第39話 カティアの頼み

 憧れだった担任の先生とキスをした。

 それはまさに夢のような一時(ひととき)だった。


 フランベール先生と、恋人のような、大人のような、そんな口づけを交わしたのだから。


 いま俺は自宅のベッドで横になっているが、なぜか身体がフワフワしている。

 あくまで感覚だが、幸せすぎて思考がボ~ッとするのだ。


 フランベール先生の柔らかい唇の感触がまだ記憶に焼き付いている。

 自分の唇に重なったあの感触を、脳はまだ覚えている。


 抱きしめたフランベール先生の身体は装備越しでもわかるほどフワリとしていた。

 女性特有の柔らかさと、優しい香り。

 興奮よりも安心を覚える母性豊かなフランベール先生の肢体。そして暖かさ。

 

 忘れらない初めてのキスと抱擁を経験して、俺は大きく大人の階段を上ったような気がした。


 でもフランベール先生は、俺などとキスして良かったのだろうか?

 ほんの少しだけそう考えてしまう。


『それにわたし……ゼクードくんのこと……』


 キスする直前に呟いてた先生の言葉は、結局は最後まで聞けなかった。

 でも、この言葉の先をイメージできないほど俺は鈍感じゃない。


 なにより先生は俺の欲望を受け止めてくれたのだ。

 キスをお願いすればしてくれた。

 抱きしめたら抱きしめ返してくれた。


 それが何を表すのか、分からないほど鈍感じゃない。

 自信を持とう。

 

「先生……俺もっ!」


 俺もフランベール先生が好きだ。

 ずっと憧れていた大人の女性だ。

 幸せにしたい。


 キスとはそもそも、そういう意味も込められているのだから。



 翌日の朝になった。

 天候は晴れで視界も良好だ。


 俺はカティアさんと共に【第一城壁】のゲートへ来ていた。

 理由はもちろんローエさんとフランベール先生の見送りである。


「それじゃ行って来ますわ」


「ローエ。無理だけはするなよ」


 カティアさんの忠告にローエさんは腰に手を当てた。


「わかってますわよ」


「ならいいが」


 果たして、ローエさんはゲートの外へ歩いて行った。

 少し足取りが速い。

 やはり気持ちは焦っているようだ。

 妹さんの命が残り6日しかないから当然か。


 そんな彼女の後ろをフランベール先生が続く。

 先生はカティアさんに手を振り、そのあと俺を見て微笑みながら手を振ってくれた。

 キスをした昨日の今日で、妙に照れくさいが俺も手を振り返す。


「二人とも気をつけて!」


 俺はその一言だけローエさんとフランベール先生へ送った。

 馬を外へ待機させている二人はゲートをくぐり、間もなく見えなくなった。


「……行っちゃいましたね」


 見送りを果たし、隣に立つカティアさんに言う。


「ああ。だがやはりローエのやつ、まだ焦りがあったな」


 言いながら踵を返し、街の方へとゲートをくぐる。

 俺も一緒に歩きながら同意した。


「そうですね。でもそのためにフランベール先生が同行してるんですから大丈夫ですよ」


「そうだな。それにしても隊長」


「はい?」


「今日はずいぶんとご機嫌だな。何か良いことでもあったのか?」


 あれ?

 顔に出てたかな。

 意外と見てるなカティアさんってば。


「えへへ、わかります? 実は昨日すごく嬉しいことがあったんですよ」


「嬉しいこと? ふ……どうせお前の事だ。フランベール先生にキスしてもらった、とかだろ?」


「え!? なんで分かったんですか!」


「──ん?」


「ぇ、あ……」


 しまった。

 なに言ってんだ俺……


「おい……」


「は、はい!」


「今のは本当か?」


「違う! 違うんですよカティアさん! お礼は何がいい? って言われたのでキスがいいってお願いしたらしてくれたんですよ!」


「そこでキスをお願いするお前がおかしい」


「え、おかしいですか?」


「当たり前だバカ者が」


 うーむ、素敵な女性にキスされたいと願うのは男として普通だと思ってたのだが。


 というかまだ早朝だからか街に人気が少ない。

 これはこれで助かった。

 こんなやりとりを聴かれるのはさすがに恥ずかしい。

 

「お礼ならもっと別の事を頼めば良かっただろうが。なんでそこでキスなんだ。この愚か者め」


 カティアさん凄い怒ってる。

 まさかこんなにも怒られるとは思わなかったな。


「だいたいお前【エルガンディ王国】でのキスがどういう意味か分かってるのか?」


「ああ、それなら分かってますよ」


「なに?」


「『あなたを幸せにする約束』ですよね? それなら百も承知です」


「お前、知っててやったのか?」


「はい。フランベール先生を幸せにしろというのなら望むところですよ。俺の騎士道に誓って、女性を不幸になどはさせません」

 

「……」


 カティアさんが俺を突き刺すように睨んできた。

 やはり、言葉だけでは信じてもらえない。

 行動で示すしかないようだ。


「……まぁ、お前ならそうだろうな」


「え?」


「べつに、お前の色恋沙汰にあーだこーだ言うつもりはない。責任を取るつもりがあるのならそれでいい」


「カティアさん……」


「ふぅ……この話はもういい。お前と先生の問題だ。それより隊長、お前に頼みたいことがある」


「なんですか?」


「私に【竜(ドラゴン)斬り】を伝授してほしい」

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