第254話 白銀の山脈へ
地下都市で得られる食材はキノコや魔物魚やその他の地底に出没する魔物の肉であるが、帝国が攻めてくる以前なら交易もできた。
備蓄だけで言うなら穀物やチーズ、ドライフルーツに干し肉等の保存食等もある。宴の席ということで切り詰めていた食料を貯蔵庫から解放し、帝国軍から奪った物資も使って色々な料理が饗された。
酒はドワーフ達が仕込んだものだ。ダークエルフとドワーフ達が酒杯を酌み交わし、リュートの演奏に合わせて歌い踊る、賑やかな宴となった。
「何だか、精霊達が活性化しているように見えますわ」
セレーナが言うとミラベルが頷いた。
「宴は倒れた仲間達への慰霊もあるが、力を貸してくれた精霊への感謝も兼ねている。勝利の宴を共に分かち、安らかに眠れるように願う。精霊達にも歌と踊りを捧げて仲間達が地に還れるよう、その手伝いをして欲しいとお頼みするというわけだ」
クレア達は見学の中で地下都市の墓所にも向かい、鎮魂の祈りも捧げている。地下都市の住民達も墓参りをしている姿を見かけたが、個々人が想いを向ける者達への弔いはその時に済ませたということなのだろう。
後は宴を経て皆で前を向き、歩いていけるようにという意味も宴に込めている。
「精霊への感謝とお願い、ですか……。そういうことでしたら、私も手伝いますね」
クレアも言って、獣化族の集落で人形の踊りと演奏を披露したのと同じように、人形の楽団を操り、リュート奏者と入れ替わりで演奏を披露する。
クレアが演奏したのはダークエルフ達には馴染みのない曲ではあったが、明るく賑やかな雰囲気だ。精霊達は享楽的で明るい音楽を好む傾向があるようで、宴の目的に沿ったものではあるのだろう。
ダークエルフ達もクレアの人形繰りと演奏に見入り、奏でられる音色に聞き入っている様子であった。
そうやってクレアとダークエルフ達との宴の時間は過ぎていったのであった。
それから、1日、2日と滞在し、ウィリアムの増幅器に十分な魔力を補充したら固有魔法の目印とするための図形を地下都市に残し、クレア達は巨人族の住まう北方の山岳地帯へと移動することとなった。
「私もユリアン殿やベルザリオ殿と同様、引き続き同行させてもらう。よろしく頼むぞ」
ミラベルが言う。グロークス一族、獣化族も、ダークエルフ達に合流する面々とクレア達に合流する面々に分かれ、人数と戦力を調整する。
グロークス一族と走竜、獣化族は共にダークエルフ達にはない持ち味の戦力だ。穴を補う意味でも残る面々はいた方が良い。
一方でミラベルを始め、クレア達にダークエルフの戦士も同行し、巨人族の救援に向かう。
現地は北方の山岳地帯だ。かなりの低温であることが予想されるため、同行する者達は全員に十分な防寒具が配られ、その使い方や寒冷地での注意点なども伝えられていた。
「巨人族の意向によっては、私達の都市に受け入れる用意があるわ。書状を用意するから、そう伝えてね」
「任せてくれ。名代として意向は必ず伝える」
リュディアの言葉にミラベルが応じる。
「十分に気をつけるのだぞ」
「我らの同胞をよろしく頼む」
「巨人族の皆もにも我らが会いたがっていたと」
「はい。必ず伝えます」
「では――飛ぶとしよう」
そしてクレア達はダークエルフとドワーフ達に見送られ、ウィリアムの増幅した固有魔法によって北方へと飛んだ。
前回と同様。空中に出現して複数の気球を形成することで皆を支え、そこから移動していく形だが――。飛んだ瞬間冷たい空気に晒されていることに皆気付く。
「予想はしていたけれど、寒い場所ね」
「あたし達なら寒いのは大丈夫だけど、皆は本当に気を付けてね。冷えると生死に直結しちゃうから」
ディアナの言葉を受け、アストリッドもそう伝える。
固有魔法で飛ぶ前には皆厚着をして準備を整えている。空中で慌てるようなこともなく、クレア達は結界等の展開を終えると移動を始めた。
眼下に広がるのは険峻な山岳地帯だ――山頂付近は雪が降り積もっていて、寒冷地であることが窺える。
白銀の山麓。空から見るそれは美しいが、危険を孕んだ美しさだった。
クレアは気球の周辺に更なる結界を展開する。寒さから守るためのものだ。
「今どこにみんなが潜んでいるのかは、あたしにもわからないかも」
岩を落とす、雪崩を起こすといった行動は巨人族ならば少数でも可能だ。
加えて、天候が崩れようと寒さに強い巨人族ならば問題なく行動できる。この山岳地帯において、巨人族の行動範囲は広く、自由度が高いのだ。
「最初は――撃退もしてたんだ。あたし達は身体が大きくて、強いから。でも」
自分達ではどうしても勝てない相手が現れたとアストリッドが語る。
「第三皇子ヴァンデルって名乗っていた。あたし達より力が強くて、あたし達よりも動きが速かった」
「ヴァンデルか」
アストリッドの言葉にウィリアムが眉根を寄せる。
「どんな人物なんです?」
「自分の強さを追い求める人物です。帝国の利益であるとか、血筋や政治的なことにはあまり興味がない様子でした」
少女人形が首を傾げるとイライザが応じる。
「それだけに皇帝にとっても使い勝手が良かったのだろう。戦場を用意すれば喜んで向かっていたようだからな。俺も自分と戦わないかと面と向かって言われたことがあるし、ヴァンデルの固有魔法も分かっている」
「固有魔法を明かしているんですの……?」
「明かしているというか、戦場で派手に暴れるからどうしても秘密にしておけないというべきだろうな」
「二つ名は不壊。単純に身体能力が逸脱していると言われているわ」
「それ自体が固有魔法ってことかな。肉体強化の極限みたいな固有魔法ってなると、相当なんだろうね」
ルシアとニコラス。辺境伯家の2人はヴァンデルについての情報を知っているようで、そんな風に推測を口にする。
「2人の考えは合っているだろうな。常軌を逸した頑健さと怪力を有すると聞く」
「それでついた二つ名が不壊か。単純故に、強いというのはあるだろうが……」
「肉体的な強度というのがどれほどなのかは分かりませんが、それが固有魔法由来のものであるならば魔法に対する防御力も相当でしょうね」
クレアの手札がそれを突破できる火力になるかどうか。狩人人形の一撃。踊り子人形の雷撃。それらすらヴァンデルの防御力が上回ってくる可能性がある。かといって、ヴァンデルの固有魔法が単純強化するものではなく、自身の身体を境界線に結界のように作用する性質があるだとか、固有魔法故の応用変化でそういう性質を付与することができるという場合、ウィリアムの固有魔法による物体の転送でさえ弾かれる可能性があると、クレアは自分の考えを説明する。
「ヴァンデルの固有魔法の本質か……。確かに見えている部分から判断して作戦を立てるのは危険だな」
そうしたクレアの言葉にウィリアムは顎に手をやって言った。
一先ずは潜伏している巨人族ではなく、これまで通り帝国軍を探し、その動きから巨人族の潜伏先を見つけ出す、という方向でクレア達は動くことにして、山岳地帯を移動していく。
一口に巨人族の潜伏先と言っても山岳地帯は広い。連なる山々の上空を移動しながらもクレア達は探知魔法を放って巨人族と帝国軍の反応を探っていった。
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