第132話 三つ巴
【南東】へ向かったカティアは凍てついた森を走り抜けていく。
走る度にスカートの裾に雪がへばりついてくる。
脇に流れる川は雪混じりで、転落すれば一発で凍傷になるだろう。
「!」
少し広い空間に出たが、そこにはA級ドラゴンが複数いた。
だがそのどれもが報告通り氷漬けになっている。
何匹かは破壊されて──いや、これは食われていると言った方が正しいか。
氷漬けにした後、ほとんどのA級ドラゴンは食われている。
なぜ氷漬けにされた後だと分かるか?
みんな四つん這いの姿勢のまま食われているからだ。
補食した後に氷漬けにしたならばこうはなるまい。
そもそも氷漬けにする理由もないだろう。
……しかし、こんな氷漬けにされたA級ドラゴンが大量にいるということは、その元凶も近くにいる可能性がある。
そいつと遭遇してしまってS級騎士たちは【救難信号】を打ち上げたのだろう。
今この瞬間も彼らはドラゴンと交戦しているはずだ。
急がねば!
「──居た!」
巨木群を抜けた先にS級騎士たちの後ろ姿があった。
見慣れぬ青いドラゴンと戦っているようだが、別の影も見えた。
「あなた達はあの男たちを! 私はドラゴンを倒します!」
「了解!」
──っ!?
なんだ、これは!?
どんな状況だ!?
私たち以外の人間がいる!?
「待てよおい! やめろって!」
「今はオレたちもドラゴンを!」
味方のS級騎士たちが敵の攻撃を捌きながら叫ぶ。
対する相手はまるで聞こうとしてない。
その間に空気も読まずにドラゴンが咆哮を轟かす。
敵は複数と認識したカティアはまずドラゴンの形状を見た。
紫がかった青い竜麟が美しいドラゴンで、大きさはパッと見で数メートル以上はある。
もう一つの勢力は謎の人間たち。
装備を見るにこちらと同じ騎士の類だが、胸の膨らみや腰から足への曲線を見るに女騎士たちだと分かった。
先程の声も喋り方も女だった。間違いない。
しかし、どこの国の生き残りだ?
リングレイス?
オルブレイブ?
アークルム?
少なくともエルガンディの者ではないだろう。
襲ってくる理由が分からない。
隊長らしき女騎士はたった一人でドラゴンと対峙している。
茶色の長髪を靡かせ、銀の鎧を身に纏った女騎士だ。
武器は刀身がやや長い直剣。
奴だけやたら動きがいい。
他の女騎士とは別格のようだ。
「おい貴様っ!」
カティアが飛び出して隊長らしき女騎士に怒鳴った。
怒鳴られた茶髪の女騎士はカティアを見て目を見開く。
「っ! 女、騎士!?」
「仲間が何をしたか知らんが攻撃をやめさせろ! 今はドラゴンが先決だろう!」
言ってから間もなくドラゴンの尻尾の薙ぎ払いが飛んできた。
尻尾の先端は巨大な氷のブレードになっており、カティアと茶髪の女騎士を一閃してくる。
茶髪の女騎士は直剣でそれを捌き、カティアは大盾で防御。
次の瞬間には氷のブレードが爆発して砕け散った。
「なっ!?」っと茶髪の女騎士が驚愕する。
それもそのはずで、カティアは大盾で防御した刹那の瞬間にバスターランサーによるカウンターをお見舞いしていたのだ。
きっちり【トリガーウェポン】の爆破も決め、一撃で相手の獲物を破壊して見せた。
一秒もないタイミングでの神業とも言える凄まじいカウンターだった。
茶髪の女騎士はカティアを見た。
何者だ? という疑問を眼で訴えてくる。
「あなたは……」
「早く攻撃をやめさせろと言っている! 聞こえないのか!」
「残念ですがそれはできません」
淡々とした口調で茶髪の女騎士は告げた。
尻尾のブレードを破壊されたドラゴンが怒りの咆哮を発する。
あまりの大音量に近くにいたカティアと茶髪の女騎士は耳を塞ぐ。
その怯んだ二人目掛けてドラゴンが大口開けて青いブレスを吐いてきた。
光線のようにも見える真っ直ぐな奔流は、カティアではなく茶髪の女騎士を狙っていた。
耳から手を離したばかりの彼女は避ける間もなく!
「しまっ──」
「させるかっ!」
先に動いていたカティアが割り込み【気】を纏わせた大盾で青きブレスを防いだ。
「っ!?」
カティアに護られた茶髪の女騎士は驚き、次のカティアの行動にさらに驚くことになる。
「【プロミネンス】!」
唱えた炎魔法が大盾から発射された。
赤い灼熱の熱線が青いブレスを押し返し、ドラゴンの顔面に直撃する。
頭部を焼かれたドラゴンは悶絶し、転倒しながら暴れる。
その隙をカティアは逃さない!
「【ドラゴンスティンガー】!」
機械槍【クリムゾングレイス】にありったけの【気】を纏わせ、空を穿つ。
飛び放たれた【気】の刺突はドラゴンの鱗や甲殻を容易く貫通した。
身体に風穴を開けられたドラゴンは、間もなく息絶えた。
「す……凄い……」
あっという間に一匹。
カティアの圧倒的な強さに茶髪の女騎士は見とれてしまっていた。
しかし当のカティアは顔を険しくし、またも茶髪の女騎士に怒鳴る。
「ええいっ! 貴様! 殺されたいのか! 早く攻撃をやめさせろ!」
怒りのあまりに発した言葉は極めて物騒だった。
しかし、仲間たちがずっと攻撃され続け、命の危険に晒され続けていれば頭にもくる。
こっちはやめろと何度も言っているのにバカ者どもが!
凄まじい剣幕で言われた茶髪の女騎士はハッとなって慌てて声を張り上げる。
「攻撃をやめて!」
S級騎士たちを攻撃していた女騎士たちが手を止めて驚く。
「え……リベカ隊長!?」
「な、何故ですか隊長!」
「こいつら男ですよ!」
そんな女騎士たちの言葉は無視して、リベカと呼ばれた女騎士はカティアに一礼する。
「先程は助けて頂き、ありがとうございます」
「それはいい。なぜ我々を攻撃した?」
「彼らが男だからです」
「なんだと?」
「あなたは……彼らの奴隷ですか?」
「? どういう意味だ?」
「そのままの意味です。あなたは【リングレイス】【オルブレイブ】【エルガンディ】【アークルム】のいずれかの人間でしょう? あの四国は女を奴隷としていると聞いています」
ずいぶん過去の話だな。
こいつらはその四国が滅んだ事を知らないようだ。
だが各国の名前だけは知っている。
妙だな。何者なんだこいつらは。
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