第107話 鉱山竜の巣穴へ

「すごいね、これは……!」


 スピカの背中から絶景に声を上げているのはカールだ。初めて見る空からの景色に興奮している様子だった。


「良いなあ。鳥はいつもこんな景色を見ているんだね」


 そう言いながらもスピカの羽毛を撫でて、スピカもまた応じるように声を上げた。

 空から伯爵領の景色を眺めながらクレア達は飛んで行った。

 森の中――鉱山に程近い場所に廃村があるのを見て取ると、カールが言う。


「森に半分飲まれているけれど、あれが鉱山に一番近かった拠点だね」

「あの場所に降りてみましょうか。少し考えもありますので」


 クレア達はその場所を目指して降りていく。

 廃村は家もほとんど潰れていて荒れ果てており、既に使える状態ではない。鉱山で使うつるはしやスコップといった道具も朽ちているようだ。

 だが道の名残や痕跡のようなものは幾らか残されているように見えた。


「実は氷室用の材料を確保するついでに、鉱山への道の少し整備もしてしまおうかと考えていたりします」

「村は利便性のある場所に作るものだしな。廃村であっても再利用しやすいか」


 グライフが納得するように頷いた。


「ここに村を作ったのは、例の湖のお陰で安全な水源が確保できるからだったかな。僕の知識は資料で読んだものだけれど、空から見た感じでは間違ってはいなさそうだね」


 カールが答える。何時か鉱山が再開する時のためにと、鉱山開発や伯爵領の歴史に関する座学もしっかりと修めているカールである。


「尚の事、湖を浄化できて良かったですわね」


 クレアはセレーナの言葉に頷いて、エルムに向き直る。


「エルム。廃村の出口から道の残骸に沿って、鉱山側へ木や茂みを除けていってもらえますか?」

「ん」


 エルムは頷くと早速廃村から鉱山側に向かって道の整備を始める。


「除けた植物で素材として使えそうなものは廃村に積んでおいて、必要な分を持ち帰るつもりでいます」

「ん」


 エルムが頷いて、状態の良さそうな木々を木人に変えて廃村に並ばせていく。その光景にカールは驚きながらも楽しそうに笑う。


「面白いなあ、これは」

「ん」


 木材加工についてはエルムがいるお陰もあり、かなり融通が利く。木材でも丈夫で気密性を持たせた倉庫用の氷室を作れるだろうとクレアは考えていた。


 そうやってエルムには道の整備を進めてもらいながらもクレアとセレーナは箒で飛び回り、廃村や鉱山周辺に魔物除けの結界を張っていく。

 箒で要所要所に飛んで小さな祠を作り、そこに要となる護符を配し、結界を構築する。いくつかの山体全体が鉱山として開拓が進んでいるため、そのあたりを視野に入れるとどうしても広範囲をカバーする必要がある。


 その点一つ二つ祠が駄目になっても鉱山周辺を覆う結界は崩れないため、不測の事態にも強く、魔物対策としては強固なものと言えた。


「しかし、何と言いますか……」

「竜が棲んでいた痕跡は凄いものですわね……」


 クレアとセレーナが空から鉱山を見て、呆れたように言う。

 竜が住処としていた巣穴の中腹に穴が開けられているというのは情報の通りだ。

 しかし、巣穴に通じる穴には雨が入って来ないようにか、岩が迫り出しており、さながら庇のような巨大な構造物が作られていた。

 これは以前伯爵家の方で調査した時にはなかった情報だ。岩は六角形の結晶柱を連ね、束ねた様な形状をしていることから、竜の魔法に由来するものなのだろう。

 巨大な知的生物の活動が桁外れというのがよく分かる光景だ。


「巣だけでなく、坑道全体は専門家が見ていく必要もありそうですね」

「そこは領地に知識を持った方もおりますので。安全を確保しながら……でしょうか。今回に限って言うなら、お兄様も鉱山関係の知識も持っているので助かりますわね」


 結界が出来上がったら竜の巣穴ぐらいまでは確認しに行くということになっているが、竜が活動するためのものであるため、箒で進めるぐらいの大穴になっているのが見えた。




「――結界は構築できました。継続して維持するための護符も私が予備を作っておきますわ」


 クレアと共に箒で飛び回って結界を構築してきたセレーナが、廃村に戻ってきてカールに言う。


「竜の巣穴の方はどうだったんだい?」

「岩で雨除けの庇のようなものが作られていたので、巣穴が水没しているという事はなさそうですわ。竜の大穴用の庇なので圧巻の光景ではありましたわね」

「それはまた……凄い光景なんだろうね」

「あの光景だけで観光客を集められそうな気がしますね」


 少女人形が腕組みをしながらうんうんと首を縦に振る仕草を見せる。


 鉱山に繋がる道についても、エルムが作業を続けていたが、こちらも木々を除ける事により鉱山の本来の入り口まで通れるようになったようだ。


 クレア達は道の状態を確かめるためにそこを進んでみる。

 木の根が抜けたということもあってそこかしこで掘り返されたような状態になって多少荒れてはいたが、木々を自力で伐採して整備していくことに比べたら手間という点ではかなりの差があると思われた。


「道も中々広いね。数人横並びで行き違いできるぐらいには広いし、整備したらちょっとした街道ぐらいの使い勝手になりそうだ」

「鉱夫が道具を持って行き帰りすることを考えるなら、これぐらいの広さがあると嬉しいですわね」


 そんな会話を交わしながら道を進んでいった。

 山の正面――湖側に人の作った鉱山入口。裏側に竜の作った大穴が開いている。裏側に回り込んでいくと、鉱山の中腹に空いた穴と、竜の作った岩の庇があるが、今回は竜の巣穴を確認して危険がないか状態を確認してくる予定であるため、クレア達はそのまま裏側へと回り込む。


「確かにすごいね……」


 カールは竜が改造した山体を見て、スピカの背の上からぽつりと零すように言った。


 そのまま空を飛んで大穴に向かって入っていく。山体内部に入る前に、クレアは結界を構築して自分達の周辺の空気を結界内側に閉じ込める。酸素不足やガスによる窒息、中毒等を避けるためだ。そういった危険地帯がないかも今回の調査で軽く調べてくる予定だ。


「……魔力は強い……と言っていいのでしょうか。生物的なというよりは、大樹海のように場としての魔力が強いという印象ですが」

「確かに……。今のところ大きな魔物の反応は感じません」


 クレアは言いながらも魔法の光球を作り出して暗闇に中を照らす。地底に向かって緩やかなカーブを描くようにして穴が続いていた。


 要するに螺旋状に繰り抜かれている様子だ。大穴の奥まで見通すことはできない。


「侵入者を感知するまでの時間稼ぎだろうか。或いはいざとなれば構造を破壊してしまえば、侵入者は脱出できず、竜はその巨体故に耐えられるという算段かも知れないな」


 グライフがその構造を見て感想を漏らす。


「竜自身も感知能力は高かったようですからね……。実際の構造を見ると、巣穴に攻め込むのは断念していたかも知れません」


 クレアがそう言って魔法の灯かりで周囲を照らすと、あちこちで竜が生成した六角柱が競り出して交差しており、山体が崩落しないように強度を高めている様子が窺えた。


「竜の作った柱から、若干の魔力を感じるわね。これなら崩落の危険はなさそうだれけど」

「だとしたら有難い話ではあるかな。竜の巣穴作りを信頼するっていうのも変な気分だけれど」


 ディアナの言葉にカールが応じて、一同はそのまま穴の底へと下っていく。

 セレーナは有毒な空気や水がないかを確認するために固有魔法を発動しながらあちこち見回していた。


「……空気がやけに綺麗ですわ。浄化の魔法に似た波長の輝きが見えますが……」

「感知できています。あの所々から生えている青い結晶から……ですよね」

「竜の生やした浄化結晶とでも言えばいいのかしら」

「意外に住環境には拘っていたみたいだね……」


 そんな話をしながらも更に降りていく。


「鉱脈が見える形で剥き出しになっているな」


 煌めく原石や自然石の結晶があちこちで露出している。場の魔力を高めている要因でもあるだろうが、洞窟壁面にそうした鉱脈が露出していたり、浄化結晶が青く輝いていたりと、どこか神秘的な印象もあった。

 そうした壁面に、人がかつて作ったであろう坑道も、さながら蟻の巣穴のようにあちこち穴を開けている。


「鉱脈は鉱山竜が掘り出したのよね。壁面に爪痕が残ってるところもあるわ」

「いずれにせよ、採掘には苦労しなさそうだな」

「市場に出すなら短期間で大量にってなると値崩れするから、ある程度制限する必要があるかな。それとも竜の宝石っていう付加価値でもつけるべきか」


 カールは思案しながら鉱山を再開させた後のことを考えている様子であった。

 そうやって螺旋の坂道を降りていき、やがて開けた空間――竜の寝床と思われる場所に辿り着くのであった。

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