第158話 吸血舞踏

 糸が接続されている木々の内、所々を操作してたわませ、先程のようなカウンターを繰り出す構えを見せるというものだ。


 露骨な動きではあるが警戒させるには十分なのか、後方に弾かれた吸血樹は先程のように真っ向からは突っ込んでこない。浮遊しながらも一定の距離を取り、クレアを中心にゆっくりと円を描くように動きながら魔力を高めている。


 クレアを睨みつけたままで。それの外皮に変化が起きる。表面に血が滲むようにして、さながら、赤黒い鎧を纏うような硬化を見せた。

 硬く厚い外皮に覆われた吸血樹にとっては斬撃や刺突よりも衝撃の方が大きなダメージになるという事だろう。


 移動している間に撓んでいる木の位置や、それがクレアの糸によるものだと把握もしたのだろう。根を振り回しながら突っ込んでくる。木を叩きつけられようが障害物があろうが糸が張られていようが、諸共に斬り飛ばそうという構え。


「さあ、行きましょう」


 クレアは進行方向にあった木をぶつけながら後ろに跳び、鞄の中から人形を新たに一体出現させる。


 ――王都でシェリーにも披露した踊り子人形だ。

 但し装束は踊る際に見栄えを意識したドレスではなく戦闘用の装束だ。

 ベリーダンサーのそれに似ているだろうか。袖にはヒラヒラとした薄手の布が付いていて、手にも長剣が握られている。


 踊り子はクレアの糸を足場に爪先で立つと、クレアから反対方向に横っ飛びに跳んだ。同時に楽団が再び音楽を奏でだす。離れた所に着地。合わせるように踊り子は糸の上で舞いを踊り出す。

 吸血樹は一旦そちらに視線を送るが、近接武器を持っていて射程が短い事、生物ではない事を察したのか、クレア本体を追う事を選択した。つまり踊り子との位置関係は探知魔法で探ってはいたが、視界には捉えていなかった。その選択はある意味正しい。何かを操るものがいるのなら、本体を倒してしまえばそれで終わるのだから。


 しかし。


 衝撃は踊り子の踊っている方向――横合いから来た。


 斬撃と、遅れてやってくる小規模な爆発。何が起こったのか。視線を一瞬そちらに向けるも、踊り子は一定の距離を取ったままで間合いを詰めず、糸の上でくるくると踊っている。


 食らった攻撃の種類は斬撃。だというのに、斬られた場所の周辺に浅いが内側から爆発したようだ。硬化血の鎧が弾けていた。


 何を食らったのか。理解が及ばない。外皮やその内側まで攻撃は通っていないが、斬撃そのものが硬化血を切り裂いているのは拙い。


 加えて言うのならば。音楽の演奏に合わせて踊るその人形が宿す魔力は少しずつ増幅されている。楽団との親和性が高い故か。

 踊り子の攻撃は――吸血樹の命に届く可能性がある。それもそうだろう。踊り子の握る剣は竜素材から作られている。増幅された魔力を乗せて放たれる斬撃は、爆発を抜きにしても硬化血も外皮も切り裂く威力を秘めている。


 吸血樹の取った選択はそう理解した上でクレアを追う、だ。

 本体を倒せば終わる事に変わりはない。踊り子から倒そうとしても消耗するだけだし、何より何をしてくるかわからない本体を放置できない。


 だから探知魔法の精度を上げることで、視界外の踊り子の動きにも注意を払う。クレアと踊り子は吸血樹を挟むようにして一定の距離を付かず離れず戦う。クレアは引きながら。踊り子は踊りつつ追いながら。


 クレアが糸矢を放つと同時に背後の人形も動いた。踊る動きに合わせて高速で飛来する何かの攻撃。それを――根を払うように迎え撃ちに行く。激突音と炸裂音。同時に互いの攻撃が弾かれる。


 伸縮していた。踊り子の握る剣は普通のそれではない。鏃のような形の部品が連なり、部品の間をクレアの糸によって繋げられ、必要に応じて分離、合体するような構造をしている。


 連接剣、鞭剣、蛇腹剣等と呼称されることのある、魔法無しではありえない特異な武器だ。

 接合しているのがクレアの糸である以上、刃筋を立てるために微調整もできる。だから、斬撃としての威力が確保できる距離がそのまま射程距離となる。


 吸血樹の根と激突して弾かれた連接剣は高速で巻き取られ、瞬き一つの間に踊り子人形の手元でまた剣の形に戻っていた。踊る。踊る。人形は攻撃を防がれても関係なく踊り続けて、その動きに乗せる。或いは紛らわせるように伸縮する斬撃が飛来する。


 断続的な衝撃と爆発。斬撃と激突した根の方にその痕跡も刻まれていた。硬化血を切り裂く威力であるというのは間違いない。


 では――硬化血の層が内側から爆発している理由は?


 吸血樹にはまだ答えに至っていない。硬化血自体は吸血樹ではないから、破壊痕だけでは、どんな攻撃なのかは推測しかできない。

 斬撃に何かの魔法を乗せているというところまでは理解できるが、発動が瞬間的でその正体が不明だ。魔法の正体がわからないから対策にまで至らない。


 クレアに向かって突き進みながらも、目を狙って飛んでくる糸矢を弾き、後方から断続的に浴びせられる斬撃と切り結び、硬化血の弾丸をばら撒く。回避できない弾丸は手にしている糸弓が光の鞭に変化して打ち落とす。


 クレアも踊り子人形も、根の間合いぎりぎりを保つように戦っている。巨体による突撃を食らわぬよう。逆に隙を晒せばいつでも踏み込めるように。


 それを吸血樹も理解しているから、攻撃の密度も相当なものだ。高速で繰り出される根の斬撃圏。雨あられとばら撒かれる血弾。それに続く諸共に押し潰すような突進。さながら荒れ狂う嵐のような波状攻撃。


 吸血樹はクレアと踊り子人形の攻撃を根で防ぎながら、転がっている魔物の死体を別の根で巻き取って、そこから素早く吸血すると投げ捨てる。

 魔力と硬化血の素材を回復させて更に速度を上げ、張り巡らされた糸を巨体で引き千切りながらクレアとの間合いを詰める。


 魔力が集中していない糸はあっさり切れる。但し、切ったところで枝分かれしている糸同士ですぐに接合されるので意味はないが。


 斬撃と炸裂で破壊された部位に、新たな血が補充されて内側から血が滲んでボコボコと沸き立つ。そこを狙うように踊り子の斬撃が飛来した。これまで見せていない、最短距離を最速で貫く刺突だ。

 切っ先が硬化しきっていない血の層を突き抜け、その外皮まで届いたその瞬間。


 衝撃と共に吸血樹は自分がどんな攻撃を受けていたのかを理解する。

 地下に潜んでいて地上に出ている部分も小さい樹であったために無縁だったものだ。雷が落ちて木が爆ぜるのと同じ。


 雷撃が叩き込まれたのだ。人に向けるような、制圧を目的としたものではない。明確な殺傷力を持たせた凶悪な雷撃。


 内側から炸裂していたのは、雷撃によって硬化血の中から排除し切れなかった水分が沸騰、膨張して炸裂していたからだ。

 踊り子には導線を巻いたコイル――発電機と、作り出した電気を魔力として貯め込む墓守の核を応用した魔法心臓が内蔵されている。自律活動を行うためのものではなく、雷属性の魔力を大量に溜めこむためのもの。


 踊らせる事で歯車が連動し発電。電気を浴びた魔法炉はそれを寓意として雷属性の魔力を続ける。踊り子の魔法心臓にはそういう、雷を通して奇跡や加護を起こした神話や伝承の意匠が施されている。


 雷撃を叩き込まれた吸血樹は外皮が爆ぜる程度では済まない。その内部までダメージを受けていた。それでも植物系の魔物故か、生命力は高い。今ある血液で自身を再生させ、それ以上電撃を流し続けられないように剣の切っ先が刺さっている根を他の根で切断。身体の自由を取り戻す。


「ギギイイィイィアァッ!」


 甲高い声を上げてクレアに向かって突っ込もうとするが、その動きが止まる。踊り子人形の妨害ではない。溜め込んだ雷を放出した踊り子には同程度の攻撃をするまでにはまだ間がある。


 それは――最初に外皮に向かって撃ち込まれた糸矢だった。千切れていない。極限まで細くされて視認も感知もしにくくされているが、最初から刺さったままになっていた。


 どこまでもどこまでも伸びて、必要な時が来たから刺さったままの糸が強靭なものに変化を起こして動きを阻害している。


 踊り子人形は踊る事でクレア本人の魔力を消耗せずに術の威力を上げられる。では、高めていたクレア自身の魔力は一体どこに注ぎ込まれるのか。


 正面。クレアの目の前にいつの間にか狩人人形が現れていた。


「終わりです」


 静かな声と共に。狩人人形の弓から光り輝く極大の矢が放たれる。その威力は、クレア自身が放つ糸矢とは比較にならない。


 迫る糸矢に吸血樹は悲鳴に似た声を響かせながら眼前に根を交差させ、硬化血の盾を作り出してそれを受けようとする。

 だが――再生に使ってしまった以上は補充しなければ、狩人の魔弾を防ぐには血が足りない。


 防ごうとしたそれら全てをものともせずに、吸血樹の目から背中側へと極大の光の矢が突き抜けた。

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