第250話 ゼクードの信念?

『ネオ! アンタ凄いよ! さすがアタシの息子ね! 天才かも!』


『ネオ! アンタ本当に天才ね! さすがアタシの息子! その歳でもうA級ドラゴン倒せるなんて』


『この調子ならすぐにアタシの隣に立てるわね。親子でいっしょに【シエルグリス】を守っていくよ!』


『はぁ? アタシを守ろうなんて百年早いのよ!』


『あのね。アンタに心配されるほど経験浅くないのよアタシは。生意気言わないの』


『だから……大丈夫よアタシは。余計な心配しないで!』


『余計なことしないでって言ってるでしょう! アタシは一人でもやれてた! アンタなんかに助けてもらわなくてもやれてたのよ!』


『調子に乗らないでよ! 何が天才よ! アンタなんかただ運よく男に生まれて才能に恵まれただけじゃない!』


『アンタのせいで! アンタのせいでアタシいつまでも一番になれないんじゃない!』


『アタシは…………アタシだって頑張ってるのに!』


 歓喜した母の声が怒声に変わり、ネオは眠りの薄皮が破けた。

 身を起こして辺りを見渡す。

 まだ日の差さない暗い自宅の中だった。


 ベッドから足を下ろし、涙で濡れた目を擦る。


「またあの夢か……くそ」


 立ち上がり、冷えきった部屋の窓を覗き込む。

 日が上ろうとしてるのか、外はほんのり明るくなってきていた。

 夢の余韻が残るせいか、ネオは目が冴えてしまった。


 二度寝をする気にはなれず、何かをやりたい気分でもない。

 今はただ忌まわしい母の怒声が消えるまで、ただこうやって外を眺める。


「僕のせいで一番になれない……か」


 知ったことか。

 と内心で吐き捨て、ネオは部屋の隅に置いてある装備を着込んだ。

 身なりを整えて外に出る。

 ネオは風に当たりながら散歩をした。


 うっすらと明るい街中は静かで、まだ誰も起きていないことを暗に示していた。

目覚めの悪い今のネオには心地良い環境でもあった。


 この時間に起きている人間など夜勤の騎士ぐらいだろう。


 そう思いつつ、ネオは無心のうちに母親ミオンの自宅の前を歩いていた。

 意識して来たわけじゃない。

 気がついたらここにいた。


 窓から中の様子を見ると、母が帰って来た痕跡はない。

 調査任務からまだ帰って来てないようだ。

 弱いくせに無理をするのが母さんだ。


 だから……どうしても心配になってしまう。


 いっしょに【シエルグリス】を守ろうと言っておきながら、いざ実力を抜かれると手のヒラを返して嫉妬する。

 そんな面倒くさい忌まわしい母親だが、だからと言って死んでほしいほど嫌いなわけじゃない。


 もともと自分が強くなろうと思ったのだって、母が自分を誇ってくれる笑顔が見たかったからだ。

 

『ネオ! アンタ凄いよ! さすがアタシの息子ね! 天才かも!』


 夢でも見た母ミオンの最初の言葉。

 この時の母の心底嬉しそうな笑顔は今でも忘れない。

 童心ながらネオは、この笑顔が見たくて騎士の修行に励んだ。


 楽しくてしょうがなかった。

 母が自分を誇るたびに、もっと強くなろうと思った。

 強くなればなるほど母は喜んだ。


 だから当時【シエルグリス】で最強の女騎士だった母を越えれば、もっと喜んでもらえるはずと……そう思っていたのに。


 我ながら、なんてガキくさい動機で頑張っていたんだろうと思う。

 こんな浅い動機で戦う男がカーティスやゼクードに敵うわけがない。

 同じ天才なら動機の質(しつ)は実力に大きく影響するはずだから。


 ──……あの男は……ゼクードはどんな動機であそこまで強くなったのだろうか?


 ふと胸の奥に沸いた疑問が熱となって溢れ、ネオはゼクードに会いたくなってきた。


 あの男の動機を知りたい。

 信念を知りたい。

 ドラゴンを怖いと言いながらも、あれほどの実力を身につけた……その真髄(しんずい)を。


 思い至り、ネオは居ても立ってもいられなくなった。

 早く夜が明けろと内心で呟きながら踵を返すと、ネオはギョッとなった。


「ネオ。おはよ~」


 ニヤニヤと笑うロジェール王女がそこに居たのだ。

 隣にはいつもの専属メイド騎士エルジーもいる。

 幼馴染の二人だ。なぜこんな時間に?

 

「……王女? こんな時間に、いったいなんのおつもりか?」


「お・は・よ・う!」


 まずは挨拶しろと言わんばかりに攻めてくるロジェール。

 幼馴染という関係ゆえに馴れ馴れしく、ネオは正直この王女こそ一番ニガテだったりする。


「……おはようございます」


「よろしい」っと満足げに頷くロジェールと、その隣でエルジーも小さく「おはようございます」と告げてきた。


「こんな時間に何をしているんです? 城に戻られよ」


「ネオこそこんなところで何してんの?」


「質問に質問で返さないでください」


「んー、ワタシとエルジーは最近こうやって早起きして一緒に散歩してるの。ゆっくりお喋りできるし、お母様が起きる前に戻ればバレないから。……で、ネオは何してたの?」


「べつに」


「ミオン様が心配なのですね?」


 エルジーが遠慮なく人の心を当ててきた。

 この女は普段寡黙なくせに、喋るといちいち余計だ。

 まぁ、こんな母親の自宅の前で突っ立っていれば、誰でもすぐに検討はつくだろうが。


「違う。早く次の情報が欲しいだけだ」


 適当に言い訳して、ネオはロジェールとエルジーの脇を通りすぎた。


「ちょっとネオ。どこ行くの?」


「ゼクードさんに会いに行く。ついて来ないでください」


「ゼクード様ならそこにいるよ?」


「へ?」


 あまりにあまりな返事だったので、そんな間抜けな声を出してしまった。

 ロジェールの指差した先を見ると、そこには寝間着姿のゼクードが眠そうな顔して立っていた。

 なんでこんなところに!?


「あ、あなたは! なんでこんなところに!?」


「……トイレの帰りに、そこの二人に捕まっちゃって……なんか、連れてこられた……」


 でかい欠伸(あくび)をしながらゼクードは言った。

 ロジェールに捕まったのか。

 可哀想に。


 いや、この場合はよくやったと言うべきか。

 しかし眠そうだ。

 目なんて半分も開いてない。


「そ、そんなに眠いなら断れば良かったのでは……」


「いや女の子の誘いを断るのはちょっと……」


 意味が分からん。

 まぁいい。


「……まぁ、ちょうどいいです。ゼクードさん」


「うん?」


「あなたに聞きたいことがあります」


「なに?」


「あなたは……何を動機としてそこまで強くなったんですか?」


「動機?」


「例えば……誰かのために強くなったとか」


「ああ、そういうのか」


 ゼクードは理解したようで、答えを口にしようとする。

 これほどの実力者ならば、きっと高尚な信念を持っているに違いない。


 ネオはすでにどんな答えがくるのか、楽しみで心が踊っていた。

 母の笑顔のために戦っていた自分には、想像もつかない信念のはず。


「俺、女の子にモテたかったんだ」


 ネオの目が点になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る