第109話 ロシュタッド王国の王都

「おお……。出来上がったのですな」


 氷室が完成したという報告に、マーカスとパメラ、カールが訓練場にやって来る。


「立派な氷室ですね」


 氷の結晶のレリーフが扉に刻まれた氷室だ。樹脂で固められているということもあり、全体がやや鈍い光沢のある木造の建物になっていた。コンテナ部分を作ってから全体像を眺め、やや殺風景なのがクレアとしては気になったため、飾りとして屋根や庇を後付けしたりと、見た目を少し普通の建物に近付けている。


「竜肉を保管する役割を終えたら、そのまま食糧庫として活用していただくか……或いは大きいですから、邪魔になるようでしたら解体するかでしょうか」

「解体は流石に勿体ないですな。大型の氷室……しかもクレア殿やその従魔のお手製ともなれば」

「そのまま活用して良いということなのでしたら、領の宝になりますね」


 マーカスとパメラが頷き合う。大型の氷室ともなれば、狩猟してきた獲物の長期保存ができる。しかも竜を想定したものなので大量にだ。冬場の食糧事情もかなり豊かなものになるだろうし、有事にも対応できる。

 鉱山の再開に応じて人が増える事を考えるならば、穀物以外の長期保存に向いた食糧庫が増設されるというのは、単純に心強い話であった。


「維持のための護符は、私が描きますわ」


 セレーナが微笑んで言うとマーカス達も嬉しそうに頷く。


 それからクレア達は切り分けて収納しやすくした竜の肉を氷室の中に運ぶ。そうしてクレア達がフォネット伯爵領における予定は、一先ず終わりを迎えたのであった。




 セレーナの取り分となった竜素材の内、当人が持て余すと判断した量は実家への支援という名目で伯爵家に贈られた。

 セレーナの剣が突き刺さったままの竜の頭蓋部分についてはセレーナのものではあるが、伯爵家に置かれることになるだろう。王都から使者が来た際の討伐の証拠にもなるからだ。


 セレーナからすると、こうした竜素材の支援や頭蓋の安置に関しては、故郷の人達への恩返しという側面が強い。マーカス達の考え方がもっと即物的であれば、自分はダドリーと政略結婚することになっていたかも知れない。

 ダドリーに関しては断ったとしても、もっと条件の良い縁談であったなら受けていたともなれば、今のようなことにはなっていなかったのだ。


 だから、セレーナは領地から快く送り出してくれたことに感謝している。その結果としてクレアと知り合い、ロナに弟子入りしての今があるのだから。

 だから、竜素材の余った分を譲渡するのは実家への援助というより領地全体再興の支援という意味合いが強い。伯爵家の令嬢、貴族として誇れる行いができたと、セレーナは思うのであった。


 そうしてクレア達は今度こそ、予定していた王都経由での帰途に就く。

 但し、竜の結晶を持参し、カールも報告という事で王都へ同行するということになった。


 クレア達は王都を観光して帰る事になるが、カールはマーカスの名代として王都にダドリーの一件を報告し、王家に竜の結晶を献上してくる形となる。


 竜討伐に関してはセレーナが矢面に立つと決めていることから、王家からの褒章を受け取るという話になるにしても、それは伯爵家と王家で調整をし、ダドリーの一件が落ち着いてからになるのだろう。

 巻き込まれて竜を討伐することになった功労者に対して、ダドリーの一件を説明できないようでは示しが付かないからだ。


「クレア殿達には返し切れない恩ができました。何か困ったことがあり、私達にできる事があるならば、当家を頼ってきて下さい。これでも貴族家の端くれではありますからな」

「ありがとうございます。またいずれ、遊びに来ますね」

「ふふ。歓迎しますぞ」


 出発前の見送りに来たマーカス達と言葉を交わす。


「カールさんもお気をつけて。滅多なことはないとは思いますがその時はリプソン家を頼るのがよいかと」

「そうですね。危険を感じるような事があれば、そうします」


 パメラの忠告に応じるカール。リプソン家はパメラの実家と繋がりのある騎士家だ。

 伯爵家として貴族同士、横の結びつきもあるため、信用できる相手できない相手、頼れるかどうかというのはそうした人脈から判断することになる。勿論、この場合、王都にいる人物でなければ頼るも頼らないもないのだが、ともあれリプソン家の当主に関しては高潔な騎士として知られる人物でもあった。


「王都には数日滞在する予定ですから、もしもの時は私達も護衛としてお役に立てるかと」

「そうだな。そういう警戒に関しては得意分野でもある」

「伏せておかなければならない恩人に護衛してもらうというのは本末転倒な気もするね……。けれど、ありがとう。心強いのは間違いないよ」


 クレアやグライフの言葉に、カールは苦笑しつつも礼を言った。


「では、行って参りますわ」

「うむ。道中気をつけてな」

「クレア様達の幸運を祈っています」


 そうしてフォネット伯爵家を出て、領民達に見送られ、感謝の言葉や声援を受けながらもクレア達は王都に向かって出発したのであった。




 王都への街道は寂れていた鉱山側と違い、人の往来も多く、賑わっているという印象があった。

 王都に向かって移動すればするほどそれは顕著になり、道幅も広く整備も行き届き、行き交う人々も増えて街道沿いの拠点も大きくなっているのが目に付いた。


 クレア達は隠蔽結界を使いながらも街道沿いの上空を飛行し、そんな光景を眺めつつロシュタッド王国の王都目掛けて移動していく。


「王都は賑やかそうですね」


 行き交う人々を眺めてクレアが言う。


「そうだね。王国は帝国の動きを抑制しながら決定的な衝突を避ける事で、南方の海洋諸国からも北方の抑えとして協力を得ているんだ。だから、人も物も集まる。それだけに鉱山に竜がいるのは不安材料ではあったんだけど……」

「竜が排除されたというのは王国内部的には結構大きそうね」

「そうだね。内側に抱えている不安材料が消えて、より帝国への対応に注力できるという事でもあるから。とはいえ、大樹海を挟んでいる以上は王国側から仕掛けるような事もないだろうけれどね」


 ディアナの言葉に答えるカール。

 そうやって話をしながらもクレア達は進んでいったが――やがて街道の行く先に王都が見えてくる。


「あれが――」


 立派な城壁と中央部に立つ王城の尖塔。辺境伯領が重厚で実戦的な城塞という印象であったが、それに比べると王の居城だけあって古風ながらも壮麗な城と外壁という印象があった。


「王都に来るのも久しぶりだな」

「私もですわ」


 グライフとセレーナが言うと、カールも頷いた。


「僕もだ。普段は見回りが忙しくて、あまり領地を離れなかったから。でも来る度に王都は近郊が拡張していたりするんだ」

「王都そのものの街並みもですが、近郊の開発が進められている印象ですわね」

「後は――武勇の城塞トーランドに対し、知の都ロシュフォルド……でしたね」


 ロナやセレーナから習った知識を思い出しながらクレアが言う。

 王城の他にも学府と大図書館があり、王国における研究、文化の発展を担う都とも言われている。


 歴史と伝統ある学術の都。それがロシュタッド王国の王都、ロシュフォルドだ。


「警戒しなければならないこともありますが、観光は楽しみですね」

「ふふ。案内致しますわ」

「僕の事は気兼ねせずに行ってくると良いよ。ダドリー関連で何か波紋が広がるにしても、報告してから少し間があるだろうからね」


 と、カールが笑って言う。そうして、クレア達は地上に降りて、王都に入るための手続きをするために外門へと向かうのであった。

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