第159話 一帯の主として
身体の中心に大穴を穿たれた吸血樹の根が狂ったように振り回される。だが――それはもう統制されたものではなかった。植物系の魔物としての生命力の高さを示すものではあるが、断末魔の悲鳴のようなものだ。
やがてそれらも力を失って根がだらんと脱力し、浮力も失われる。縛っていた糸の拘束を緩めると吸血樹は地面に落ちた。
魔力反応から偽装や隠蔽の有無などを慎重に探知魔法で調べ、糸で直接触れて吸血樹が完全に動かなくなっているのを確認してからクレアは小さく息をついた。
周囲に魔物の反応はない。すっかり遠ざかって遠巻きに様子を窺っているという様子だ。
クレア自身の魔力は相変わらず偽装も隠蔽もせずに放っているが、存在をあからさまに知らしめて大樹海の魔物が寄ってこないというのは、逃げ出した魔物達の様子や吸血樹との戦闘で感じた魔力から自分達が叶う相手ではないと判断しているという事だった。
クレアはその反応に頷くと、目印の石を埋めてある場所まで移動し、そこに自身の指を軽く切って血を垂らして術を用いる。
小さな光の輪が血を垂らしたところを基点に広がっていく。
「これで制圧完了ですかね」
一帯の主であると魔法的に刻んだ形だ。時間が経って庵の周りに魔物が戻って来たとしても再度制圧をする必要がなくなる。
クレアは指の傷を塞ぐと、青い光の球を空中に打ち上げる。成功して終わったという合図であった。
ロナ達も合図を確認するとクレアの方へ移動してくる。
「終わりました」
「――のようだね。制圧に関しては確かに見届けさせてもらった」
皆が姿を見せた所でクレアが報告すると、ロナは周囲に視線を巡らせてから満足そうに頷く。つぶさに見ていかずともそう言えるというのは、探知魔法で状況は把握しているということだ。
「怪我はしていないだろうか?」
「御覧の通り大丈夫ですよ」
グライフが尋ねると少女人形が力こぶを作るような仕草を見せて応じた。その反応にグライフは少し笑う。
「無事で良かったですわ」
「ええ。安心したわ」
セレーナとディアナも安堵から微笑み、従魔達もクレアの無事を喜ぶように周囲に集まっていた。孤狼と白狼も制圧したことを喜んでいる節がある。クレアに対して恩があるということもあり、制圧が上手くいったことを祝福しているのだろう。
「差し当たっては、倒した魔物の回収ですかね。これはこれで大変そうではありますが」
「中々の変わり種がいたようだね。そっちも面白いが――あたしにはそれを倒すために使った手札の方が気になるところだね」
「踊りで内部機構を動かすことで小さな雷を起こし、寓意魔法の意匠を込めた魔法心臓と組み合わせて蓄積することで、発動させる雷撃の威力を底上げしています」
踊り子人形に目を向けるロナに、クレアが答えた。
試験本番の提出物に近い部分もあって、ロナにはまだ踊り子の性能を明かしていなかったクレアであった。ロナは決め手となった雷撃については通常とは異なる魔力の動きをしっかりと探知していたようだ。
「ふむ。寓意には何を?」
「天空の王です。雷を受けて力を得るということで、今回組み込む寓意の対象としては便利でした。広く知られていますし、一部では畏敬の念から崇拝に近いことになっている……と王立図書館の書籍では書かれていましたから」
「なるほど。あれも空に雷雲が来ると自分から飛び込んで行ってるからねえ……」
天空の王は雷を浴びて吸収しているのか、そうすることで魔力を活性化させているのが見受けられる。
そんな存在が身近にいるということもあって、天空の王の特性的にも踊り子の寓意魔法のモチーフとしてはうってつけではあった。
「ただ、魔力は蓄えられても長時間雷の魔力として維持できないというのはあります。事前に貯めておいていつか来る戦いに備えるという事はできません。戦いながら力を高めるというのはできますが」
解説をしながら連接剣を軽く分離させ、振り回しながら踊らせる。
軽快な動きができるので戦いと踊りを並行してできるというのはある。幻惑的な踊り自体がそのまま攻撃や回避に直結している体術となっているからだ。
袖の薄布も飾りではなく、実はクレアの糸で形成されている。そこから電撃を浴びせたり拘束したりと、連接剣を伸ばしている際に間合いを詰められたとしても変則的な対応ができる。
踊りと共に魔力が増していくこと。剣の分離変形、袖布からの牽制といった部分を確認して、ロナはにやっと笑う。
「よくできているじゃないか。作ったものもそうだが、単身で倒した魔物の質、量としても、身を護る実力って点で言うなら独り立ちに足る、一人前の魔女として認めるには十分さね」
「ありがとうございます。ここからは庵作りですが――気を抜かずに、頑張ります」
クレアは姿勢を正して答える。ロナが言っているのはあくまで身を護る実力という部分に限定した話だ。独り立ちのためにするべきことはまだ終わっていない。
ロナは助言にはならないようにクレアの言葉に頷くと、倒された吸血樹のところへと向かう。
「ふうむ。頭の上から偽装用の樹が生えていて、塊根が本体か」
「根の部分から吸血をしていたようです。蓄えたそれを攻撃と防御、再生にも使っていたようですね」
「地面に潜んで隠れ、獲物を捕まえて引きずり込む。それから吸血して永らえてきた……ってとこかね」
クレアは頷いた。庵を作る中心点からはやや離れたところに潜んでいた吸血樹ではあったが、間違いなく一帯を支配する魔物であったろう。他にめぼしい魔物がいなかったことも、そうした魔物がテリトリーに入ってきたら吸血樹が捕食していたことが窺える。
吸血樹自体も珍しいものであるため、そこから得られる素材等も気になるところではあるだろうが――それよりもクレアには気になっている事がある。行方不明になった者は恐らく、吸血樹の潜んでいた近辺から見つかるのではないだろうか。庵だけでなくその周辺の土地の地下部分も糸で調べてギルドに遺品を持ち帰ろうと、クレアは思う。
「さて。少しする事も増えてしまいましたし、一休みしたら魔物の回収と結界を張るところまでは進めてしまいたいと思います」
そう言ってクレアの内心での気合を示すように少女人形が腕まくりをするような仕草を見せるのであった。
クレアは魔力がある程度回復したところで、魔物の回収と共に必要な分の木々を糸で操って退けるという作業を始めた。
庵作りは開拓村のそれとは違ってクレアの独り立ちにおいて課せられた試験だ。エルムも含め、他者の力を借りずに進める必要がある。
「とりあえず、庵として使う土地はこのぐらいですかね」
拓いた土地の広さとしては大体ロナの庵全体と同じぐらいだ。
人が数人住んで魔女としても不便がないという点から、同じぐらいの土地を確保しておけば問題ないだろうという判断である。ディアナから習った術も使い、井戸の位置を見定めた上で地面を掘り、それによって出た土を樹が抜けた場所の穴埋めに使う。そうして平に均したところで魔物避けや認識阻害、防御の結界等を張っていった。
「何と言いますか……雰囲気が――いえ。周辺の魔力が変わりましたわ」
セレーナが周囲を見回して言う。
結界まで展開すると、大樹海であったはずのその場所が変わる。木々が無くなって陽が差し込むようになったとか、それだけの話ではない。もっと根本的なところでの話だ。
ロナの庵にも近いが、またそれとも違う。クレアの偽装を解いた時の魔力に近い。
「領域主が土地に与えてる影響と同じさね。まあ……魔女のそれを魔法的に刻んだとしてもあの連中のように大規模な影響を与えるほどの違いは出ないが」
セレーナの疑問にロナが答える。土地の魔力の変化に一同は納得しつつも、クレアの作る庵がどうなるのかに想いを巡らせるのであった。
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