第110話 王都の流行は

「ああ。そうです。証拠品となる湖の水もお預けしますね」

「ありがとう。助かるよ」


 カールは『有毒。事件の証拠品!』という文言が書かれたラベルが貼られた瓶を受け取る。


「分かりやすいね」

「誤飲してしまっては大変ですから」


 一連の事件についての説明に関しては、マーカスの書状に認めてある。

 ダドリーの一件とその証拠品。竜の討伐と討伐者について。それから竜の秘宝の王家への献上について。そうした話をクレアの名は伏せつつ纏めているのだ。


 クレア達は伯爵家から預かって来た荷車を元の大きさに戻して、そこに竜の結晶を積み、人目を避けるための布を被せてから貴族用の入り口にカールと共に向かう。


「フォネット伯爵家のカールです。報告したい事があり、父の名代として王都に参りました。同行している者達は私の護衛です」


 フォネット伯爵家の家人であることと名代であることを示すように、家紋の入った指輪を見せて言うと門番達も少し畏まったような対応になる。

 その傍ら、冒険者としての身分証や従魔登録証、商人ギルド所属の身分証を見せたりとクレア達も動く。


「そちらの台車に積んでいる荷物も見せて頂いてもよろしいでしょうか?」

「王家への献上品ですね」


 カールが言って、布を半分ほど捲って見せる。大きな結晶がそこに鎮座しているのを目にした門番達が少し驚きの色を見せるも、すぐに気を取り直すかのように表情を真剣なものに戻して頷く。


「承知しました。高価なもののようですのでお気をつけ下さい」

「はい。時間を置かずに登城したいと思っています」

「わかりました。カール様が訪問しているという報告はこちらからも入れておきましょう」


 登城の手続きもスムーズなものになるだろうということでカールが礼を言う。

 フォネット伯爵の名代であり嫡男という事で、カールの扱いは伯爵本人に準じる。その同行者であるクレア達に関してもあまり詮索されるようなことも無く、あっさりと王都に入る許可が下りた。そのまま王都内部へと入る。


「一応、伯爵家にも王都滞在用の別邸があるんだ。まずそこに向かって、少し待ってから登城しようと思っている。別邸に行けば伯爵家の家人も登城に付き添ってくれるからね」

「では、登城の手前まで私達も同行します」

「王都の滞在は別邸の近くにある宿にしますわ」


 今回は討伐者として名乗り出るつもりがないので、王都ではカールとは別行動をする予定ではある。但し、フォネット伯爵家に対する動きがあった場合に対応するため、監視が可能で駆け付けることのできる距離の宿に滞在する、というわけである。


 方針を決めてクレア達は王都を移動する。


 辺境伯領の領都に比較しても大通りの道幅は広く、人通りもかなり多くて活気がある。大通り沿いは華やかで賑わっており、質実剛健な辺境伯領都の大通りとは印象の全く異なるものだった。


「綺麗な街並みですねえ」

「王都の大通りに合わせた整備を、と言われているのですわ。特に大通り沿いは、景観を良くするために色々決まりが定められているのです」

「歴史と伝統のある街並みを、ということだね。新しい建築法にも理解がないわけじゃないから取り入れられるけれど、それも景観として調和のとれたものになるようにするということだね」


 クレアの感想にセレーナとカールが説明をする。その結果として街並みが全体として調和のとれたものとなるというわけだ。

 知の都と称するだけあって、華やかで賑わっていながらも品の良い落ち着きのある街並みという印象をクレアは受けた。


「なるほど。決まりを前提にした上で、軒先や窓辺の飾り付けには個性を出している感じもします。お洒落で良いですね」


 通りを行く人々の服装に目を向ければ、新奇なものも見受けられる。

 建物と違って公序良俗に反しなければという前提こそあるものの、そちらは自由度が高いのだろう。つまり通りを行く人々の傾向がロシュタッド王国の流行の最先端というわけだ。人形を作る関係で参考になるかとクレアは目を向けるが……その中に少し気になるものがちらほらと見受けられた。


「あれ……何だか見覚えがあるような」

「クレア様が伝授した服飾と同じ手法のものが見受けられますわね」


 クレアは人形を作る関係で人形の服の素材を得るために辺境伯領の領都にある仕立て屋に買い付けに行っている。

 人形用の服に感銘を受けた仕立て屋は、通常サイズの服として自分で作って売る許可をクレアから貰っている。代わりに仕立て屋からは人形の服の素材類を融通してもらうといったことをしているのだ。


 仕立て屋は結構評判が良くて売れているとは言っていたが……それが王都にも伝播したという事だろうかと、クレアは首を傾げる。


 クレア達の預かり知らない事ではあったが、実際に少し前からトーランド辺境伯領に面白い仕立て屋がいると王都の一部で話題になっており、服飾の技法を模倣したりそこから着想を得る王都の仕立て屋も増えているという状況だ。


 クレアが自分は目立ちたくないからと聞かれたとしても自分の事は出さないようにとは伝えていて、一方で仕立て屋は自分の手柄にするのは違うと思っていたので、色々な服飾を伝授してくれる師匠がいるのだと伝えていた。


 そのため、トーランド辺境伯領には謎の服飾職人がいるらしいと噂になっていたりする。


「良い物は広がるのだろう」

「面白いことをしているのね、クレアちゃん」


 グライフが静かに頷き、人形の服と仕立て屋の話について軽く説明を受けたディアナも興味深そうに言った。


「王都で辺境伯領発の新しい流行が出てきたっていうのは商人達の話で聞いたことがあるけれど……そうだったんだ……」


 カールも驚きの表情を浮かべつつそんな風に零していた。


 そんな街並みの様子や大通りの店の軒先に並べられた品々を軽く眺めながらも、クレア達は道を進んでいく。


 フォネット伯爵家の別邸は大通りから少し外れた、落ち着いた住宅地にあった。一等地というわけではないが、登城にも買い物にも利便性は悪くない。


「あれだね。鉱山が竜に奪われるより前に建てたものだから、古いけれど立派なお屋敷だとは思うよ」


 伯爵という高位貴族家であることも含めて王都に必要な別邸だ。貴族家には保たなければならない体裁というものもあるから、そのためのものだ。

 だが、客の目に付かないような部分は色々と処分をしてしまったり修繕がされていない部分や家財道具等がない部屋もあるのだとカールは苦笑しながらも内情を教えてくれた。


「色々と苦労をなさっているのですね……」

「それもクレアさん達のお陰で解決しそうだ。倹約癖は両親も僕も、抜けそうにないけれど」


 そんな話をしながら、クレア達は別邸に到着する。

 カールの言葉通り、古めかしいが立派な屋敷であった。カールが訪問してきたことを警備が気付き、管理人の女性もやってくる。


「これはカール様……!」

「やあ。今日はいい知らせがあるんだ」


 敷地内に竜の結晶を乗せた台車を運び込む。屋敷の管理人もやってきて、カールから事情を聞いていた。


「りゅ、竜を討伐なさったのですか……!」

「しかもお嬢様達が……!」


 管理人も警備達も、伯爵領出身の者達だ。セレーナ達が討伐したと聞いて飛び上がらんばかりに驚いていた。


「というわけで、この人達は伯爵家の恩人なんだ。伏せたい情報もあるから、あまり口外しないように。それから宿も別だから、ここには宿泊しないけれど……今日の食事ぐらいは感謝として用意したいね」

「そうですね。腕にりを掛けましょう」

「うん。僕は少ししたら報告と献上品を持って登城することになるから、そのつもりでいて欲しい」

「はい。お供致します」


 警備の面々は護衛や従者役も兼ねているのか、心得ているというように頷く。王都で働くということもあり、対応できるように教育も受けている面々なのだ。


 クレア達も互いに自己紹介をしつつ、伯爵家の別邸の中へと通されるのであった。

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