第111話 横領の裏側

 セレーナの予備の武器を探そうという事で、クレア達はまず冒険者ギルドへと向かう事にした。武器にしても、どこで売っているものがいいものなのか、評判を聞いておいた方が良いからだ。


「予備の武器はともかく、特殊な剣だと手入れも大変そうですね」

「武器か。宝剣については交換や手入れは深く考えずに済むが……」


 グライフはそんな感想を漏らす。


「特別な手入れはいらないんですか?」

「手入れという感覚ではないが、刃毀れしても魔力を通すことにより自分で修復していく。だから俺のしていることとしては汚れを取り、油を塗っておくことぐらいだな」


 首を傾げる少女人形に答えるグライフ。


「便利ですわね。しかし竜素材武器の手入れ法も、今の内に大図書館で調べておきたいところです。入館にあたり、魔法契約と一時保証金を払う必要がありますが、図書館の立ち入りについてはできるはずですわ」


 書物は高価で貴重なものだ。汚損や破損の被害を減らし、盗難や火災が起こらないような管理体制が取られている。特別な書物でないなら、条件を満たせば市井の者が広く閲覧できるようになっているあたり、王国や王都の考え方や精神性が現れている部分と言えるだろう。


 やがてクレア達は大通りから一つ外れた通りにある冒険者ギルドへ到着し、そこでギルド職員が薦める武器屋の場所を聞き、ついでということで王都に貼り出されている依頼を眺めたりもするのであった、




 一方、王城に通されたカールはというと……マーカスから預かってきた書状と共に証拠品となる瓶を提出し、献上品ということで竜の結晶を引き渡した。


 伯爵の名代ということでカールの扱いもそれに準じる。

 貴賓室に通され、そこで待っているとやがて人がやって来た。


「ふむ。待たせてしまって済まないな、カール殿」

「これは――宰相殿」


 驚いてカールが膝をついて宰相を迎える。宰相は歳の頃30後半から40歳ぐらいの男だ。若いが堅実で、王の補佐役を務める重鎮である。


「そうカール殿が改まることも無い。問題があったとはいえ、此度は祝福されるべき話であり、手厚く迎えるべき賓客と言えよう。まずは王国にとっても誠に喜ばしい事だと伝えておく。陛下も喜び、話を伺いたいと仰せではあるが、何分急な話で他の仕事も詰まっていてな。前倒しすることにはなるが、お目通りは今少しかかろう。代わりに私が説明をしに来たというわけだ」

「ご高配に感謝します。しかし説明を聞きにいらっしゃったというわけではなく、ですか?」


 説明を聞くのではなく、しに来たと宰相は言った。


「その通りだ。倉庫を管理していたダドリーについては説明が必要だろうと思ってな」


 宰相に促されてカールはテーブルを挟んで向かい合うように腰を落ち着ける。


「まず……証拠品として提出された瓶に入っていた薬について。これは帝国諜報員の持ち込んだ魔法薬の原液と同じものであるという確認が得られた。宮廷魔術師達の探知魔法で魔力波長が同じと確認をした形だな」

「宮廷魔術師の方々は流石ですね」

「うむ。続いて、押収品の倉庫についても急遽調べることになったが、現時点でさえ魔法薬の原液を含む多数の物品が無くなっている事が確認されている。正確には魔法薬の原液がただの水にすり替えられる等の偽装工作もしていたわけだ。カール殿の報告と合わせるのならば、これはほぼ嫌疑に間違いはないだろう」

「そうでしたか……。確認が取れたのは何よりです」


 宰相の言葉にカールが頷く。ダドリーが庇われるようなことは流石にないだろうと思っていたが、きちんとダドリーの企みによるものだと王国側が認識してくれているのは安心できる話だ。


「伯爵家の方針は王家の意向を受けてのものでもある。カール殿も平穏を守るために普段より巡回に力を入れているという話は王都にも届いているからな。伯爵家の関与については疑う余地がなかったというのもある。竜の討伐については流石に驚かされたが、状況を見るに、竜が暴れ出したというのは押されて坂道から転がり出した大岩のようなものだ。討伐した者達についてはよく対処し、止めてくれたとしか言いようがない」

「それは……私も思います。竜が暴れ出した時、大きな犠牲や被害が出る事も覚悟していました。最悪、私と部下達で領民が避難するまでの時間を稼ごうと考えておりました」


 考えていたというか、そうしようと思っていたのだ。備えもなく空を飛ぶ竜に対してできる事があるとするなら、気を引いて時間を稼ぐことぐらいだ。それで一人でも多く竜対策として領都に作られている地下壕に避難できるならそれでいい。

 竜が自分達を蹴散らしたことで溜飲を下げて山に戻ってくれるならもっといいだろう。あの場にいる者達は皆それぐらいの覚悟を決めていた。


 だが、その後の光景は驚くべきもので。小さな魔女が箒に乗って空を飛び回り、光の矢で応戦。最後は結界と共に光の砲弾が撃ち込まれて竜を地上に叩き落としたのだ。


 森の彼方で響く咆哮と地響き。飛び回りながら戦う妹や、大きく跳躍するあの戦士の姿も時折見えた。


 だから、あの英雄達の想いに報いる必要がある。


「竜を倒した者達についてだが……剣と魔法の修行に出ていたカール殿の妹か。伯爵からの書状ではその戦いがあくまで伝聞のものとなっていたが」

「私は鉱山の麓から広がる森を挟んで、遠くからその光景を見ていました。断片的ではありますが、セレーナの話と合わせるのなら姉弟子殿と居合わせて下さった旅の魔術師殿が地上に叩き落とした後に幻術で翻弄。その中で同じく冒険者の戦士と共に近接戦闘を仕掛けて倒した、と」

「勇敢なことだな……。竜相手に剣で戦いを挑むとは」


 宰相は竜をどうやって討伐したかを改めてカールに確認し、静かに頷く。


「討伐者については、今回は登城しておりません。彼らの予定や事情によるところもありますが、ダドリーの件も大きいですね。王都に彼を庇う者達がいるかどうかも、こちらでは把握できてはおりませんでしたので」

「汚職に加担している者やダドリーの実家とその繋がりに絡んだ懸念だな。現在調査中ではあるのだが……魔法薬に限らず、倉庫の押収品のいくつかについては、何やら贋作と入れ替えられている節も出てきてな……」

「それはまた……」


 頭が痛いというように渋面を浮かべる宰相にカールも表情を曇らせる。ダドリーの実家との繋がりに絡んだ懸念という流れでその話題を出してくるということは、ダドリーがその辺のコネを使って贋作を用意したという可能性が出てきた。少なくともダドリー一人でそんな事ができるとは思えない。例えば贋作師のような繋がりがあると思われる。


「現時点で竜の討伐が大々的になっていないのは寧ろ有難い話か。話が広まるまでの時間的な猶予はそれほど多くはないだろうが、汚職に加担していた者達に対して先手を取れる。調査の前後で不安定な時期は出るだろうが、討伐者達への恩賞等はそれらが解決してからの方が良かろうな」


 マーカスやカール達の見立てと同じところには着地した。ダドリーが実家の繋がりを使ってまで横領に組織的な犯罪をしていたかも知れない、ということまでは流石に予想していなかったが。


「陛下は討伐に関しては喜んでおられるが、ダドリーの横領や証拠品の贋作入れ替えに関してはお怒りでな。加担していた者がいるというのが事実なのであれば膿を出し切ると断言しておられたよ」


 宰相は真剣な顔でそう言って、カールも神妙な面持ちで頷くのであった。

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