第297話 クラインヴェール
クラインヴェールは夜間から遠目に見てもすぐに見て取れた。
――不夜城。クレアが見て思った事はそれだ。魔法の明かりと思われる光――街灯。それらに照らされる城と街は夜闇の中に浮かび上がるようだった。
「随分と明るいな……。夜陰に乗じて、というのは難しいのだろうな」
それを見たグライフは眉根を寄せた。
「夜の明るさは、私が前に見た時もそうでした。ただ――ここまで明るく照らされていたかというと……」
ドローレスが首を横に振る。
「明るさは警戒度の高さ故、ですか。人質を連れてきているなら警戒するというのも分かりますが――」
クレアは改めてクラインヴェール城を見る。サーチライト。脳裏に浮かんだ単語はそれだった。前世の記憶に酷似した直線的な光が、夜の闇を切り裂くように動く。空からの侵入を警戒しているのか。
目立つように光を灯しながら哨戒飛行をしている竜騎兵もいる。敵味方の識別のために光を灯しているのだろう。警戒しているのだと、あからさまに伝えるのは侵入を防止するためでもある。
躊躇わせる効果もあるのだろうが――クレア達の場合はそれでも侵入するという強い目的意識に裏打ちされている。この場合は単純に注意すべき点と妨害する人員が多いというだけではある。
「明るいことと、人員の多さはこの際仕方がないのですが……」
そこはそこまでの問題ではない。結局クレアの隠蔽や人払いを看破できる人材がいるのかどうか、という点に集約されて、人数が多くても発見には結びつかない。
「問題は、魔法的な備えの方ですね」
「つまりは――罠ですわね」
確認するような口調のセレーナに、クレアが頷く。
魔法的な罠。自動的な装置。そういった類の方がクレアにとっては問題だ。特に、トラヴィスは高い魔法技術を持っているのが分かっているのだから、その類の仕掛けは用意されているはずだ。
だが、セレーナがいるならばそうした備えも看破できる。ウィリアムがいるのなら、魔法的な装置の内部に異物を叩き込んで問答無用に機能停止させることもできるだろう。
物理的な罠や仕掛けてきそうな場所に関してはグライフが予測を立てられる。
「皆さんのことは頼りにしています」
クレアはそう言いつつも、まずはクラインヴェールとその周辺を空高くから遠巻きに観察していく。
城ではなく、街中や都市周辺に重要施設があるのならば、必ずそこに魔力反応がある。隠蔽結界や人払いで隠されているものであっても、セレーナならば捉えられる。
ゆっくりと都市外周を回るようにして、クラインヴェールを観察していく。クレア達は目に見えるものを。セレーナは目に見えないものを。
都市内部だけではなく、その周辺にも目を向けていく。近郊におかしな魔力反応はないか。警備の偏りは? 街道や枝分かれした道の先に何が見えるか。
そういった諸々を一つ一つ確かめていった。
その中で――セレーナは不自然な場所をいち早く見つける。
「あの建物――おかしいですわ」
「……確かに。隠蔽に加えて人払いの結界まで張られていますね。あんな異様な建物が一目で印象に残らないというのは」
城ではない。街中だ。人払いと隠蔽の結界。高い塀。その周囲を巡回する警備。哨戒する竜騎兵達の周回ルート。
それら諸々を総合してクレア達が出した結論は、この街の肝とも呼べる施設は城ではない、というものであった。
城と、練兵場の近くという立地。警備が厚いのは理解できるが、それでもだ。異様なのは、周囲を壁で囲まれていて、一見すると出入口がない、ということだ。それを結界で隠している。注意を払えずに見過ごしていれば、単なる街の一風景でしかないのだから。
セレーナ以外で違和感を覚えられるとすれば探知魔法に引っ掛けることだろうが、逆探知の可能性を考えてクレアは街中への探知魔法の行使はしていない。セレーナの目を信じて任せる形だ。
そのセレーナの目から見れば――高度な結界が街中に鎮座しているのは逆に不自然に映る。
「決まりですね。あの施設を探っていきましょう」
「そうですわね。しかし、外から侵入するには結界が上まで覆っていますわ」
「話に聞く限り、その結界の強度では俺の固有魔法では突破できない可能性がある。強行突破の検知も考えられるから、使うのなら他に手がない時の最後の手段、と言うことになるだろうな」
ウィリアムが言う。
「相手はウィリアムさんの固有魔法を知っているわけですし……おいそれとは使えませんね」
下手をするとそれだけでウィリアムの生存が露見する。それは現在の帝国に対する優位性を損なうばかりか、ウィリアムとイライザの身を危険に晒すことに繋がってしまう。可能な限り避けなければならない。
「地上からも空中からも出入りする手段がない――となれば、出入口は地下かな」
「城に通路があるか――それとも街中や郊外にそういう施設があるか……いえ、利便性を考えればやはり城かしらね」
ニコラスが言うとルシアもそう応じた。外から見たところ、施設はそれなりに大きい。人員や機材、物資の搬入を考えれば他の場所に出入口を作るとは考えにくい。
別の棟に分けるのは――人目につけたくないから? 或いは危険な魔法装置などを城には置きたくなかったか。限られた人員だけが出入りできる施設にしたかったか。様々な可能性がルシアの思考を過ぎる。
いずれにせよ城より後に作られた施設だ。この規模の施設を城の地下に作るというのは強度的な不安があるが、外部の後付けならば拡張の余地も大きい。
「城に侵入して出入口を探す形だな」
「ヴェルガ監獄島よりはやりやすい……でしょうか」
人が出入りする以上は完全に結界の穴を塞ぐことはできない。完全に塞がれているとしたら、それはもう封印されている、と呼ぶべきだ。だから、どこかに出入口は必ずある。城に潜入し、構造を探って通路を見つけ出す。とはいえ、その通路とて搬入を考えればそう不便にはしない。
見つけ出すことはできるだろうから、後は警備と罠をどう掻い潜るか、という話になってくるだろう。
まずは都市部への侵入。これは都市外壁の窓か、正門を通ればいい。ただ――正門は既に陽が落ちて閉ざされている。
「陽が昇って門が開くまで待ちましょう。都市外壁も罠があるかも知れませんし、リスクはここで取る必要がありません」
「馬車に張り付く形か」
「そうですね。今回は帝国軍の行き来に紛れますか」
「また、大胆だな」
グライフが苦笑する。城に向かうという目的を考えればその方が合理的と言えるだろう。中まで潜り込んでしまえばそこからは糸とセレーナの目による探索という形になる。
そうしてクレアは探知魔法の網がかからない場所を選んで糸繭を地上に降ろす。そのまま街道沿いの地面と質感を合わせ、同化するように陣取った。糸を離れたところから伸ばし、都市に向かうであろう馬車等を待つ形だ。
轍も新しいものが多く、往来が多いことを示している。帝国軍関係の馬車が通らずとも、都市内部に侵入することは可能だろうと思われた。
そのまま、朝が来るまで待つ。糸繭の中は温度や湿度も調整されているのか、居心地がよくて快適だ。流石に火は使えないので携帯食ではあるが、クレア達は談笑したり、これからの方針や作戦を確認しあったりしながらも時間を過ごしていくのであった。
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