第30話 扉を開いたものは

「グライフ君は……戦士としては動きの速さを信条としているって聞いたわ。冒険者らしい多才さよね」


 クレア達の傍に立ったルシアが情報を共有してくれる。

 グライフは腰の後ろに交差させるような形で二本の武器を佩いている。一般的なショートソードよりは小振りだが、ナイフと呼ぶには大型の刃物だ。それを見る限りは速度を重視した軽戦士という情報は納得ではある。


 そう言うルシアはと言えば、閉所でも取り回しの良さそうな短槍を身に着けている。


「であれば……飛び道具なんかは躱す算段もある、と」

「かも知れないわね。もし救助に移るとしたら、身軽ってことは知っておいた方が良いと思うから、念頭に入れておいてね」

「分かりました」


 ルシアの言葉にクレアが答え、少女人形がこくんと頷いた。


 グライフは右逆手に刃を握ると眼前に構え、慎重に歩を進める。調査隊全員が緊迫感を抱きながら見守る中で――グライフが小部屋に足を踏み入れた。


「……今の時点では魔力に動きはないね」


 ロナの言葉に振り返らずにグライフが頷く。ゆっくりと部屋の中央へ。台座の上にある本を取り、周囲の様子を窺う。

 静寂。何事も起こらない。更に数秒待ってから、グライフが振り返る。


「台座にあった魔力が……」

「小さくなって、消えてしまいましたわ」

「役割を終えた……ってとこかね。最初から扉を開いた相手に本を託すつもりで作られた建造物だったか? 本自体も魔力を感じない普通のもののようだが……」


 クレア達の言葉を聞いて、安全は確保されていると判断したグライフが戻ってくる。

 小部屋を出て一歩二歩と歩いたところで、手の中にある書物を見てグライフは少し安堵したように息を吐くと、冒険者達も歓声で応じる。クレアも少女人形と共に拍手をし、セレーナもクレアに倣って拍手を送った。


「無事で何よりです。いや、ありがとうございましたグライフさん」

「では、これは渡しておく」


 調査員が代表して礼を言うと、グライフは書物を手渡す。


「……保存状態が良いですね。目下の問題は古代文字の解読でしょうか。それについては一度領都に届けてからの話になりますが」

「ポーションも返す」

「良いですよ。危険な仕事をしてもらったことへの感謝の気持ちということで」


 少女人形がサムズアップすると、グライフは少し笑って「そうか。なら受け取っておく」と応じた。


「ところで通路の反対側はどうなってるんだ?」

「あまり進むことなく扉に突き当たったが、罅が入っていてな。開けてみると土で埋まっていた。構造的には出入口なんだろうな」


 カイレム達は既にそちらの探索を終えていたらしい。


「ま、念のためにそっちも確認しておくかね」

「そうですね。遺跡自体にも価値がありますし、壁の溝が魔法的なものであればそれらも含めてでしょうから。危険がないかは念入りに確認しておくべきです」


 調査員がそう言って、一行は残りの区画の確認作業に移るのであった。




 やがて調査隊は残りの部分の確認作業を終えて、遺跡を出てくる。


「外だ……!」

「危険な遺跡の調査なんて初めてだったから緊張したぜ」

「肌寒い上に暗いから余計にな……」


 外に出てきたことで冒険者達の緊張感も解け、皆が喜びの声を上げる。


「結果としては襲われることもなく大きな収穫を得られた遺跡調査でした。しかし無事に終わることができたのは皆さんの尽力のお陰です。ありがとうございました」


 調査員が一礼する。とはいえ、調査隊の仕事はまだ終わっていない。本来の目的は未発見の遺跡調査ではなく、出来るだけ多くの範囲を調べて帝国の活動の痕跡を確認することなのだから。


 クレア達はグライフとルシアに向き直る。


「グライフさん、ルシアさん。護衛、ありがとうございました」

「お陰で魔力を調べることに集中できましたわ」


 その言葉に合わせてクレアと少女人形、セレーナの二人と一体が揃ってお辞儀をして、ロナも頷く。


「お互い無事で何よりさね。何事もなく終わったから言えるが、中々刺激になったよ」

「ふふ。私もロナお婆ちゃんやお弟子さん達と一緒に仕事をできて、楽しかったわ」

「うむ。さて。それじゃあ撤収するかね」

「ロナ様方にも改めてお話があるかと。領都にお越しした際にギルドに足を運んでいただけたら幸いです」

「あいよ。近い内にね」

「また領都で見かけたらよろしくお願いします」

「それでは失礼しますわ」


 調査員や冒険者達に挨拶をして、クレア達は帰途に就く。但し、ロナが向かった方向は庵のある場所とは別方向だ。この辺は庵の場所を推測させない偽装ではある。


 森歩きで真っ直ぐに歩いていたが、ふと足を止めて周囲に隠蔽結界を広げてから、ロナが言った。


「さて。セレーナは――高度な探知魔法を展開してたってわけじゃないし、相性的にあれは見えなかったかも知れないからまずクレアに聞こうか。今の状況というか……この後すべきことは理解できてるかい?」


 ロナが尋ねるとセレーナは不思議そうに目を瞬かせるが、質問をされたクレアの方はロナが言っていることに心当たりがあるのか、少女人形が顎に手をやって思案しているような仕草を見せる。


「んー。そうですね。ちょっと……あの人は気になりました。だから、位置も追尾できるようにしてあります」

「良し。方法はどうやってるんだい?」

「探知魔法でも個人の判別もできますが……もし探知し切れないような手段を持っていたとしても、小さな蜘蛛糸みたいな微小な糸をくっ付けているので、追っていける状態ですね」

「なるほどねぇ。そりゃ確かにどんな隠蔽系を駆使しても意味がないねえ。一応あたしの方でも見とくから、今日は野営地の近くでこっちも野営だね。あ、痕跡は残さないようにしな。それが帝国の諜報活動の痕跡だと思われても困るからね」


 そんな会話をする二人に、セレーナが首を傾げる。


「お二方は何かを感じ取ったのですか?」

「そうですね。みんながあの扉が開いた時に、動揺したようで……隠蔽が乱れている方がいました。その時に探知魔法に引っかかった人が一人、調査隊の中にいたんです」

「他人に対してそれなりに明確な害意や悪意を抱いてると、魔力をきちんと制御してなきゃ無意識に相手に対して向かっちまうことがある……ってのはセレーナにも教えたね」


 領都に行った時、クレアが感じ取ったものと同じ理屈ではあるが、高度な探知魔法を展開していたが故に、隠蔽系の魔法を用いていても引っかかってしまった者がいたということだ。


「はい。自然と身に纏っている魔力の微小な動きなので、私の場合は見えないか、余程の感情でないと意識できないかも知れないということでしたわね。ということは、悪意を持っているような方がいたのですね。……まさか帝国の?」

「そうだね。普段なら行動に移さなきゃそんなのはどうでもいいんだがね。調査隊の中にそんな反応をするのが紛れてるってのは、少し警戒しておいても損はないだろうさ。で、その諜報員かも知れないって奴だが――」


 ロナは帝国の諜報員かも知れない人物について、セレーナと情報を共有する。


「あの方が……」

「それで……セレーナ。あんたもあの扉のところで何か感じ取っていたね? 今の話に対する反応からすると、諜報員以外の何かだ」

「はい」


 今度はセレーナが真剣な顔で頷く。セレーナは扉が開かれた時に墓守の残骸が反応したのではないかといったが、その時に他の者から見えないよう、クレアとロナに対して片目をウインクするようにして合図を送っていた。話を合わせて欲しいという意図を込めたものだったが、ロナとクレアもその意図をしっかりと汲み取ってくれた。


「……扉を開いたのは、恐らく墓守の残骸ではありませんわ。扉から放たれた波のようなものが、クレア様の魔力に触れた瞬間に反応していたように見えましたの。墓守を討伐したのがクレア様だったから反応したという可能性もありますが……」

「それをあの場で言ったら、扉を開く条件や前提がどうであれクレアが扉を開いたってことになっちまうさね。残骸に目を向けさせて納得させたのは良い対応だったよ」

「ありがとうございます。助かりましたセレーナさん」


 ロナの言葉と共にクレアが帽子の鍔を上げて、セレーナに礼を言う。セレーナは少しはにかんだ様子で「光栄ですわ」と微笑んで応じる。

 帝国の諜報員のことを抜きにしたとしても、そういう形で耳目を集めるのはよろしくない。結局墓守をどうやって倒したかも少し曖昧にしているのだ。討伐における一番の功労者はクレアだとギルドに伝えてはいるが。

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