第160話 魔女の師弟
孤狼と白狼は見るものは見届けたということなのか。クレアに一礼するとその場を後にしようとする。
「また遊びに来て下さいね。庵の方なら騒ぎにもならないと思いますし」
クレアがそんな風に声をかけると、孤狼は首を巡らせてクレアを見てにやっとした笑みを見せ、白狼も頷くような仕草をする。それから揃って走り去っていったのであった。
一晩、開拓村に戻って休んで――吸血樹の犠牲者と遺品を回収してからクレアの庵作りも本格的に始まった。
きちんとした魔女の庵ということで一先ずの結界ではなく、もっとしっかりと結界を強化しておく必要がある。
そういう理由もあってクレアは土地の整備をした後で念入りに結界の強化をする事から始めた。ロナが庵周囲の土地を柵で囲っているのも土地の境界線を明確にするためだ。
そうすることで結界は強固なものになるし、周囲との違いを積んでいった結果として土地の主の特性と合わせることで、ロナの庵の中は大樹海の中とは思えないような光景になっているわけである。
そうやって外との違いを増やすことで二重、三重に結界が強固なものになっていく、というわけだ。魔法的にではなく、環境的に整える事で補強をするというわけである。
土地で得られた木々を術で加工し、木材にして柵を構築していく。これも土地の主であると示す手段となる。
エルムの力は借りられないが、余人の目はないので固有魔法も万全に使える。
木々の加工、土の掘削、石の除去にしても糸魔法によって切る、操る、動かすといった事が自在にできるのでクレア1人での作業とは思えない程の急ピッチで進んでいく。
作業風景を言うのであれば、土地の真ん中にクレアが立って全方位に糸を伸ばし、離れた位置から各種作業が進んでいるという具合だ。加工した木材を糸が持ち上げ、外縁部に突き刺して柵の形に組み上げ、別の場所では畑を作る過程で出た石を井戸や道の石畳として使う為に糸で切って加工し、積み上げていく。
並行して土で竈を作り、火を起こし、煉瓦も作り始める。
「何と言うか、凄い光景だな……」
「あたしの時はゴーレムを組んでの並行作業だったかねぇ」
そんなクレアの作業風景に離れたところで見ていたグライフが感想を漏らすと、ロナもそう答えた。ロナはどこか楽しそうで、昔を懐かしんでいる雰囲気も見られる。
「その光景も賑やかそうで見てみたかったですわね」
セレーナがロナの庵作りの光景を想像したのか、微笑んで言う。
ともあれ、家屋だけでなく井戸、道、畑等を諸々整備して、外界との違いが明確になるにつれ結界も強固なものになっていった。
家屋部分も段々と形になっていく。ロナの庵に比べると少し家屋部分が大きい。人をある程度招くのを最初から想定しているからだろう。
大きな家ではあるが、立派だとか趣があるというよりは森の中の魔女の家というロケーションもあって、幻想的だとか物語の中から抜け出してきたような、という印象になる。屋根の端や、その下の
構造は家屋部分と研究、実験棟に分かれており、そちらは石造りで頑丈な構造だ。建材については庵を作るために事前に集めていたから、不足するということもなく建築作業が進んでいく。
男湯、女湯に分かれている上に浴槽も広く、立派な印象だ。
大樹海の崩落地で切り出してきた自然石を浴槽や風呂場のタイルとして加工している。
庵でもそうしたように風呂には力が入っている。清潔を保つだけなら魔法でもいいしそちらの方が手っ取り早くはあるのだが、クレアは日常の小さな楽しみと言って、入浴自体を目的としている。
畑に関しても土を耕し、空気を混ぜて柔らかい状態にし、石灰や堆肥も混ぜていつでも栽培が始められるように準備をしていた。
ミュラー子爵領の港町で手に入れた種子等もあり、それらを育てるのもクレアは楽しみにしている。植えるべき時期は見なければならないが、実際に栽培を始めればエルムの力も受けられるので育成に不安はない。
家畜小屋も作る。こちらについては鶏を飼うつもりでいた。
鶏糞から肥料も作れるし卵も継続的に手に入れられるからだ。ロナと山羊のミルクと卵を交換してもらうというのも有りだろう。
並行してテーブルやソファ、ベッド、チェストといった家具もクレアは作っていった。
クレア1人だけでなくセレーナ、グライフ、ディアナにエルム、チェルシー。それからロナも含めた来客用だ。家具についても細かいところに装飾を入れているのはクレアの性分ではあるだろう。
糸を使って装飾も切り抜くように形成し、用意していた塗料を用いて家具の表面処理を行う。塗膜が定着すれば家具自体も頑丈に。木目もより目立つようになり、高級感が増すというわけだ。
そうやってクレアは柵、道、家屋、家具、畑や井戸といった諸々の設備の製作作業を数日に渡って進めていき――そして庵が完成する。
「――庵が出来上がりました」
帽子を脱いで偽装を解き――神妙な面持ちで作業完了の報告をするクレア。周囲は静かだ。庵周辺の魔力や近くにあるクレアの庵もあって、向かい合う師弟はどこか物語の中の一部を切り取ったような幻想的な雰囲気があった。
報告をしたその時から空気が変わったのを察し、セレーナ達も少し離れたところからその様子を見守る。
向かい合ったロナは頷いてから口を開く。
「一通り作業の過程は見せてもらった。まず結界だが、辿り着くまでの隠蔽と人払いの幻惑、外壁の防御結界に関しちゃ大樹海でも十分な水準と言っておこう。構築していく手順。結界の核としての札、触媒。術式も問題ない」
クレアはロナからの評価を聞き漏らすまいと、その目を真っ直ぐに見ながら耳を傾ける。ロナもまた、真剣な表情で言葉を続けた。
「設備も魔女の庵として必要なものは揃っている。まあ……多少趣味に偏ってるところはあるが、そこは評価に関係はしないだろう。あたしも庵は目的から外れない程度には自分好みに作ってるからねえ」
「恐れ入ります」
ロナが少し笑うと、クレアも小さく笑って応じた。
そして――どちらからともなく互いに表情を真剣なものに戻し、続ける。
「人形の魔女クレア。あんたは今日から見習いじゃない。一人の魔女だ。師として、魔女として、その実力と知識、技術をそれに足るものと認めよう」
「ありがとうございます。ロナとそれに連なる先人の名を汚さぬよう、これからも精進を続けたいと思います」
「ああ。あんたの目指すところは魔女じゃないが、その生き方や教えや修行が役立つって事もあるだろう。それがあんたにとって何かの足しになるのなら、あたしも色々教えた甲斐があるってもんだ」
礼儀正しく一礼するクレアにロナは目を細めて言った。
「それから……改めて、ありがとうございます。私を拾ってくれて、ここまで育ててくれて。ロナおばあちゃん」
「ふ……。まあ、あたしもあんたの成長を楽しんでいたからね。好きでやったことさ」
そう言ってロナはクレアの頭をそっと撫でる。クレアも微笑んで。セレーナ達も拍手を送った。
「あんたらも、クレアが独り立ちした魔女って証人で良いね?」
「勿論ですわ。おめでとうございます」
「確かに見届けさせてもらった」
「ええ。本当。喜ばしいことだわ」
そんなセレーナ達の祝福にクレアは頭を下げ、それから鞄の中から色々と取り出す。
「えっと……独り立ちをしたら、これを受け取って欲しいと思っていたのですが」
ロナに身に付けて欲しいと作っていた帽子にローブと杖だ。竜素材を使ったもので、杖の先端部には竜の喉にあった結晶部分が嵌っている。これも実験済みで、鉱山竜が結晶を使って行っていた現象は一先ず再現できる。使い手の研究次第で外付けの術式で精度を上げる余地もあると、クレアは説明した。
「中々面白いね。まあ、しばらくは全力ってわけにもいかないし、護身用としちゃ心強い。有難く受け取っとくよ」
ロナはそう言って杖を手にはにかんだような笑みを見せるのであった。
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