第312話 力の使い方

「ふむ。戻ったようだね」

「帰って来たか。良かった」

「おかえりなさい、みんな」


 帰還を果たすと開拓村では、ロナとルーファス、シェリーやリチャードがクレア達を迎えた。


「しかも誰一人欠けることなく、だな。真に喜ばしい」


 視察にやってきていたリチャードも、一同の顔触れを見て満足そうに笑みを見せる。

 リチャードは巨人族や他種族、他民族の様子を見に開拓村にやってきていた。


 生活様式が違えば、実際に暮らしてみて不便や不足を感じることもある。リチャードとしても、これから手を結んで連携していく者達であると言うことを考えると、直接顔を合わせて縁を繋ぎ、交流を深めておきたかったというのがあった。


「一先ず……囚われていた方々も、無事に連れて帰ってくることができました。一部の方々は……糸繭に包んでという感じにはなりましたが」


 少女人形と共に一礼してクレアが報告する。

リチャードは顎に手をやって、エルムの蔦人形が担いできた繭の数々に目をやるも、続いてクレアの顔色に目をやると静かに頷いた。


「ふむ……。顔色があまり良くありませんな。まずはゆっくり休まれては」

「ありがとうございます。ですが、最低限のところはお伝えしておこうかと。糸繭に包まれている方々に関しては……特殊な魔法が掛かっているために、外に出したり外部から魔法的な処置を施したりせずにおいて欲しいのです。目覚めてくるのを待つだけで大丈夫、と言いますか」

「その人達は……怪我をしているわけでは――なさそうね」


 シェリーが繭に手を翳し、感知しながら言う。


「詳しいことは私から報告するわ。糸繭の魔法については……正確なところが伝えられるか分からないから、後で改めて、になってしまうかも知れないけれど」


 ディアナが言うと、リチャードは静かに頷く。


「私も今日は村に滞在する予定ですからな。報告や相談事などは調子が戻ってからでも問題はないでしょう。救出された方々も見れば疲れている様子。一先ずは集会所や天幕などで休まれるのがよろしいかと」

「私は――」

「緊急を要するような方もいないようですし、治療等は私達の方で行えば人手も足りるでしょう。友人に付き添われては如何ですかな」


 シェリーは救出された人員に目を向けたが、一先ずは大丈夫そうと判断したリチャードがそう申し出る。シェリーの固有魔法はできるだけ秘匿されていなければならないということもあり、シェリーは救出された者達の顔を一通り見回した後、納得して頷く。繭の数々も、クレアの家の中に運び込むと言うことで話がまとまった。


 責任者の男も一先ずリチャードの部下達が監視を請け負うと応じる。


「では――明日までには体調を戻しておきます」


 グライフやセレーナは、今回自分達はそこまで激しい戦闘には参加していないからと、経緯の説明に向かうことにしたようだ。


「私の魔法なら回復も早まると思うわ」

「では、お願いしてもいいですか?」


 その際、シェリーがクレアに申し出るとクレアも頷く。

 報告に向かおうとするグライフとセレーナに、シェリーがクレアの背を見ながら声を掛けてくる。


「クレア……少し沈んでいる?」

「そう、だな。研究施設が気分の良いものではなかった。間に合った者達は助けられるだけ助けたが……」

「そういうことね……」


 シェリーは察するものがあったのか。目を閉じて眉根を寄せる。そもそも居合わせることができなかったというのは、もうどうしようもない。

そんなシェリーにセレーナが言う。


「はい……。私達も後から向かいますが、少しだけクレア様のことをお願いしても?」

「ええ。友人として任されたわ」


 シェリーは胸に手を当ててグライフ達を真っ直ぐに見て応じてから家の中に向かう。

 実際クレアは気を張っていたが大分疲れていたようで、リビングの椅子に腰かけると少し安堵したように息を吐く。エルムが蔦人形で糸繭を一つ一つ丁寧に安置していく。


 そこにシェリーも入ってきて、クレアに固有魔法を用いるために隣に腰かけ、その手を取って早速固有魔法を用いていく。活性化の術だ。


「ありがとうございます。温かくて、心地が良いです」

「それは良かったわ。作戦は……上手くいったのよね?」

「研究施設に突入時点で生きていてくれた人達は助けられた、と思います。後は、糸繭の中で眠っている方々が目を覚ましてくれたらと」

「そう……」


 シェリーはクレアに魔法を用いながら目を閉じる。


 研究施設だと言った。

 帝国のすることだ。それだけ過酷で、残酷なものを見てきたのだろうと、シェリーは思う。

 その上でクレアを見る。固有魔法の応用探知で感知できる部分でもクレアが疲れてはいるのは間違いないが、表情や佇まいは一見普段と変わらないのがクレアだ。


 それでもシェリーにはその機微のようなものが分かる気がした。二人も付き合いが長くなってくると表情に出なくても何となくわかると言っていたが、それがシェリーにも分かるようになってきた。グライフやセレーナが心配していたように、少し落ち込んでいるのだろうと感じる。


「……ねえ、クレア。私は、こんな立場で、こんな固有魔法を持っているから思うことがあるの」


 シェリーの言葉に、クレアはその横顔に視線を向ける。


「人を癒せる力だとか、助けられる力があって……それに王族でもある。だとしても私達は、神様じゃなくてただの人だわ。沢山の人に支えられたことへの務めは返すつもりでいるけれど、手の届く範囲、出来ることには、どうしたって限りがある」

「そう……ですね」

「けれど、あなたは、あれだけの人達をみんなと一緒に助けられた。正しい事をして、無事にみんなと帰って来た。そんなあなた達だからこそ、私はそんな人達に沈んでいて欲しくはないわ」

「沈んでいるように、見えましたか」


 クレアは少し苦笑するように言った。あまり表情は変わらないが、何となくそれもシェリーに伝わる。


「少し、ね。だから……辛いこと、吐き出したいことがあったら、私も話を聞くわ」

「そう、ですね。ありがとうございます。確かに、間に合わなかった人もいたとか、もっと早く何とかして上げたかったとか……そういうことをどうしても考えてしまうんです」


 クレアはそう言ってから遠くを見るような目になる。


「でも……そうですね。今のお話を聞いて、少し反省しました」

「反省?」

「はい。私は今回、新しい固有魔法の使い方が出来て……。けれど、あまり多くを望み過ぎるのは、良くないなと……そう思いました」


 クレアはシェリーに視線を送り、表情に出して小さく笑う。


「そう……それを使って何とか出来ることがあるから無理をしすぎてしまうというのも、そうなんですが……。私達は神様ではないから身の丈以上のことを望むのは、きっといいことにはならないのだと……そう思います。多分、多くのことを望み過ぎるから帝国はあんな風で――」


 それは恐らく、大樹海にかつてあった古代文明もそんな風にして滅んだのではないかと。クレアはそう思う。

 運命操作の寓意魔法をクレアは多分、自由にいつでも使えるというわけではないと感じている。それでも必要に駆られたら使おうと思うのだろう。現時点では自由に行使できないというだけで、今後どうなるのかもわからないのだし。


 だからこそ、弁えておくことは必要だ。神になぞらえた寓意魔法ではあっても、自分は神ではなく、人の身なのだから。


「だから……もっと色んなことができるはずだなんて、気負ったりするのは、多分良くないですね。傲慢です」

「そう……そうかも知れないわね」


 シェリーもクレアの言葉に思うところがあるのか、目を閉じる。


「ありがとうございます。そう考えたら、少し吹っ切れて気も楽になりました」

「ふふ。役に立てたのなら嬉しいわね。持って行こうとした話の流れとは違ったけれど、力の使い方って……難しいものね」

「はい」


 クレアは頷く。


「ふむ。あたしらから言うことは、大してないようではあるかね」


 と、そこにロナやルーファス、シルヴィア達がやってくる。茶を入れたり風呂の用意をしたりと、疲れているクレアがすぐに休めるようにとシェリーの治療中に進めていた形だ。ロナはクレアがシェリーに向けている表情を見て、そんな風に言った


「改めて……周囲の人に、恵まれているな、と思います。セレーナさんやグライフさんも、助けてくれますし……お父さん達も、見守ってくれていますから」


 クレアの言葉に、ルーファスやシルヴィア、ディアナも目を細めて頷くのであった。

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