第75話 未来に賭ける

【エルガンディ王国】を放棄する。


 国王さまはそう判断された。

 驚きを隠せない反面、仕方ないと思う自分もいた。


 もう【エルガンディ王国】しか生き残っていない。

 モタモタしていたらドラゴンの集中攻撃をくらう恐れがある。

 それくらい奴等は組織的に動いているのだ。


 国王さまは貴族たちを緊急召集し、城内で王国放棄の説明をしている。


 あらゆる領地の代表が集まるその中にはローエさんもいた。

【マクシア家】の長女であるローエさんが代表として城へ赴(おもむ)いたのは……そのままローエさんの御両親の身に何かが遭ったことを暗に示していた。


 普通ならローエさんの父か母が代表として城へ向かうはずなのにローエさんが代わりに出た。

 つまりはそういうことだろう。


 現に……ローエさんの顔は暗く沈んでいたのだから……。


※ 


 日が沈み始める時刻になった。

 救助活動の合間に、街の中央広場で俺は休憩を取っていた。

 そこに集まったのは

 カティアさん

 フランベール先生

 グリータ

 レィナさん

 リーネさん

 そして執事のセルディスさんだった。


 ここにいないローエさんは今ごろ城で王国放棄の説明を受けている頃だろう。


 そして俺も、たまたまここに募った仲間たちに王国放棄の事を説明した。


「国を放棄だと!?」


 力んだ声を弾(はじ)かせたのはカティアさんだった。


「ゼクード様。それは、本当なのですか?」


 セルディスさんが信じられないといった表情で聞いてくる。

 今さら嘘をついても意味はないと思い、

 俺は正直に頷いて見せた。


「本当です。国王さまはそう仰ってました」


「おいおいマジかよ!」

「国を捨てるなんて……」


 グリータが片手で額を覆い、嘆く。

 カティアさんの隣にいるレィナさんも俯いた。


「まさか、ワタシたちがそこまで追い詰められていたなんて知りませんでした……」


 もともと悲しい顔をしていたリーネさんがさらに声を暗くして言った。

 ご両親の事で辛いだろうに、とんだ追い打ちである。


「ゼクードくんは国を捨てるのに賛成なの?」


 フランベール先生に聞かれ「正直に言うと反対です」と答えた。


「住み慣れた故郷を手放すのは嫌ですから」


 俺の言葉に疑問を持ったらしいリーネさんがこちらを見てくる。


「あの、では、どうして反対されなかったんですか?」


「このまま戦っても俺達に勝てる見込みがないからです。だからいったん逃げて身を隠し、みんなで力をつける。俺も国王さまもそう判断しました」


「ま、待てよゼクード。逃げて身を隠すって、どこに身を隠すってんだ?」


「【エルガンディ王国】の所有する【ミスリル鉱山】だ。あそこならドラゴンたちにも見つかりにくい。あそこを【ヨコアナ】と称して俺たちの隠れ家にする」


「鉱山で生活って、ようは洞窟生活ってことか? 無理だろ。なに考えてんだよ……」


「そうでもないよグリータくん」


 間に入って来たのはフランベール先生だった。


「人間は昔、洞窟に住んでたの。大丈夫よ。あの鉱山の環境なら人は住めるわ。もともと避難用に深く掘られてる鉱山だし」


「いや、でも、先生……今のオレたちには無理ですよ。そもそも飯とかどうするんです?」


「それは今まで通りドラゴンを狩って食べたり、ドングリを拾ったり、うまく野菜とかを育てるしかないね」


 ドングリかぁ。

 あれ家畜が食ってるのなら見たことあるけど。

 人間でも食べれるのか。知らなかった。

 まぁそれはともかく。


「グリータ。国王さまはちゃんとこんな時のために蓄えを用意しておいたらしいんだ。それに大勢の人間を収納できる場所は鉱山以外にはない。今より生活は貧相になるけど死ぬよりマシだろう?」


「そうだけどさぁ……」


「ええぃ! ごちゃごちゃ言うな! 男のクセに!」

 

 怒るカティアさん。怖い。


「ひぃっ! すす、すみませんでした!」

 

 ビビって気を付けの姿勢になるグリータ。


 見事な先輩と後輩の図である。


「まったく……──まぁ私は、陛下の判断は賢明だと思うな」


「姉さま?」


「私たちはゼクード頼りで弱すぎる。生活が惨めになろうと、それは反撃のための苦だと思えば良い。負けるくらいなら洞窟でもなんでも住んでやるさ。強くなるためだ」


「はい! 姉さまの言うとおりです!」

「そうね。それしかないわ」


 レィナさんとフランベール先生が賛成の声を上げ、周りのみんなも引っ張られるように顔色を賛成の色に変えていった。

 カティアさん様様である。

 ……本人にそんな意図はなさそうだけど。


「あ、それとみなさんに一つだけ」


 俺は思い出しを口にし、みんなの視線を集めた。

 そして続ける。


「ここを襲ったあの白いドラゴンですが、あいつの正体は【10年前の悪夢】ディザスタードラゴンらしいです」


「なに!?」

「生きていたの!?」


 カティアさんと先生が揃って驚愕した。

 他のみんなも同じく。


 ただ一人だけ「やはり」とセルディスさんが呟いていた。

 意外にも彼はそこまで驚いていなかった。


「セルディスさん。気づいてたんですか?」


「いえ、ゼクード様。奴は以前の形状と少し違い進化しておりました。ただ片眼が潰れていたので、もしかしてと思ったのです」


「なるほど」


 セルディスさんも国王さまと同じで、父フォレッドが過去にディザスタードラゴンの片眼を潰したことを知っている。


 考えても見れば当然か。

 部下だったもんな。親父の。


「俺の父フォレッドは、ディザスタードラゴンを仕留め切れなかったみたいなんです。国王さまの決断に同意した理由。一番の理由がこれです。あの親父が勝てなかったドラゴンに、今の俺では……」


 まず間違いなく勝てない。

【アークルム王国】で戦った巨大ドラゴンマンにあれほど手こずっているようではダメだ。


「──だから立ち止まって、力をつける。みなさん。どうか協力してください」


「当たり前だ。隊長」

「うん。ついていくよ」


 カティアさんとフランベール先生が当然のようにそう言ってくれた。

 英雄が敗北した事実を知っての即答であり、なんとも心強い。

  ここにローエさんがいたら、きっと同じように言ってくれたに違いない。


「グリータも力をつけるんだぞ」


「ぇ、オレも!?」


 俺の言葉に驚愕するC級騎士のグリータ。

 驚くグリータを見て呆れた顔をしたのはレィナさんだった。


「当たり前でしょう。なによアンタ。こんな時に自分だけ何もしないつもりだったの?」


「いや……オレC級騎士だし、役になんて立たねぇよ」


「だから強くなろうって言ってんのに! アンタ馬鹿じゃないの!」


「う、うるせぇな! なんだよお前! C級騎士でもない見習い騎士のクセに!」


「は? アタシはカティア姉さまに何度も鍛えられてるからアンタより遥かに強いわよ」


 へぇ、あのカティアさんに鍛えてもらってるんだ。

 なら確かにレィナさんそこそこ強いかもしれないな。

 ただ、狩りの経験はまだ無さそうし、その辺で言えばグリータの方が上かもしれない。


「あっそ、ベビードラゴンでも倒せりゃいいね」

「なによバカにして!」


「うるさい。そこまでにしろ」


 カティアさんが一言ぴしゃりと叩いた。


「は、はい! ごめんなさい……」

「なんでオレまで……」


 どんまいグリータ。

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