第47話 友の涙
おかしい。
ローエさんとフランベール先生がまだ帰ってこない。
もう三日目の昼だと言うのに。
「あの、ローエさんとフランベール先生はまだ帰還してませんか?」
俺はゲートハウスごと大破した【第二城壁】付近にいる受付嬢さんに聞いてみた。
屋根もない瓦礫だらけの現場で、受付嬢さんはテーブル越しに首を振る。
「残念ながらまだです。出発前にフランベール・フラムさんからは3日間の探索期間を申請されてます。今日中に帰還されなかった場合は救助騎士隊を出撃させますので」
「そうですか……」
受付カウンター代わりのテーブルから身を引き、踵を返して戻った。
街道を戻ると、どうやら同じく心配で来ていたらしいカティアさんと出会った。
俺は彼女と目が合い、首を振って先ほどの悲報を伝えた。
「……そうか。やはりまだ帰還はしてないか」
「ええ。【アンブロシア】の探索に時間が掛かったのかもしれませんが」
「だったらいいが、心配だな」
「そうですね」
二人も心配だが、ローエさんの妹さんももう3日しか持たない。
あっちもこっちも心配で落ち着かない。
やっぱりダメでも俺も行けば良かった。
この3日間でS級ドラゴンの襲撃はなかったし。
……まぁ、結果論だけどさ。
「ゼクードさん! ゼクードさああああん!」
ん?
なんだ?
あれ?
さっきの受付嬢さんだ。
こっちに向かって全力疾走してる。
どうしたんだろう?
「はぁ! はぁ! ゼクードさん!」
「ど、どうしたんですか?」
「ロ、ローエさんがたった今! 帰還されました!」
「! ほ、本当ですか!」
「はい! でもボロボロの状態で、その場で意識を失ったみたいなんです!」
ボロボロの状態!?
いったい何が!
「どこに運ばれたんだ!?」
事態を察したカティアさんが聞いた。
受付嬢さんはすぐに答えた。
※
『ローエさん逃げて! こいつはわたしが引き付けるわ!』
『できませんわ! それでは先生が!』
『ダメ! お願いだから帰還して! わたしもあなたも重傷を負ったら手の打ちようがなくなる!』
『でしたらわたくしが!』
『無責任なこと言わないで! 妹さんを一人にしちゃダメよ!』
『で、ですが!』
『勝とうと思わなければ何とかなる! 急いで帰還してゼクードくんを呼んできてほしいの! コイツに勝てるのはゼクードくんしかいないわ!』
『先生!』
※
「先生!」
いきなり飛び起きたローエにカティアは驚いた。
目を覚ましたローエはハッと我に返り、辺りを見渡す。
ここは【エルガンディ王国】にある病院。
その病院内の一つの小部屋だ。
傷だらけで意識を失っていたローエはすぐさまここへ運ばれた。
運ばれてから数時間経ち、今に至る。
「カティア……さん?」
カティアを見つけたローエがベッドから降りてきた。
しかしベッドから降りてきた瞬間、その包帯だらけの身体が痛んだようでローエは崩れるように倒れた。
「い、つ!」
「ローエ! 無理するな!」
倒れたローエに肩を貸してベッドに座り直させる。
カティアはテーブルに置いてあった水をローエに差し出した。
ローエはそれを一気に飲み干す。
「大丈夫かローエ?」
「カティアさん! 今すぐ隊長を呼んでください! 隊長を【竜軍の谷】へ向かわせてほしいですわ!」
「落ち着け大丈夫だ。ゼクードならもうとっくに【竜軍の谷】へ向かっている」
「ほ、本当ですの!?」
「ああ。傷だらけのお前だけが帰還してフランベール先生だけ帰還していなかった。その時点で察して飛び出して言ったよ。国王さまには無断だがな」
『俺が留守の間『エルガンディ王国』をお願いします。カティアさん』
当のゼクードはそれだけをカティアに命令して【竜軍の谷】へ発ったのだ。
止める間もなかったが、止める理由もなかったから「了解」とだけ返して見送ったのである。
「そう、ですの……」
安堵したようにローエは息を漏らした。
「それで何があったんだ?」
「……一匹の黒いドラゴンが現れたんですわ」
「黒いドラゴンだと?」
聞いたことがあった。
最近ゼクードから聞いた残りのS級ドラゴンの一匹に『黒い鱗に覆われた竜』というのがいたはず。
そいつは翼を持っているとか。
「そいつはとんでもなく強くて、わたくしと先生だけではとても敵いませんでしたわ。このままではまずいと先生は自分を囮にしてわたくしを逃がしてくれたんですの……隊長を呼んでくれって……」
「そうだったのか……」
だからフランベール先生だけいなかったのか……ある程度の予想はしていたが、これは辛いだろう。
何より先生を置いていく形になったローエが一番辛いはずだ。
もしこのままフランベール先生が死んだら、ローエはこのさき笑って生きていけるのだろうか?
たとえ妹が助かっても。
どちらが悪いわけでもない不運の連鎖。
S級ドラゴンが現れ、フランベール先生は最善の行動を取っただけに過ぎないから。
「カティアさん……」
「ん?」
「弱いって……罪ですわね……」
「!」
俯いたローエからの言葉だった。
「わたくしがゼクードのように強ければ、こんなことにはならなかったんですわ……」
「……。そうだな」
カティアはローエが泣いていることに気づき、そっと彼女の隣に腰を下ろした。
弱音を吐き出そうとしているから、聞いてやろうと思ったのだ。
フランベール先生が自分にそうしてくれたように。
「わたくしがゼクードのように強ければ、あんな黒いドラゴンも返り討ちにして、今ごろ【アンブロシア】も手に入れて、リーネを救うこともできたんですわ……!」
「ああ、そうだろうな……」
「弱いと……仲間も家族も救えない、守れない……わたくし、自分が情けないですわ……もっと強ければ先生を、自分を好きだと言ってくれた人を置いて逃げることもなかったのに……!」
「ローエ……」
大粒の涙を流して、ローエは身体を震わせている。
カティアはただ、彼女を抱き寄せて、その涙を受け止めてやることしかできなかった。
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