第106話 やらねばならない

 ガイス隊長と別れた俺たちはフォルス家の大広間に戻った。


 そこではリーネがカーティス達の面倒を見ながら待っていてくれた。

 布を敷かれた地面でカーティスとレミーベールが石ころをオモチャにしながら遊んでいる。


「あ、お帰りなさいみなさん」


 優しい笑顔で俺たちを迎えてくれるリーネ。


 リーネがレィナと共にグリータの彼女になったという事実を知っている俺は、どうにも斬新な目で彼女を見てしまう。


 何より姉のローエがその事を知っているのかどうなのかが気になった。


 だが今はそれを問う時ではないだろう。

 どのみちいずれは知ることになるし、リーネからローエに言うだろう。


「お待たせリーネ。いつもありがとう」


 ローエはいつも通り妹に礼を言って赤ちゃんたちの元へ歩いていく。


 後ろのカティアやフランベールも続けてリーネに礼を言う。

 もちろん俺も。


 グロリアは寝ているらしくリーネが抱っこしていた。

 それを見たローエは近くのレミーベールを抱き上げる。


 ニパァと可愛らしい笑顔をローエに向けるレミーベールに、ローエも微笑んで抱きしめ、優しく頭を撫でた。


 ちょこんと残されたカーティスは俺が抱っこする。

 するとなんかいきなり前髪を引っ張られた。


「イタタタタタタタ! ちょちょちょ痛い痛い! カーティスやめて!」


 その光景にリーネやカティアたちが笑う。

 そんな俺を助けるようにフランベールがカーティスを引き取り、カーティスは当然のように義母の豊かな谷間に顔を埋めた。


 あ、あの野郎! 

 最初からそれが目的だったのか!?

 なんて奴だ。

 ろくな大人にならねーぞあいつ絶対!


「それで隊長。出発はいつにする予定だ?」


【威力偵察】の事を聞いているのだろうカティアが聞いてきた。


「もちろん明日だ。今日中に準備を整えて、明日の朝には出立する」


「それから」と俺は考えていたスケジュールを続けて説明する。


「偵察期間は三日だ。最初の一日目は安全地帯を探してキャンプを設置する。まずは中継地点を作らないと奥に進みようがないからな」


「了解ですわ」

「了解だ」

「了解よ」


 なんだか久しぶりに聞いた気がする。

 嫁たちのこの返事の流れ。


「みなさん偵察に出るんですか?」


 事情を知らないリーネが聞いてきた。

 リーネの腕の中でスヤスヤ眠るグロリアを引き取りながら俺は頷く。


「ああ。ディザスタードラゴンの居場所を特定するために南の奥地へ向かうんだ。今度こそ本格的にね」


「え、このメンバーで行くんですか? 凄いですね」


「まぁね。なにせ今回は奥地の奥地へ入っていくから、中途半端なメンバーじゃ生きて帰れない可能性があるんだよ」


「生きて帰れないって……だ、大丈夫なんですかそれ?」


 リーネが青ざめた表情をしたので俺は慌てて付け足した。


「大丈夫だよ俺がいるから」


 絶対に上手くいく根拠など無いのだが、俺は笑いながら言い切ってみせた。

 その言葉にリーネはともかくフランベール達がフフッと笑う。


「頼りにしてるよ」


「まかせとけ」


 フランベールに親指を立てて返す。


「あ、あの……」


 突如リーネが小さく口を開く。

 みんなが彼女に視線を集中させた。


「そんな危険を冒してまで……ディザスタードラゴンと戦わなきゃいけませんか?」


「え?」


 あまりに予想外な言葉だったので、俺は間の抜けた声を発してしまった。


「こ、鉱山でも人間はちゃんと生活できてますし……そんな無理に、ディザスタードラゴンを倒さなくても、生きていけると思うんです」


「リーネちゃん……」


「い、いえ……その、もし……もしみなさんの身に何かあったら、この子たちが、可哀想で……」


 俯いてしまったリーネが泣きそうな声音でそう言った。

 確かに、今回の任務で全滅したら……この子たちは両親のいない孤児になってしまう。


 つまり俺と同じになってしまう。

 それだけは避けたい。

 リーネの言っていることも分かる。


「リーネちゃん。ありがとう」


 俺はリーネの肩に手を置いてから言った。

 リーネが顔を上げて、悲しい顔で俺を見る。

 その顔に重くなる胸の奥を感じながら、それでも俺は言葉を紡いだ。


「だけどおそらく、ずっと鉱山での生活は続けられない」


「え?」


「ディザスタードラゴンは頭が良いんだ。きっと俺たちが地下で隠れながら生きていることも分かっているはずなんだ」


「そんな……」


「現に最近、やたらとここ【ヨコアナ】の近くにドラゴンがやってくるだろう?」


「!」


 リーネの表情が変わった。

 思い当たる節があるようである。

 

「昨日も六体のリザードマンが……ここを嗅ぎ回ってました」


 思い出したようにリーネが呟いた。 


 昨日のリザードマンか。

 カティアたちが討伐した連中だな。


「俺たちの隠れ家も特定されつつある。ここにいると確信されたら、どんな攻撃に出てくるかわかったもんじゃない」


 地下に潜っていれば安全、と思いたいが……あのディザスタードラゴンの事だ。

 何かしらの手を考えてくるだろう。


 何よりこちらもすでに何十体とドラゴンを狩っている。

 人間の生存に気づいていない方がおかしいのだ。


 そしてむしろもう、何かしら整えているかもしれないのである。

 何故ならこの二年間、奴に大きな動きがなかったのだから。


 あれだけ苛烈な虐殺をやってのけたディザスタードラゴンだ。

 俺たちの生存を知っていて何もしないとは思えないのである。


「だから倒すしかないんだ。リーネちゃん……わかってほしい」


 危険を冒してまで倒す理由を述べると、リーネはそれでもまだ複雑そうな顔をしていた。


 納得できないわけじゃないけど、って顔だ。


 リーネも二年前に両親を失った身だ。

 それがどれほど辛いことか分かっている。

 だからカーティス達のことを案じてくれているのだろう。


「……心配してくれてるのは分かるよリーネちゃん。ありがとう」


 それだけ言って俺はリーネの肩から手を離し、踵を返した。

 

「それとねリーネちゃん」


「……」


「やっぱり親としては……子供に脅威を残しておきたくないんだ」


「!」


 俺の親父もたぶん、その気持ちが一番にあって、たった一人でディザスタードラゴンに挑んだんだと思う。


 国王という親友のためもあったろう。

 奥さんのためもあったろう。

 もしかしたらもっといろいろあったかもしれない。

 

 だけど子供を持つと、いろいろと分かってくる。


 まず第一に子供の安全を確保したい。


 親という生き物は、どうにも最初にそれが来る。


 父親になった今なら分かる。

 親父もきっとそうだったんだ。

 

 そしてディザスタードラゴンに深傷を負わせ、【騎士】という人間の中にも強い奴がいることを思い知らせた。


 討伐には至らなかったが、ディザスタードラゴンを十年も封じたのは大きい。

 おかげで俺は無事に成長し、強くなれた。

 

「俺も、ローエも、カティアも、フランも……みんな自分の命を軽く見てるわけじゃない」


 言いながら俺はグロリアの頭を撫でて、リーネの方へ振り返る。

 

「自分たちが死んだら、この子たちがどうなるか、ちゃんと分かってるよ」


「でしたら……」


「だけどこれはやるしかないんだ。そこは分かってほしい」


「義兄さま……」


「それに俺は親父を越えたいから、死ぬつもりはないよ」


 リーネとローエ。

 カティアとフランベールが、虚を突かれたような顔をこちらに向けてきた。

 構わず俺は続ける。


「ここで死んだら親父と同じだからね」


 そして誰の返事も待たず、俺は嫁たちに告げる。


「戦って死ねなんて簡単なことは言わないぞ。今回の任務は全員の生還を持って任務完了とする。いいな」


「ふふ、了解ですわ」

「了解。がんばるよ」

「了解だ」 

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