第108話 竜の巣穴にて

 竜の巣穴は――中心部分に鳥の巣のような大きな構造物が作られている。竜の寝床だろう。植物性の材質ではなく、針金やスチールウールのような金属質な繊維が絡み合ってできているあたり竜自身が生成したものと考えられた。


 地下深い場所まで降りてきているということもあり、高温多湿の環境下で植物性の材質では寝床に適さないのかも知れない。


「竜の身体の強度だと、眠るには丁度良い素材なのかも知れませんね」


 クレアは竜の寝床を見てそんな感想を漏らす。


「何だか、寝床の奥の方に大きめの魔力反応があるけれど……」

「生物的なものではないようですね」


 巨大な巣なので下から見上げる形では全貌は知れない。クレア達は改めて高度を上げて巣の上や奥が視界に入るように箒やスピカの力を借りて高度を上げる。


「あれは――」


 巣の内部には鉱山内部から引きはがしてきたかのような鉱脈の塊が複数転がっていて、その鉱脈に根を生やすようにして大きな結晶が生じていた。強い魔力はその先端部から感じられるものだ。先端部は淡い光を宿している。


「察するに、竜が鉱脈から生成したものでしょうか……」

「また、すごいものが出て来たね……。結晶の中間部分は鉱山で取れる宝石に見えるけれど、先端部はどうなってるんだか」


 セレーナとカールが興味深そうに光る結晶を見上げる。


「感覚的な話にはなるが、鉱脈から鉱物を吸い上げるようにして結晶――宝石を作って、そこから更に高度な何かを作ろうとしていたと言うように見えるな」

「竜は好みの場所を見つけると、そこに住み着いて、環境と自分を変化させて様々な性質を獲得していく性質があるわ。だから、竜の成長に必要なものなのかも知れないわね」

「竜の進化石というところですか。とりあえず持ち帰って、フォネット伯爵に届けましょう」


 クレアはそう言って、箱を取り出すとその変異した結晶柱の回収作業に入る。


「これは……少し手に余る気はするなぁ。でもまあ、鉱山から出た以上はそうなるか」


 苦笑するカール。

 巣の残りの部分の探索もしていくが、あちこちに溝を作って鉱山から染み出す水を更に下方の穴に送り、そこをトイレとして利用していた形跡もあった。ただ、そこでも浄化結晶を活用しているらしく、竜の知性の高さというのが窺える巣穴だった。


「いやはや。竜というのはすごいですね」

「伯爵家の者としては思うところのある相手ではあるけれど、竜が畏敬の念で見られるのも納得ができるよ」

「畏敬ですか……確かにそうですね」


 カールはそんな感想を漏らし、クレアもそう応じる。

 鉱山一つを丸ごと巣穴に改造してしまうようなスケール感の違いもそうだし、巣穴の内部の様子や生態、知恵を感じる構造もそうだ。

 人とは違う生物が構築した巨大な構造物の中に身を置いていると、神秘性や畏怖を感じられて、クレアは少しの間、竜に対して尊敬や追悼の念を示すように目を閉じるのであった。




 鉱山の調査を終えたクレア達は竜が排除されたことで一先ず特殊な意味での危険は確認されなかったと判断し、廃村から街道に繋がるまでの木々を移動させながら領都までの帰途に就いた。

 光景としては木人の集団を引き連れてのものだ。例によって領民達を驚かせないようスピカに書状を持たせて連絡をしていた。




 そうやって戻って来たクレア達は木人集団を領都の人々に驚かれつつ、伯爵家の屋敷に戻り、カールと共に鉱山についての報告を行ったのであった。


「――というわけで……特殊な意味での危険は少ないようです。寧ろ、竜が鉱脈を掘り出したために巣穴にしていた場所での採掘の再開自体は短期的にはしやすいかも知れません」

「おお……。それは喜ばしいことですな。浄化の結晶も、巣穴山の採掘した後に回収するのが良さそうですな」

「そうですね。貴重なものだと思いますし。効果が薄れても竜の生成したものという点から欲しがる方は多いのではないかと思います。それから――」


 クレアは中庭に場所を移し、回収してきた竜の結晶をマーカスに見せ、推測についてを話す。


「これはまた……いやはや。確かにカールの言う通り、手に余りそうな品ですな」

「どうしたものでしょうね……。貴重なものではありますが、何に使えるか分からないとなると、売りに出すにしても下手なところには売れないでしょうし」


 マーカスとパメラは少し思案していたが、やがて思いついたというように笑みを浮かべた。


「ふむ。これは王家に預けてしまいましょうか」

「王家に?」

「そうですな。鉱山を領地として預かりながら竜の一件で宝石を産出できずにおりましたから。王家もまた、竜討伐にかかる人員の損失と帝国を正面に控えている状態での後方地の混乱を好まずにいましたから、討伐に積極的ではありませんでした。ですが、ここで王家へ竜の秘宝として献上し、今まで宝石の産出が出来ずにいた分の埋め合わせをすると同時に、血を流す選択を強いず、静観して下さった王家への御恩を返す、というわけです」


 鉱山から産出された物の中から一番貴重な竜の財宝を王家に献上することで、王家の顔を立てるというわけだ。マーカスも立場上言葉にはしていないが、竜素材の配分についても口出しするような貴族もいなくなるだろうという算段である。


 マーカスの知るロシュタッド王家の面々は基本的には平穏を好んでいるし、帝国を嫌っている。利用法も分からない竜の秘宝を手に入れたとて、それは帝国に対抗する方向で考えられるだろうし、利用法を見出したとしてもすぐさまそれを用いて帝国に対してどうこうするというのも考えにくい話であった。


「何分、竜の秘宝に関しては未知数ですからな。研究して利用法を考えるとなったとしても、それはまだまだ先の話でしょう」

「短期間で何か研究成果を出せるとしたらそれこそ、クレア様ぐらいですわね」

「いやあ……。竜鱗からの対抗魔法にしても、他の人に扱える形にするにはもっと間がかかったと思いますし」


 セレーナの評価にクレアはそう応じる。固有魔法だったからこそ活用できたというのはある。

 その上でマーカスの話を考えるなら、伯爵家の立場が良くなり、横槍を入れられるような口実も防げるというのであるなら、竜の結晶に関しては現状最上の使い方なのではないかと思う。

 そうでなくてもクレア達は山のような竜素材の扱いを色々考えなければならないのだし。


 ともあれ、竜の精製していた結晶に関しては伯爵に一任し、その行先に関しても一同納得するのであった。




 明くる日――早速木材を利用し、訓練所の一角に竜の肉の保管庫を作る事となった。


 活用されるのは主にエルムの能力だ。木材の形状を変え、樹脂等も自由に扱えるということもあり、複数の木材を組み合わせ、合板にして固めたり、一個の箱のように形状を変える事が出来る。


「箱はこういう形状で作ってもらえますか? 外壁と内壁の間に空間を作り二重の箱にする感じです」

「ん」


 魔法糸を使って立体的な構造を構築しながらエルムに説明するクレア。


「不思議な形状ですわね。どんな意味があるのですか?」

「外壁と内壁の間の空間も冷やすことで、より断熱と冷却の効果を上げるというわけですね」


 セレーナの質問にクレアが答える。クレアが頭の中で思い描いているのは真空断熱の構造だ。


 クレアとしては前世の真空断熱のタンブラーや魔法瓶、二重窓等からヒントを得たような形だ。

 二重箱の間の空間も冷却することで、保管庫内の温度を低く保つことができるという計算である。ただ、大きなサイズのものになるため、真空にするのは全体的な強度面でやや不安が残る。そのため、間の空間を真空にまではしない。


「面白い発想だな……」

「魔法道具の参考にもなりそうだわ」


 グライフやディアナも感心したようにその構造を見て頷いていた。

 冷却の方法はやはり護符だ。ロナの庵でも氷室を作って魔物肉などを保存しているということもあり、この辺の製作は手慣れたものである。


「外気が入ると温度が上がってしまいますからね。箱全体を樹脂で固めることにより密閉性と強度を同時に上げる、というわけです」


 そう言いながらもクレアはエルムと共に木材から水分を抜き、合板をパズルのように組み合わせ、樹脂で固めながらも巨大な箱を訓練所の片隅に建築していくのであった。

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