第265話 村で待っていた相手は

 クレア達はそのまま、一晩をロナの庵で過ごした。その際もクレアはいつもロナの庵で暮らしてきたように庵の周りのことを手伝うようにして過ごしたから、クレアが普段どんな生活を送って来たかがシルヴィアやルーファス、ジュディスにも分かるものだった。


 魔法修行の様子が実際にどんなだったかもクレアは話して聞かせた。ロナから時々抜き打ちで偽装解除の魔法が飛ぶのだ等と話していると、ロナから実際にそういった偽装解除の魔法が不意に飛んできた。


「っと……」


 寸での所で偽装解除に抗うと、ロナがくっくっと肩を震わせて笑う。


「こういうのも久しぶりだが……腕は鈍っちゃいないようだね」

「いやあ……修業時代はかなり鍛えられましたが、今のは結構危なかったです」

「そりゃ、実力に合わせて高度なものにしていくってのも修行の内容だったからねえ」


 そんな師弟の会話を交わしながらも少女人形の方はどこか嬉しそうにしている。


「高度な内容だな……。今の術を不意に放たれたら私では防げない」

「私もだわ。領域主を討伐したというから分かっていたけれど、やはりすごいお師匠様なのね」


 ルーファスとシルヴィアもうんうんと頷き合う。クレアが固有魔法に目覚めてそれを開発していった話であるとか、人形を操ることに興味を持っていたことであるとか、そう言った話をしていく。


「糸の固有魔法か。運命の子に糸というのも、色々考えてしまうところではあるけれど」

「糸は運命の寓意を持つ、ですか」

「そうね。人の一生を、糸を紡ぐことになぞらえる……。そんな女神様のお話に沿ったものだわ」


 運命の女神の話だ。糸を紡ぎ、長さを測り、切れるまでを誕生から人生、死になぞらえる。クレアも前世では運命の三女神の話は知っているが、糸を人の人生や運命になぞらえるというのは、こちらの世界でもある発想のようだ。

 発想、と考えるのも違うのかも知れない。そういう話の元となった偉人どころか、本当に神、神族に類するような、人知を超える存在がいてもおかしくはない世界なのであるから。


 神族の話はクレアも調べたが、伝承はあっても今現在奇跡を齎しているような存在は調べた限りではな確認できていない。信仰はあってもだからと言って神々の力を借りて魔法を行使しているわけではない。寓意魔法ならば信仰心がなくとも伝承になぞらえたような現象を起こせるし、それで神々の存在を感じるようなこともない。

 もっと小さな範囲の……土地神、土地の主。そういった存在ならば領域主も含めてちらほらいるが。


 いずれにせよ、そうした神々の逸話は寓意魔法として使えるかも知れないと、クレアは両親やロナと言葉を交わしていく。


「運命の女神と寓意が一致するというのなら、そうしたものになぞらえた魔法も使えたりするのでしょうか」


 クレアが首を傾げると、ロナは少し思案してから口を開く。


「ふむ……。まあ、神々も興味深いがね。あまり人知を超えた存在の力にまで手を出したり、委ねるべきじゃない、とあたしは思うよ」

「確かに……。運命なんて不確定なものですからね。私も、呑まれたり委ねたり流されるよりも、自分の手で切り開く、というような。そういう方が運命に対する考え方としても好みです」


 もし自分の魔法を運命になぞらえるのだとしても、そういう方向性だけは芯……根っこの部分として定めておかなければならないだろうと、少女人形が拳を見つめて握るような仕草を見せたのであった。




 明くる日、クレア達はロナの庵から開拓村に向かって再び移動することとなった。道中、直線上を通るようにしてクレアの庵も見ていくルートを取る。魔女として領地を確保した土地ということで、一帯の主を倒した話にも興味深く耳を傾ける両親とアルヴィレトの面々であった。


「こっちも綺麗な庵だから、一度は泊まってみたいわね」

「確かに。ロナ殿の庵の浴場もクレアが作った物だというし」

「まさか大樹海で湯浴みができるとは……」


 そんな風に話をする両親やジュディス。クレアの足跡を見ながら開拓村への帰途につき――そうして戻ってくる。


「ああ。戻って来たみたいだ」

「無事戻って来られたようで何よりね」


 クレアの家の裏庭にいたニコラスが、大樹海を抜けて姿を見せたクレア達を認めて言うと、ルシアも頷く。


「お待たせしました」

「私達も先程ついたところよ」

「父上からの伝言と追加の支援物資も預かってきてる。裁量で避難民の援助や、現地での救出作戦、ダークエルフ達の拠点防衛に役立てて欲しいって」


 ルシアが笑って応じ、ニコラスがリチャードからの言葉を伝えてきた。


「それは――助かりますね。また改めてお礼を言いに行かないといけません」

「寧ろ、父上の方が感謝して、自分が直接支援できなくて済まないと言っていたわね……。それと……第五皇子のことだけれど――」


 ルシアが一旦言葉を切って、リチャードの言葉を続ける。


「あの国は他国に貴族等にも犠牲を出してきたし、政治的な問題にしようとするならば自分にも考えがある、と。それに……向こうの魔法装置の暴走か仕込みだものね。必要ならそれを証拠付きで暴露してやればあちらの国内問題となる、と言っていたわ」

「それは何と申しますか……心強いことです」


 クレアはルシアの、というか、リチャードの予想以上に好戦的な意見にそう応じる。少女人形も目を瞬かせていた。


「帰って来たの?」

「そのようですね」


 と、その時、家の中から顔を出したのはシェリーとディアナだ。


「ただいま戻りました。シェリー。来てくれたんですか?」

「ええ。またすぐにあちらへ戻ってしまうかと思ってね。治療のこともあるし。ルーファス様も……お怪我のないようで何よりです」

「御覧の通りだ、シェリー殿」


 シェリーにルーファスが応じる。一礼して言うシェリーにクレアは頷いて、傍らのシルヴィアとシェリーを交互に見てから口を開く。


「紹介しますね。私の母です。あちらで再会することができました。――お母さん。この方はシェリーさん。私の友人で父の治療をしてもらっている方なのですが……私と似たお忍びの立場であったりします」


 そんなクレアの言葉に、2人とも驚きを見せたが、それも一瞬の事だ。


「――クレアのお母君とは」

「お会いできて嬉しく思います。シルヴィアと申しますわ。お話の続きは――家の中でしましょう」


 シェリーは頷くと、クレア達と共に家の中へと入った。


 応接室で腰を落ち着けると、チェルシーが茶を運んでくる。


「ありがとうございます、チェルシー」


 クレアが声をかけるとチェルシーはこくこくと頷いて退出していった。


「では――改めまして」


 シェリーはスカートの裾を摘まんで折り目正しく挨拶をする。


「ロシュタッド王国王女、シェリル=ロシュタッドと申しますわ。以後お見知り置きを」

「アルヴィレト王国の王妃シルヴィア=アルヴィレトと申します」


 シルヴィアも丁寧にあいさつを返し、そうしてお忍びとしての名前や身分であるとか、クレアとの出会い、服飾の依頼や友人となったこと。治癒の固有魔法を持っているからルーファスの治療を担当している、と辺境伯領に出向している経緯も含めてシルヴィアに伝える。


「それは――お礼を言わねばなりませんね」

「ああ。お陰である程度は立って、少しは動けるようになったからね」

「私も王族としてこの地で学びながら友人の力になれて、嬉しく思っているのです。固有魔法の制御訓練にもなっていますから」


 ルーファスとシルヴィアに微笑むシェリル。そんなシェリル王女に、2人も好印象を抱いたようで柔らかい笑みを向けるのであった。

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