望みを掛けて走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます