第289話 フォネット伯爵領での会談

 ルーファスとシルヴィア。それにクラリッサと王家の者達が生きて揃ったことで、アルヴィレト王国の者達はその士気を大いに上げていた。


 一方でロシュタッド側はどうかと言えば――アルヴィレトはロシュタッドとも秘されているが同盟関係だ。


 国防や領地経営の勉学という名目でシェリル王女をトーランド辺境伯領へ出向させているのもアルヴィレトの関係を重視しているという現れであるが、王女だけならばシェリルと同格であったが、帝国から国王を救出、王妃を発見して合流したともなれば、また少し状況も違ってくる。


 帝国の現状や戦況に関しても連絡は取り合っている。クレアがルーファスやシルヴィアを救出し、現地勢力を味方につけて敵軍を打倒したことなどもだ。


 そんなこともあって、ロシュタッドの国王リヴェイルとしても、クレア達を矢面に立たせてシェリル王女を派遣しているだけ、というのも問題があると判断した。

 王女クラリッサについてはシェリルの手紙で色々と日常で仲良くしているという話を聞いており、人となりの凡そは聞いている。治療しているルーファスも物腰の柔らかい、礼儀正しい人物だとも。だがクラリッサ、ルーファスとシルヴィアを知る意味でも、一度揃ったところで会談する機会を設けたいと、シェリー宛ての封書に、一緒に親書を紛れ込ませてきた。


 クレア達はそれに了承する旨の返答を行い――次の作戦が始まる前に会談が行われることとなった。


 会談場所はフォネット伯爵領だ。鉱山再開発により領地が発展中ということもあるし、辺境伯領と王都を繋ぐ位置にあるため、利便性が良く、視察名目で訪問が容易である。

 辺境伯家はできるだけ国内政治には影響を与えないように立ち回っているということもあって、シェリルがいるのに更に国王を辺境伯領に招いたり、逆に辺境伯家から王都に会談相手の馬車を護衛して送ったりすると、無用な憶測を呼ぶこともある。


 その点フォネット伯爵領であれば街道を行き交う馬車も多く、開拓村からの接続も良い。商会の隊商を装ってアルヴィレト側の護衛を付けての移動も簡単になる、というわけだ。


 もっとも、クレアに限った話をするなら小人化を使って箒で単身に見せかけながらの集団移動ということできるのだが。ともあれ今回はロシュタッドとアルヴィレトの会談ということで、商会が護衛しての移動となる。


 シェリーも同席する形だ。友人であるクレアやセレーナと、世話になっている商会の隊列に便乗してフォネット伯爵家に立ち寄る、といった名目での移動となる。


 北方で合流した各部族の代表も同行する。こちらもヴェールオロフのように多数の王族が列席するということで、会談としては結構な顔触れと言えるのだろう。


「いやはや……。会談に居並ぶ方々を見るに、お屋敷の改修を進めておいて正解でしたわね……」


 フォネット伯爵領に向かう馬車の中でそう言ったのはセレーナだ。

 鉱山竜が討伐される前のフォネット伯爵家は困窮していて、屋敷の修繕なども後回しになっていたが、竜素材と鉱山再開発によって伯爵家の台所事情も良くなったのだ。


 修繕を進めたのは何も金回りが良くなったから享楽でというわけではなく、再開発で人の往来が増えると商談や交渉事で来客が増えると予想されたからだ。そこで修繕もままならないままなどという姿を見せると交渉相手から軽く見られたり、足下を視られたりということもあるから、実はかなり重要なことだった、と言える。


 といっても、屋敷の全てを改修、修繕するにはまだ時間が足りないとフォネット伯爵からセレーナに宛てた手紙には記されていた。正面玄関から応接室、客室といった来客を想定した部分を最優先で修繕して残りは追々進めているということらしい。


 売却せずに手元に残した竜素材自体を玄関ホールや応接室に調度品としていたりもするが、そこは竜滅の騎士の称号を受け取った娘、セレーナのことを誇りに思っているというフォネット伯爵の意志の表れでもあるだろう。


 ただ、それはクレアも伝えているが、馬車の中にゲストであるシェリーがいるので移動中に話すことはしない。

 領地の再開発が進んでいる、ということだけを伝える。


「出稼ぎに行っていた領民が戻り、新しく移住した領民が増え、かなり活気が出てきているのは間違いないようですわ。その分、少し雑多に映るかも知れませんが」

「そういう過渡期を見ることができる、というのは貴重だわ。色々と学べるものもあるはずよね」


 シェリーはセレーナの話に笑みを浮かべつつそう答える。


「そうですわね。急激に発展していく最中というのは、今だけだと思いますわ。それに付随する問題は兄様が対処に当たっているはずですので、色々とお話も聞くことができるかと」

「カール卿ね。彼は王都でも評判が良かったわ」

「そうなのですか?」

「ええ。礼儀正しく文武両道だと信頼できる方々から。フォネット伯爵領の次期領主として安心だと言われていたわね」


 フォネット伯爵領は鉱山竜の問題を抱えていたから、そこの領主候補はどうしても国の上層部からは注目されるということだ。

シェリーから聞いた兄の人物評に、セレーナは嬉しそうな表情を見せた。


「ええ。私も自慢の兄ですわ。カール兄様がそういう方ですから、私も安心して家を出る事ができました」

「セレーナさんが辺境伯領に来る前のお話ですね」

「はい。兄様はいざという時は私の方が自分よりも領民を守れるだろうなんて……そんなことを言っていましたが」


 セレーナは目を閉じて首を横に振る。

 自分がきちんとした王国貴族たろうとするのは、手本となる人物が身近にいたからだとセレーナは語った。


「ですから、兄がそう思ってくれていることは誇りには思えても、兄の座る場所に自分が相応しいとは思えませんわ。私が領民に良く思ってもらえることだって、両親や兄が普段から積み重ねてきたことの結実なのですから」


 強ければ良いという理屈は帝国ならば是とされるのかも知れない。王国でも武力は重要だが、それが全てではあるべきではない、とセレーナは思う。


 人望だとか、民に慕われる誠実さや信頼だとか。そういうものは先祖と兄がここまで重ねてきたものなのだ。少しばかり剣の才があっても、それに見合う努力をしてきたかと言われるとセレーナは自分が才能頼りであったと振り返って思う。かつては理由が分からずに言語化もできていなかったが、自身の固有魔法について把握した今ならば、薄っすらとそう感じていた理由も説明できる。


 実際当時のその微かな直感めいた感覚は正しくて、剣の才能というよりは目が良くて見切れるから、というその一点で剣の腕も優れたものになっていたのだ。


 固有魔法について知った今は――それに奢らず前に歩んでいられるのも師と姉弟子が良かったからだとセレーナは思う。的確に導いてくれる師がいて。純粋にできることが増えることが楽しいからと。努力を努力と思わずに前に進んでいける姉弟子がいて。

 周囲に恵まれた。ならばそれに恥じない自分でありたいと、そう思うのだ。フォネット伯爵家の家族も……セレーナがそう思うことの原点であると言えよう。


 そんな兄の現在の領地に関してのシェリーとの会話というのは――セレーナとしても興味深いものだ。見ればクレアとしても興味のある話題であるらしく、肩の少女人形がふんふんと首を縦に振って身を乗り出している。


 アルヴィレトの王女としては、確かに興味深い話題ではあるだろう。自分も久しぶりに兄とのんびり話をしたいと、セレーナは少し脳裏に穏やかに笑うカールの姿を思い描くのであった。

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