第112話 ロシュタッド王城にて

「竜の結晶の話もしておこう。利用法は今後考える事になるが、私の見立てでは恐らく国宝かそれに準じる扱いになるのではないかと思う。私は魔法の心得はあっても専門外ではあるから、宮廷魔術師達の見解を述べるしかないのだがな」


 宰相はそう前置きをしてから言葉を続ける。


「研究の結果として利用法が見出された場合、結晶柱のままでは使い勝手が悪いという意見がある。先端部を加工し、杖や首飾り、宝冠の装飾とするのが良いのではないか、とのことだ。とはいえ利用法が分からないとしても、竜を討伐した象徴としての扱いになろう」


 象徴という話をするならば現時点でもそれは可能だろう。もっとも、ダドリーの実家の一件が片付いていないために、竜結晶について発表されるのはもう少し先になるのだろうとカールは思う。


「わかりました。伯爵家からは王国からの正式な発表があるまで静かにしておきます」

「それは助かる。犯罪に加担した者が口裏を合わせないよう、王都の件が一段落してからダドリー達を輸送するための人員を派遣しよう。竜の討伐やダドリーの拘束は民達の噂として、数日もあれば王都にも伝わってくるのだろうが、陛下も私も、それまでには終わらせるつもりだ」


 宰相は決然とした表情で言って、カールは「感謝します」と頭を下げた。

 そこに扉をノックする音が響く。


「どうぞ」


 カールが応じると、使用人が「陛下がおいでになっております」と伝えてきた。カールと宰相が揃って国王を迎えるために立ち上がり膝をつくと、そこに一人の人物が入ってくる。


 歳の頃は宰相よりも若い。深い色合いの青い髪と瞳が特徴的な人物だった。


「待たせてしまったな。まあ、面を上げて腰を落ち着け、楽にしてくれ。事件の性質上、謁見の間は使えないから直接来たというわけだ」


 ロシュタッド王国国王リヴェイル=ロシュタッドだ。若い王で、王位を継承してから3年目となる。


 リヴェイルは王位継承からまだ日が浅いということもあり、地盤固めに力を入れているとカールは王都の事情を聞いたことがある。とはいえ、宰相を含めた側近達は忠臣として知られており、懸念はあまりないということではあるが。


「まず、余からも竜の討伐が果たされたことを言祝ことほいでおこう。フォネット伯からの書状には目を通したが、セレーナ嬢らはよくぞ突発的な緊急事態を収めてくれた」

「ありがとうございます。妹には私から陛下と閣下のお言葉を伝えておきます」

「うむ。表立ってまだ発表できないだけに、それが伝われば伯爵やセレーナ嬢達、領民も安心できるであろう」


 リヴェイルは穏やかに笑って応じる。


「そもそも……竜相手ともなれば領地一つで対応をというのは厳しい話だ。国の事情、方針に従って窮屈な想いをさせてきたこと。その上で余の顔を立てて竜の秘宝を献上してくれた忠心には応えよう」

「竜素材については、討伐者にという形となりましたが――」

「それについては当然であろう。書状を読む限り王国も伯爵家も、討伐には関わっていない。竜の秘宝にしても独占しても文句は言わなかったのだがな」

「鉱山は当家が管理しておりますが、陛下からお預かりしているものです」

「はっは。どこぞの不埒な役人やその仲間達にも見習ってほしいところではあるな」


 リヴェイルが愉快そうに大笑する。どこぞの不埒な役人とその仲間。つまりはダドリーの仲間達の事だ。

 リヴェイルは表情を真剣なものに戻して言葉を続ける。


「全く、余の膝元で舐めた真似をしてくれる。父から王位を継ぎ、国内の安定と将来の安寧のために力を使ってきた。その裏でこんなことをして、あまつさえ竜にすら手出しをするとは」


 王国としてはどうしても大樹海対策と対帝国を考えなければならない。

 その上でまず事に当たっている、ないし当たる事になるのが辺境伯家だ。

 王家は後方――国内の安定、国力全体の増強、南方との関係維持に努めており、それらを円滑に進める意味でも王位継承直後の動きとして地盤固めは重要度が高い。


 だからこそ、竜が暴れて大騒動になっていれば王位継承からの経過が台無しになるところだった。リヴェイルや宰相がダドリー達の行いに怒るのも当然の話と言えた。




 冒険者ギルドで薦められた武器屋に向かい、クレア達はセレーナの予備武器を見繕う事になった。


 予備という事でセレーナとしては安物の間に合わせでも良かったのだが、竜素材の細剣がどれぐらいで出来上がるか分からない。手入れについてもまだ調べがついていないし、多少付き合いが長くなる可能性もある。予備とは言えそれなりに良い物の方が良いという意見をグライフが出し、セレーナも納得した形だ。


 向かった武器屋は自分で鍛冶をしている職人の店ということだった。冒険者ギルドで聞いただけのことはあり、実用性を重視した王都では少し珍しい店という話だった。王侯貴族の需要もある王都では、装飾性や奇抜さを重視した店というのもあるのだ。


「どんな武器を探してるんだい、嬢ちゃん」

「細剣です。大樹海での魔物相手の戦いを主に想定しておりまして……軽くて頑丈なものが望ましいですわ」

「大樹海か……。あそこの魔物は種類も数も多いからな……。あんなとこそうしなきゃいけない事情でもないなら、そもそも行くもんじゃねえってのが俺の意見ではあるんだが」


 武器屋の店主はそう声を漏らすと、実際に陳列されていた細剣をセレーナに差し出す。


「ちょいと抜いて構えてみな」


 セレーナが言われた通りに細剣を抜いて構えると。店主の表情が少し感心したようなものに変わる。


「なるほどな。嬢ちゃん、見かけによらず相当鍛えてるみてえだが……。刀身の長さや重さはどうだ?」

「恐れ入ります。前に使っていたものと比較すると長めで、少し重いですわね。ただ、身体強化の魔法は得意ですから、振り回していて苦になるかと言われるとそんなことはないかなと」

「あー。そういう感覚は信じといた方が良いぜ。大樹海なら連戦も有り得る。持ってすぐ感覚の違いが分かるなら、実戦が長引くと体力の消耗もかなり違ってくる。もう少し短くて軽い方が良いだろうよ」


 店主はそう言って店の奥に一旦引っ込み、細剣を持ってくる。

 セレーナは実際に手に取って構え、軽く振るってから頷いた。


「扱いやすそうですわね。軽くて持ちやすいですし、長さや重さも……。違和感はありません」


 セレーナも納得し、そのままその細剣を購入する。実用性重視といった印象で特別なものでもないので、竜素材の武器をそのまま腰から吊るしておくよりは目立たないだろう。予備としては良い物が手に入ったのではないかと、セレーナは満足そうに頷いた。


「そっちの兄ちゃん達は、武器は良いのかい?」

「俺は持っている武器があって必要がないし、二人は魔法使いでな。だがまあ、眺めるだけでも勉強にはなっている。扱う者の事が考えられた工夫が見られて、面白い」

「ふむふむ」


 クレアが興味を示すと、グライフも頷き、例えばハンドガードの形状や柄部分の形状等々、装飾ではなく防御や咄嗟の柄頭による攻撃のために使うだとか、鍔迫り合いになった時に優位性を持つだとか、明確な意図があるように見える、とそう解説した。


「中々話せるな、兄ちゃん」

「参考になりますね……」


 これから竜素材の武器を作るつもりでもいるクレアとしてはグライフの話や並んでいる武器から学べるものもあるだろうと店内を眺めつつもそうした話に耳を傾ける。


 武器の話をした後、クレア達は店を出る。


「さて。この後はどうしましょうか」

「買い物や観光をする時間もあるでしょうけれど、一応ダドリーの実家――宝石店の位置も確認しておくのはどうかしら?」

「なるほど……。確かに大事ですね」


 ディアナの提案に頷き、クレア達は次にその辺りのことを調べておくことにしたのであった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――

今年最後の更新となります。本年は誠にありがとうございました。

来年も更新等々頑張って参りますので、どうぞよろしくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る