第77話 リリーベール

「出して! ここから出しなさいよ! なんで私が牢になんか!」


 寒くじめついた地下牢にて、牢の中でも未だ怒鳴るリリーベール。

 彼女の叫びで耳鳴りがするガイスは呆れながら吐息を漏らした。


「君が悪いんだろう。国王さまに歯向かうからそうなる」


「私は間違ったことなんて言ってない!」


「今の場合は……間違えている」


「どこがよ!」


 ガシャンと鉄格子に掴み掛かってリリーベールは声を荒げてきた。


「あんたたち騎士がドラゴンを倒せば済むだけの話でしょう!」


「だから……今はそれができないから国王さまは時間を稼ごうとしている」


「なら全部あんた達のせいじゃないのよ! あんた達が弱いからこんな事になったってことでしょう! なんで私まで巻き込まれなきゃならないのよ!」


 リリーベールの言葉に、ガイスは胸の奥が締め付けられる痛みを覚えた。

 まるで……助けられなかった【アークルム王国】の人々に言われているようで、胸の奥が本当に痛かった。

 

 重くなり、泣きそうになる胸の底を支えながら、ガイスは静かに答えた。


「すまない」


 たった一言。

 絞り出した言葉がそれだった。

 それ以外に言葉が見つからなかった。

 

 ガイスが謝ってくる事は想定外だったのか、リリーベールは怪訝な目でこちらを見てきた。

 その瞳を正視できず、ガイスは視線を逸らす。


「君の言うとおりだ」


「えっ!?」


「我々が弱いから、こんな事態になった。本当に……申し訳ない」


「!?」


 ガイスはリリーベールに頭を下げていた。

 下げようと思っていたわけじゃない。

 けれど、自然と下げていたのだ。


 胸の奥で疼く、この痛みを消したい気持ちがあったのかもしれない。

 リリーベールに謝ったところで、死んだ人間は生き返らないと言うのに。


「ぁ、謝ったって! 今さら謝ったって! 私の家族はみんな死んじゃったのよ!」


「……すまない」


 それでも謝るしかない。

 彼女もまた、身内を失い、その悲しみの捌(は)け口を求めている。

 ならばその原因となった騎士たる自分が受け止める他ない。


 現に彼女は泣いていた。

 気丈なふりをしても、ボロボロな心を保てるほど人間は強くない。

 一人残されたのなら尚更だ。


 ガイスはひたすら深く、頭を下げ続けるしかなかった。


 今までの自分では考えられない【女性に頭を下げる】という行為が、今はおそろしく自然とできてしまっている。


 男尊女卑である【アークルム王国】出身のガイスにはあり得ないことだった。


「普段は守ってやってるような偉そうな顔してるくせに! こんな時になにも役に立たないじゃない! フランだって役に立たないし、どいつもこいつも! どいつもこいつも無能ばっかりよ!!!」


 ありったけの怒りを吐き出したリリーベールは呼吸を乱していた。

 整えようと、下を向いて荒い息を繰り返す。


「……すまない」


「そればっかり! それしか言えないわけ!?」


「それしか言えない。どう言ってほしいんだ?」


「どうって……」


 一瞬の間、リリーベールは考えた。

 そして目付きを鋭くして口を開く。


「返して」


「!」


「私の全部、返して」


「……っ」


「私の住んでた家は半壊したわ。お父様とお母様も死んだ。お兄様たちとお姉さまたちもみんな。残ったのはあの子だけ」


「……」


「返して。全部」


「……」


「そしたら許してあげるわ」


「……それはできない。すまない」


「……」


 自分でもどれだけ無茶を言っているのか。

 その自覚があったらしいリリーベールは、特に反論して来なかった。


 脱力したように、彼女は牢の床に座り込む。


「リリーベール、だったな。君が失ったものを返すことは、俺にはできない」


「わかってるわよそんなこと! 目障りだわ帰って!」


「待ってくれ。我々は必ず強くなる。約束する。だから時間を、時間をくれないか? 強くなる時間を……」


「な、なによそれ……私に洞窟暮らしをしろって言ってるようなものじゃない!」


「その通りだ」


「ふざけないで! 一人になっても私は貴族よ! そんなのプライドが許さないわよ!」


「強くなったら二度と!」


 ガイスは柄にもなく大声を上げた。

 向かいのリリーベールは驚きビクつく。


「二度と君をこんな目に合わせたりはしない! 俺の人生全てを掛けて、君の明日を守ることを誓う!」


「!」


 リリーベールはこれでもかと目を見開いた。

 ガイスは構わず続ける。


「だから今は、耐えてほしい。我々と共に」



 姉のリリーベールが牢屋に入れられた。

 そのことをフランベールが知ったのはローエからによるもの。


 同時にフランベールは【フラム家】の領地に住む領民たちに王国放棄の事情を説明して避難の準備を仰ぐことになった。


 本来なら【フラム家】の生き残りである姉のリリーベールがやるべきことなのだが、当の本人が牢屋に入れられてはフランベールが代わりにやるしかなかった。


「もう! こんな時に問題起こさないでよ……」


 領民への指示を終えたフランベールは大きく溜め息を吐いた。


 時刻はもう日の沈んだ夜中である。

 街中は驚くほどの静けさで、こんな時間に城へ向けて外を歩いているのはフランベールくらいだった。


 もう家で寝てしまいたかったが、どうしてもリリーベールが心配だったのだ。

 反省しただろうし、連れて帰ろうと思っている。

 まだ反省してなかったら面倒だけど説得するしかない。


 何より最近の夜は寒い。

 地下牢など、野菜の保存が効きそうなほど肌寒いのではないだろうか?


 そう考えると、やはり姉が凍えてないか心配だった。

 説得に失敗したときのために毛布も持ってきている。

 せめて寒さを凌げる物を渡したい。


 思い至ったフランベールは歩みを速めた。


 ここだけの話……【フラム家】で生き残ったのがリリーベールで良かったと、フランベールは思っていた。



『フラン! ここを開けなさいよ! 開けないとお父様を呼ぶわよ!』


『やっと開けたわね! 遅いのよ! はいこれ。この毛布あんたにあげるわ。この模様とか気に入らないから私いらない』


『あんたこれ食べなさい。私これ嫌いだから』


『何がありがとうなのよ! 別にあんたのためじゃないんだからね!』


『ちょっと触んないで! 異端が伝染るでしょう! あ、な、なに泣いてんのよ! 本気で言ってるわけないでしょ!』


 口は悪いけど、誰よりもフランベールを気に掛けてくれていた。

 

 リリーベールがいなかったら、自分はもっと荒んでいたかもしれない。



「姉さん!」


 地下牢に着いたフランベールは、牢屋の中でうずくまるリリーベールを呼んだ。


 やはりここは寒く、リリーベールは震えていた。


「フラン? ……なによ。私を笑いに来たの?」


 あ、思ったより元気そうだった。

 ホッとしながらフランベールは、番人に貰った鍵で牢屋を開けて中に入った。


「違うよ。家に帰ろう? 今日で最後なんだから」


 言いながらフランベールはリリーベールにそっと毛布を掛けてあげた。


「……ありがとう」


「!?」


 フランベールは驚愕した。

 あのいい歳して素直じゃない姉が、素直に御礼を言ったのだから。

 

 国王さまに怒鳴られて少しは大人になったのかな?


「今日で最後か……本当にもう、国を捨てるのね……あの国王は」


「……うん。ごめんね姉さん。わたし達が頼りないばっかりに」


「あぁもう言いわよその話は。耳がおかしくなりそうだわ」


 溜め息混じりにそう言うと、リリーベールはゆっくりと立ち上がってきた。

 ずっと座っていたせいか、立ち上がった瞬間フラついた。

 慌ててフランベールはリリーベールを支える。


「姉さん大丈夫?」


「……ありがとう。大丈夫よ」


 また、素直に御礼を言ってきた。

 どうしたんだろう本当に。


 わたしが身体に触ったのに、いつもの『異端が伝染るでしょう!』って言ってこなかった。


「……ねぇフラン」


「ん?」


「ガイスって男を知ってる? この国の鎧じゃなかったから、たぶん他所の国の人みたいだったけど」


「ああ、ガイス隊長さんのこと? あの人は【アークルム王国】のS級騎士さんだよ」


「ふーん……」


「ガイス隊長さんがどうかしたの?」


「べつに」


 姉は素っ気なく返してきた。

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