第290話 伯爵家の現在は
クレア達を乗せた商会の馬車は開拓村から街道を通り、鉱山方面や再興された町を眺めながらフォネット伯爵領に向けて進んでいく。
鉱山再開発の関係で伯爵領側は王家の支援があり、辺境伯側も開発に積極的だったということもあって、街道そのものと周辺の開拓地、宿場町、鉱山町といった拠点は急速に発展を見せていた。
国内から仕事を求めて人が集まり、街道も村々、宿場町、鉱山町と、雑多な賑わいを見せている。それらをシェリーは馬車の車窓から熱心に眺め、鉱山用の設備等やその方法をセレーナに質問していた。
セレーナも鉱山関連についてはよく勉強しているらしく、シェリーの質問に対して分かりやすく答えを返していく。クレアと相談して鉱山関係の病気対策なども考えているそうで、鉱山夫の安全を守るための護符なども自作して領地に送っていると言った。
「これはクレア様から聞いて知ったことなのですが――目に見えない程細かな塵を、長期間継続的に渡って肺に吸い込んでしまうことで、後々病となって出てくる、というわけですわね。実際、それらしき症例の者達は記録にも残っています。これを防ぐ作用を持たせた護符を用意している、というわけです」
空気浄化の結界護符。こうしたものを作業現場に持ち込んだり、個人携帯用の護符を貸し出しておけば鉱山夫の健康維持に役立つ、というわけだ。
水源の汚染を防ぐための浄化用魔法道具なども作っており、実際にそれらも既に運用しているとセレーナは伝える。
「素晴らしい知識と方針ね……」
そうした話を聞かされたシェリーは車窓からの景色を眺めたりセレーナとクレアを見たりしながら頷いていた。
「やはり経験を積んだ人員は大切にしたいですから」
経験豊富なベテランが長く勤めてくれれば作業効率も上がるし、色々な状況にも対応できる。後進の育成にも繋がるだろう。
人員を平気で使い捨てや捨て駒にする帝国とは違う、という考えもあるのだろう。
話をしながらも馬車は進んでいき、やがてフォネット伯爵領の領都へと到着する。寂れていた時期もあったが、元々鉱山で栄えた場所だ。移住者が増えれば通りの一通りも増え、新しく家々も建てられ、こちらも賑わいを見せていた。
「少し来ない間に、どんどん発展しますねえ」
「そうですわね。ここで育った身としては、故郷が発展していくのが嬉しくもあり、知っている景色が変わってしまうのが少し寂しくもあり、と中々複雑な気分ですわね」
そう言いつつもその光景に眼を細め、嬉しそうにしているセレーナである。
昔から居を構えている住民は店舗を最初から持っている、人脈もある等々、優位に立ち回れるところも大きい。最初に開発に乗り出した商会も彼らの店舗と互助関係にあるため、領地の発展で良い影響を受けていることが多いのだとセレーナは語る。大通りを進んでいると通りの向こうから迎えの一団がやってくる。騎士団を伴ってやってきたのは、セレーナの父のマーカスと、兄のカールであった。
商会の馬車の車列を認めると相好を崩して下馬し、近くまでやってくる。
「よくおいでくださいました。領地の恩人、そして商会の方々の来訪をお待ちしておりました」
「屋敷まで案内致します」
という二人の言葉に御者が礼を言い、そのままゆっくりとフォネット伯爵家の敷地へと入っていった。玄関でパメラや使用人達も外に出て待っており、クレア達が馬車を降りると改めて恭しく一礼した。
「改めまして、道中はるばる、良くお越しくださいました」
「伯爵家一同、歓迎いたします」
相手は国王や王女といった面々ということもあり、礼を失することはできない。かといってお忍びなので、領民の目が届かない場所まで来てからの挨拶という形になった。
「歓迎してもらえて嬉しく思う。娘も親切にしてもらったようで、あなた方にはとても感謝している」
「改めて、礼を言います。セレーナ嬢にも様々な場面で助けてもらっていますから」
ルーファスとシルヴィアがフォネット伯爵家の者達に伝える。
「いやいや、礼をお伝えしなければならないのは私達の方です。鉱山竜討伐は、クレア殿がいればこそで、それがなければ今日の領地の発展や再開発とて、なされませんでしたからな」
マーカスはそう答えつつ、王と王妃に続いて、クレアとシェリー……王女達にも丁寧に挨拶をする。
「お二方も、歓迎いたしますぞ。ご健勝そうで何よりです」
「ありがとうございます」
「歓迎、嬉しく思います」
クレア達もそれぞれ礼儀作法にのっとり、スカートの裾を摘まむようにして挨拶を返した。
「とはいえ、王都から来客があるまでは私達も私的な訪問だし、お忍びです。今から堅苦しいのも何ですし、気軽に接してもらえると助かります」
そんな言葉に、マーカス達も少し笑って、それからクレア達は屋敷の中に案内される。玄関ホールに入るとそこにはセレーナに穿たれた竜の骨が結界に守られる形で折れた細剣と共に台座に展示されており、しっかりと視界に入ってくるようになっている。
「これはまた……」
「すごいものですね。これほどの竜を討伐したとは」
ルーファスとシルヴィアはその光景に眼を瞬かせる。シルヴィアの護衛であるジュディス、シェリーの護衛であるポーリンといった者達も竜の骨から鉱山竜の大きさを把握することができたのか、食い入るように見ていた。
「大牙などの一部素材は利用されておりますが……家宝ですな」
「これは、展示することで伯爵家との繋がりを持ちたいと望む者も多くなるかと」
ルーファスは朗らかに応じる。一同は暫くの間竜の骨を眺めた後、客室に案内を受ける。
生活に必要なスペースは客室周りで完結している。庭園、玄関、ホールから応接室や客室に向かう廊下。それから客室の中。応接室、食堂。トイレ。こうした部分を修繕し、殺風景にならず、華美になりすぎない程度に調度品が配置される。
倹約を続けてきたフォネット伯爵家ではあるが、家人の趣味の良さやその審美眼の確かさを見て取ることのできる内装と言えた。
総じて、家長は堅実で誠実な人物なのだろうという印象を与えるもので、マーカスのイメージや実像に合致していると言えた。
シェリーもそうした雰囲気を気に入り、機嫌よく楽しそうに内装や窓から見える庭園に視線を巡らせていた。
実際のところ、こうした内装、調度品、庭園の植物類は商会が手配したものだ。南の国々からの品々には貿易で手に入った逆輸入品などもあり、一貫したテーマに沿って内装を整えることも難しくはない。
クレアを介した商会との繋がりもあって、そうした内装や調度品の手配も間に合わせにはならずに効率良く進んだ、というわけである。
庭園には南から入手した植物なども植えられているということで、客室に荷物を置いてそれらも見に行く、と言うことになった。
「それでは、僭越ながら案内役を務めさせて頂きましょう」
カールが穏やかな笑みを見せて、庭園へと先導する。リヴェイル王達の来訪は一日遅れだ。商会の馬車は商談も終わったという体で、クレア達を残して宿屋に向かい、そちらに宿泊する予定だ。
明日の会談まで十分な時間もあるということで、クレアは親子や友人、その家族を交えてということで、庭園の風景、珍しい花といったものを楽しませてもらうのであった。
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