第40話 素敵なヒロインたち

「私に【竜斬り】を伝授してほしい」


 街中で足を止め、真剣な顔でカティアさんは俺に言ってきた。

 その表情はよく見ると砂を噛むような表情でもあった。


「【竜斬り】を?」


「ああ。武器もお前と同じロングブレードに変える。だから頼む。私にあの剣技を教えてくれ」


 姿勢を正しながらカティアさんはお辞儀する。

 あまりに真剣なのでちょっと俺は困惑した。


「えっと、べつに良いですけどせっかく練度の高い武器を手離すのは得策じゃないですよ。いつS級ドラゴンが来るか分からないのに」


「だがロングブレードじゃないと使えないんだろう?」


 顔を上げたカティアさんがバッサリと返してくる。

 俺は首を振って否定する。


「いえバスターランサーなら【竜(ドラゴン)突き】を使えるはずです」


「ド、【竜突き】だと!? そんなのがあるのか!」


「あります。ただ【竜斬り】を突きにしただけですけどね」


「いい! それでいい! 頼む教えてくれ!」


 ものすごい食い付きっぷりだ。

 フランベール先生からは精神的に疲れてると聞いてたが、だいぶ回復してるみたいだ。


 ならば俺も俺で気になってたことをお願いしてみよう。


「いいですよ。そのかわりカティアさんも俺のお願い聞いてください」


「な!? きさま! フランベール先生とキスしておきながら今度は私にキスをねだるつもりか!」


「いやいや違いますって! カティアさんいつもポニーテールだから、髪をおろした状態のカティアさんも見てみたいなぁって思っただけですって!」


「そんなもん見てどうする!?」


「ぁ、嫌なら良いですよ~? 【竜突き】の件はなかったことにしますから」


「な、ちょ、待て! えぇい! わかった! それくらいやってやる!」


 やったぜ!

 強引に言ってみて正解だった。

 さすがにカティアさん相手にキスを要求するのは無謀だ。

 フランベール先生のように冗談が通じるならともかく、カティアさんは通じないところがあるからね。

 でもそれこそカティアさんらしくて素敵なんだけどね?


 カティアさんは渋々とポニーテールを作っている黒いリボンをほどいてくれた。

 赤い長髪がハラリと舞い降りて、腰まで垂れた。


「……これでいいか?」


 少し恥ずかしいのか、カティアさんはほんのりと頬を赤くしている。可愛い。

 だが、カティアさん特有の鋭い目付きと深紅の鎧がその垂れた長髪と見事に合わさり──

 

 ──あれ?

 なんか、下手な男よりカッコいい気がするんだが。

 まさに騎士って感じなんだが。


「? ……おい、何とか言ったらどうなんだ?」


 見つめて黙り込んでた俺にカティアさんが痺れを切らして言った。

 俺はハッと我に返り、慌てた。


「あ、す、すみません。なんか、すごくカッコ良かったんで……」


「カッコいい? 私がか?」


「はい。リボンしてる時は綺麗なんですけど、リボン取ったらカッコ良く見えます」


「……そうか」


 正直な感想を言ったらカティアさんは満更でもない表情を浮かべた。

 カッコイイが褒め言葉になる女性もこの世にいるのだなと勉強になった瞬間である。


 カティアさんはそのまま無言でリボンを結び直し、またいつものポニーテールに戻った。


「そのリボンは、やはり妹さんからの物ですか?」


「ん……なぜそう思う?」


「カティアさんオシャレとかあまり気にして無さそうだったのと、リボンするくらい髪が邪魔なら切れば良いのにそれをしない。でも妹さんからのリボンなら無下にはできないから使ってる。そう思いました」


「……ふん、大した洞察力だな。だが、正解だ。私は正直、オシャレになど興味ない。だが妹たちが私に似合うからとこのリボンをプレゼントしてきたのだ」


 やっぱり。


「良い妹さん達ですね」


「ああ、本当に良い子達だ。だからこそ、私は強くならねばならない。お前に負けていてはダメなんだ私は」


「なぜですか?」


「【攻撃魔法】を覚醒させた者は強制的に騎士にされるのは知ってるな? 私だけなら良かったが、妹たちもみな女の身で【攻撃魔法】を覚醒させてしまった者たちなんだ」


「妹さん達、みんな?」


 そんな偶然があるのか?

 姉妹みんな【攻撃魔法】を覚醒させるなんて。


「そうだ。あの子達はもちろん絶望したさ。女は男より強くなれないと知っているからな。……いや、そう刷り込まれていると言った方が正しいか。なんにせよ私はあの子達の希望になりたいんだ。女でも男の騎士に負けない騎士になれるのだと」


 んーカティアさんS級騎士だから、すでに9割の男に勝ってるようなもんなんだけどなぁ。

 トップじゃないと納得できないのかな?

 それともトップが男じゃ納得できないのか。

 なんだろ?

 カティアさんが目指している場所が分からない。


「……あの、カティアさん。男より強くなりたいって言ってますけど、その強くなるために男である俺を頼っていいんですか?」


 おそらくカティアさんが一番突かれたくない部分を俺は突いた。

 少し前に砂を噛むような顔をして【竜斬り】の伝授を願い出てたのはこれが原因だろう。


「……ああ、お前の言うとおりだ。自分の矛盾は理解している。だから考えたさいろいろと。どうすれば早く強くなれるのかとな」


 カティアさんはまた砂を噛むようなあの顔になった。

 やはりそうみたいだ。


「一昨日のS級ドラゴン戦では結局お前頼りだった。これから先、更なる脅威が存在するというなら今のままでは私は戦力にならない。【ドラゴンキラー隊】のお飾りだ。これでは妹たちに希望を見せるどころか、そもそも守ることさえできない」


 たしかに、カティアさんの言うとおりだ。

 あのS級ドラゴンは弱かった。

 発見された4体の中でも最弱な可能性がある。


 そんなやつにあれほど手こずっていたのでは、この先、カティアさんたちは戦力にならないだろう。

 敢えてそれを言わなかったのに、それを自分で認めている点はさすがとしか言いようがない。


「大切なものを守れない騎士なんて、男でも女でも惨めだからな」


 至言である。

 まず守るべきものは女のプライドではなく、大切な妹さんたち。

 それを成すために男である俺に頭を下げて戦闘力を上げようと考えたわけだ。


 やはりカティアさんは素敵な女性だ。

 何が大切かを見失っていない。

 こういう人には男であれ女であれ、しっかり協力してあげたくなる。


「そうですね。わかりました。どのみちカティアさんたちの強化を視野に入れておけと国王さまにも言われてたんです。手加減なしで指導していきますから覚悟してくださいね?」


「了解だ。感謝する隊──」


 ──グゥウウウウ~……

 

 なんつータイミングで鳴ってんだ俺の腹ああああ!?

 は、恥ずかしい!


 ていうかそうだった。

 今日はローエさんのパンの仕入れがなかったから朝食たべてないんだった!


「あははは、えっと、とりあえず朝食を食べてからにしましょうか」


 なんとか俺は笑いながら間を取り繕おうとするが、意外にもカティアさんも笑っていた。


「ふふ、そうだな。私も朝食はまだだから空腹だ。ローエからもらったパンを一緒に食べるか」


 はえ!?


「ローエさんのパン!? なんでカティアさんが!?」


「さっき『隊長と一緒に食べて』って渡されたんだ。見てなかったのか?」


「見てないですよ! え? いつの間に!?」


 ロ、ローエさん、こんな時にまでパンを焼いてくれたの!?

 ああもう、みんな素敵だよ!

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