第291話 伯爵邸での会談
「来る途中で色々見せて頂きましたが、かなり発展している様子ですな。我が領の後方に堅実な領主家が構えていてくれるというのは有難いことです」
「リチャード殿にそう言って頂けるのは恐縮ですな」
クレア達が庭園を見ている風景を窓から眺めながら、マーカスとリチャードは会談が始まる前に話をする。ちなみにリチャードもお忍びだ。他領や国内の統治に対してあまり口出ししない辺境伯だから、他領への訪問自体が珍しいし注目される。秘匿された会談ではあるが人任せにはできないと、ルシアを名代にだけはせずに自身も出てきている形だ。
一方で国王リヴェイルの伯爵家訪問は正式なものであり、会談が終わったら実際に視察もしていく手順となっている。
だからリヴェイルが到着すれば、シェリーもシェリル王女として会談に臨むことになる。クレアやセレーナ、ルシア、ニコラスといった面々も同様だ。
「ともあれ――セレーナ嬢より報告は受けているかも知れないが、マーカス伯爵にはもう少し詳しく最近の状況を伝えておくべきかと思った次第です。会談の結果や王国の方針などにも納得して動きやすくはなるでしょうし」
「それは助かります。辺境伯は他領への方針は以前と変わらず、といった様子ですからな」
辺境伯家は中立的だ。だから、状況を知らせはしてもああすべき、こうすべきとは助言もしないし圧力も加えない。基本的には国防の妨害をしていなければ干渉してくることもないというスタンスである。国王や他の領主が背中から撃つような真似をしなければ合わせて動いてくれる。逆に言うなら、そこを妨害してくるような相手に対しては王国貴族であろうと容赦をしないのだが。
「――というわけで、巨人族の住んでいた北方でヴァンデルを撃破し、彼らと共に戻って来た、という状況ですな」
リチャードは情報をマーカスと共有していく。
「……凄まじい戦果を挙げていますな」
「思うに……彼女の固有魔法は応用範囲が広く、寡兵であることを問題にしないのでしょうな。数的な不利を覆すことのできる特性とでも言いますか。寡兵で戦える状況を作れる仲間、対応できる仲間もいて、個人の戦闘能力も高い。当人は平穏を望んでいるというのに、皮肉なものです」
マーカスの言葉に、リチャードは庭園で両親や親しい者達と談笑しているクレアを見て言った。
クレアは普段通りであまり表情は動いていないが、遠目から見ても少女人形は嬉しそうに活き活きとしている。人形の動きに注目して見るならば、本当に平和的な性格ではあるのだ。
娘のセレーナもそうだが、平穏なところで暮らしていて欲しいと思えるような性格。それでも各地の戦場で一騎当千と謳われたヴァンデルを討伐できるほどの戦闘能力を備えているというのだから、親のような目線で見てしまうマーカスとしては気の毒に思えてしまう。
それでも、恐らく現在の王国、帝国、周辺国を合わせて見ても、屈指の強者と言えるのだろう。であるなら、国を取り戻すための手助けをしてやりたいとも思う。リチャードは何も言わないが、恐らくはそうした想いはあるのだろうとマーカスには感じられる表情ではあった。
王国の領主としての立場が絡めばまた話は変わってくるのだろうが、心情としては可能な部分では味方でいてやりたいと思っているのだろう。
マーカスもまた、娘のことを抜きにしてもクレアのことを可能な限り支援してやろうと、そう思いながらも庭園の光景を眺めるのであった。
ロシュタッド王国の国王リヴェイルがフォネット伯爵領を訪問してきたのは、明くる日のことだ。
リヴェイルは顔を合わせると初対面の者達と和やかに挨拶を交わす。
ルーファス、シルヴィア、それから帝国各地から合流した部族の長達、その子息達と自己紹介をすると、それからクレア――ドレス姿に着替えたクラリッサに視線を向けてから真剣な表情で続ける。
「まずは帝国内で戦ってきた者達が――無事に戻ったことへの喜びと、勝利への祝いの言葉、そして血を流した戦士達への慰労の言葉を伝えたい」
「ありがとうございます。共に戦った方々も、その言葉を聞けば喜びましょう」
リヴェイルから視線を向けられたクラリッサがそう応じると、リヴェイルも頷き、それからマーカスを見た。
「それでは、会談を始めると致しましょう」
リヴェイルに頷き、マーカスが言った。会談の場を貸し出す者として、議題進行の役回りを務めている形だ。
「では、まず私の方から現状についての報告を」
リチャードが口を開き、どのような作戦を立て、帝国でどう動いたか、その結果がどうなったかについて話をしていく。
ネストールの撃破に始まり、各地での帝国部隊の撃破、人質の帰還と合流。各種族、部族の協力の取り付け。そしてバルターク、ヴァンデルの撃破。それに関してリチャードがどう受け取り、どういう方針で動こうと思ったか。
「魔将ネストールと2名の武闘派として知られる皇子の撃破という大戦果ではありましょう。ほとんど完璧に近い形の情報封鎖と敵兵力の再復帰を封じる方法も見事なものと言えましょう」
リチャードの報告を、リヴェイルは驚きを以って受け止める。
聞きたいことや疑問点はあるが、話の腰は折らずに最後まで話を聞いてからだと、真剣な表情で耳を傾けていた。
「それに対する帝国の反応についての予測ですが――それを為した者、つまりこちらが自ら喧伝しない限り、帝国はそれらに対し大きな動きを見せない、と私は見ております」
「ほう」
リチャードが言う。帝国は各地の動きを見ても、兵達の実際の動きを見ても、大樹海に侵攻するための準備を進めていることは間違いない。しかも何かしら、急いでいるような印象であるとか、それを裏付けるような情報もリチャードは掴んでいた。
シルヴィア達とは別に、辺境伯家お抱えの諜報部隊を帝国内に潜り込ませているのだ。ただ、辺境伯家の諜報部隊に関しては主に南方、国境周辺の動きを探るものであり、反抗組織とはまた掴んでいる情報やルート、得意としている分野等々、その内容に違いがある。
「皇子達への敵討ちを前面に打ち出してしまうと大樹海侵攻が遠のくというわけか」
「そういうことですな。それに――誰がどうやったのかは分からずとも、一連の流れの中で一つの意志と方法で行われたもの、と……帝国も気付くでしょう。そこで彼らが警戒するのは――」
「各個撃破と、主要な武人の暗殺、ということになるだろうな」
「そういうことです。大樹海侵攻を諦めないのであれば、各地に戦力を回すことはできませんし、敵討ちにしても地下都市以外の者達は姿を消しておりますからな」
そして、唯一所在の分かっているダークエルフの地下都市は堅牢だ。もし再度軍を差し向けられたところで、ウィリアムの固有魔法によって補給の問題が解決している以上、ダークエルフ達は徹底して篭城しながら帝国への消耗を強いる方向で動くし、リチャードとしてもアルヴィレトの面々としてもそれを全面的に支援するつもりだ。
戦況によっては南方側に軍を引き戻させるように情報を流したり騎士団の動きを見せたりして、帝国を誘導してもいい。いざという時はウィリアムの固有魔法を活用すれば彼らの脱出するための退路にもなれるだろう。
「我々としても、緒戦で奇襲を受けた時とは違います。仮に再度攻め寄せてくるのだとして、今度は万全の体勢で迎え撃つのだと、皆言っておりました」
ミラベルは静かに戦意を漲らせつつそう言う。そんなミラベルの言葉に、北方の周辺地域、周辺国に関しては一先ず問題ないだろうとリヴェイルやリチャード達は頷き合うのであった。
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