第230話 ニヤニヤレィナ

 仲間たちがテントで眠った頃、レィナは見張り番として外で焚き火を焚いていた。

 焚き火のパチパチ音と虫の鳴き声が心地いい。

 やや冷える夜の風も、今は心を落ち着かせる環境の一部になる。


 エルガンディを発ってからここに来てすぐ戦闘。

 馬にも無理をさせて先を急ぎ、落ち着く間もなかった。

 だからこうして丸太に座ってエールを片手に、焚き火に当たれるこの時間がとても嬉しい。


 まだまだ若いつもりだが、休める時に休む重要性が今となっては身に染みて分かる。


「母さんはもう休めよ」


「そうだよ。見張りは僕とレグナでやるから」


 焚き火を挟んだ向かいに、まだ起きていた息子二人に言われた。

 レィナは薪を追加しながら答える。


「私は大丈夫よ。それよりあなた達こそ働きっぱなしじゃない。早く休みなさい」


 レグナとリイドは本当に無理をしてないか母として心配だった。

 彼らは任務から帰還して休む間もなくこの任務についたのだから。

 いくら自分から志願して着いてきた身分とは言え、それは自分の事を心配してくれたからというのは分かっている。

 だから余計に心配なのだが。


「あのな~母さん。もう若くないんだから無理はしブヘェアッ!」


「あらごめんなさい。指が滑っちゃったわ」


「手じゃなくて!?」


 青ざめたリイドが突っ込む。


「うるさい。いいからもう休みなさい。見張りは一人で十分よ」


「十分じゃねぇって……オレはレディには無理させない主義なんだよ」


 ……なにがレディよ。

 まったく。どうしてこんな女性にだらしない子に育っちゃったのかしら?

 昔はもっと──


『お母さん! レグナ強くなったらお母さんのこと守ってあげるね!』


『お母さん好き! レグナ、お母さんと結婚する!』


 ──あぁ……昔はあんなに素直で可愛かったのに……どうしてこんな軟派な子に……


「ここはオレとリイドに任せて寝とけって…………なんだよその目は。怒ってんの?」


「怒ってないわ。悲しいのよ……」


「はぁ?」


「や~れやれだね~。レグナ。義母さんってこうなると頑固だよね~?」


「頑固って言うか面倒くせー」


「あんた達に言われたくないわよ!」


 言いながら結局、親子三人で焚き火を囲いエールを飲んだ。

 アルコールで身を震わせるレグナは、奥で休んでいる馬たちを見た。

 みんな耳を伏せている。


「……それにしても馬どもはまだ不機嫌なのか?」


「そりゃそうよ。かなり無理させたんだもの。しばらくは走ってくれないかもね」


 ゼクード達に追いつくことを優先したため、馬にはかなりの負担をかけてしまった。

 休憩もかなり回数を絞った。


 そのせいでみんな耳を伏せてご機嫌斜めである。

 でも彼らのおかげでゼクード達への援軍が間に合ったともいえる。

 彼らは真の功労者だったと言えよう。


「まぁ明日はどうせオルブレイブの調査だし、またここで一泊することになるだろうから放っとけば機嫌も直るよ~」


 功労者に対して酷い扱いだが、レィナもリイドに同意だった。

 機嫌の悪い馬はかなり危険だから、実は落ち着くまでそっとしておくのが一番だったりする。


「だな……にしてもゼクードさん、だっけ? マジで強かったなあの人」


「だね~。伝説に違(たが)わずって感じだったよ~」


 そういえばレグナとリイドはゼクードとは初対面だった。

 今さらレィナはそのことに気づく。

 尊敬の色が伺える声音だ。

 やはり男の子は英雄に憧れるらしい。


「あの人あれだろ? 15歳でハーレムしてたんだろ? すげぇな……」


 いやそっちに憧れるの!?

 ……うん、まぁ、レグナならそうか。


「ハーレムで言うならウチの親父(グリータ)だって17歳でハーレムしてたし凄いよね~。ね? 義母さん」


「そ、そんな事どうでもいいでしょう……」


 まったく……男ってやつは。


「まぁ~強さでは負けてるが、顔ではオレの方がイケてるだろ?」


「「は?」」


 リイドとレィナが揃ってレグナを見た。


「ゼクードさんの顔はなんかこう……可愛い系だな。オレはこう男らしくキリッとしててカッコいいだろ?」


「なに言ってんのあなた? あたま大丈夫?」

「僕レグナが女の子にモテてるとこ見たことないよ?」


「うるせぇなこれからなんだよオレは! それに今オレは心ときめいている女性がいるんだ。ここに来る前に会った……あの赤い薔薇のような女性!」


 赤い薔薇のような女性?

 お姉さまカティアがパッと浮かんだが、まさかね。


「あぁ……また会いたい。思い出すだけでゾクゾクするぜ。怒った顔も、声も素敵だった」


 ふーん?

 珍しいわね?

 レグナがこんな夢中になる女性なんて。

 よっぽどの美人なのかしら?


「あ~あの赤い女騎士さんか。珍しい武器持ってたよね。【トリガーウェポン】の【バスターランサー】」


 ……赤い女騎士?

 バスターランサー?

 え?

 それって……


「そうそう。あんなじゃじゃ馬武器使ってる女騎士なんて居たっけ? ってオレも思ったよ」


「あの緑の女騎士さんも【マグナムハンマー】持ってたよ。メンテナンスが大変な武器なのに」


 緑の女騎士……マグナムハンマー……

 もしかしてローエさんのこと?

 

「あのいかにもお嬢様って感じの女騎士だろ? お前やっぱりあの人を狙うのか?」


「そうだね~。すっごく好みだし頑張ってみるよ~」


「おーし。ならお互いの春を賭けて乾杯といこーぜ!」

「お~」


 エールを乾杯するレグナとリイドに、レィナは慌てて口を挟んだ。


「ちょ……ちょっと待ちなさいあなた達? その赤い女騎士さんは、赤い髪でポニーテールじゃなかった?」


「え? なんで分かったんだ? 当たり」


 やっぱりお姉さまだ!

 この子、お姉さまにアタックしようとしてる!

 ってことはリイドの言う緑の女騎士もローエさんに確定だ!


 これは…………黙ってれば面白いことになりそうだ。


「なんだよ母さん。もしかして知り合いか?」


 知り合いどころか実の姉なのだが、今は黙っておこう。


「ううん? 私も見たことあるだけよ」


「なんだ知り合いじゃないのかよ。知り合いだったら紹介してもらったのに」


「……その赤い女騎士さんにアタックするの? 旦那さんやお子さんが居たらどうするつもり?」


 レィナは真面目を装って内心ではニヤニヤしていた。

 末路が分かっているこの恋路が面白すぎる。

 その赤い女騎士が自分の叔母だと知らない息子レグナにニヤニヤが止まらない。うっかり顔に出そうだ。


「母さん分かってねぇな。美人ほど結婚してないもんなんだぜ?」


 なんだその理論……

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