第126話 師への旅の話

 母屋に戻るとテーブルの上に人数分の茶が並べられていた。茶は大樹海で採取された香草を乾燥させた葉で作ったもので、すっきりとした良い香りが漂っている。


 疲労回復の薬効もある香草によるものなので、旅をしてきた面々を労い、ディアナの来訪を歓迎する意図があるのかも知れない。

 ロナはと言えば料理も終わったのか、腰を落ち着けていた。


「まあ、その辺に座りな。旅の話でも聞かせてもらおうかね」

「そうですねー。色々お話したい事があります」


 クレアがこくんと頷き、一同は腰を落ち着けた。


「ああ。良い香りだわ」


 ディアナは茶の香りにそんな感想を漏らす。それからクレア達は旅先であったことをロナに話していく。


 まず往路で鉱山を見てからフォネット伯爵家に向かった事。

 セレーナの両親と兄や領地の人々の様子。往路でのフォネット伯爵領は平和な印象だったという話。マーカス達も親切だったという事。竜鱗を預かった話について聞く。

 そうした家族や領民達の間でセレーナが育ったという話にロナは納得というように頷きながらも相槌を打つ。


 それからミュラー子爵領に到着してから船に至るまでの経緯。船でのパトリックやディアナの様子を見て、名乗り出る事を決めたという話。


「私には王女というよりも肉親として心配しているという印象に感じられました。パトリックさん達もそうですが……悪い人ではないように感じられましたし。私の行方が分からなくなっている事で、心労を掛けさせたくないな、と」

「あんたがそう判断したのなら、それでいいんじゃないかね。名乗り出る事の意味も分かって、考えた上での行動なんだろ?」

「はい。将来的に身に付けなければいけない事は増えましたが……まあ、新しい事を覚えていくのは嫌いじゃないですし、私にできるだけのことをしようかなと」


 クレアははっきりと頷く。

 アルヴィレトの王族、王女としての立場を受け入れ、それに付随してくる出来事も覚悟しているという意味でもあるが、帝国に狙われているのはどちらにせよ変わらないし、王女となったからと行動の自由がなくなるのかと問われれば現状それも違う。


 帝国から身を隠して動いているというのは元々の話だし、帝国との問題が解決した後やアルヴィレトが再興した後にどうなのかと問われるなら、大切に思える人達が周囲にいて平和に暮らせるのなら、それで良いのではないかと思えるのだ。アルヴィレトの民についての責任は、理解もしない内から敬遠してしまうのは不誠実というものだろうとクレアは思っていた。


 そんなクレアの言葉にグライフもディアナも感じ入る部分があるのか、眩しいものをみるかのように目を細めたり、何かを思うように一瞬目を閉じたりといった反応を見せる。


「そうかい。ま、あんたの人生だ。どんな選択であれ苦難ってのはあるだろうが、前に進むと自分で決めての事なら踏ん張りも利くさ。そう思える相手で良かったんじゃないか?」

「そうですね。そこは本当に良かったと思っています」


 ロナの言葉にクレアも小さく微笑んで、少女人形がこくんと首を縦に振る。


 パトリック達の考えている事。商会の方針。ディアナの職人という肩書きや表向きの目的の話もロナに共有する。


 それから、復路での話。フォネット伯爵領を経由して王都に向かう予定ではあったが――。


「旅の期間が少し伸びるって手紙は受け取っちゃいたが――全員無事だって言うし、土産話は楽しみにしてたよ」


 ロナがにやっと笑った。ロナに送った手紙については途中で紛失したり、誰かに盗み見される可能性も考慮し、伯爵領で起こった問題が解決した、とクレアは記した。

 それだけではセレーナとダドリーに関わる問題が解決したというのも可能性としてはあるのだが、全員怪我もなく無事で、大量の素材の処理が必要になったとも記しているのだ。


 単なる魔物を撃退した程度ではそうはならない。細かい経緯はともかく、伯爵領で起こった事件に予想のつく内容ではあった。


 伯爵領の領都に巡回に出ていた兵士が早馬を飛ばして駆け込んできたこと。ダドリーが鉱山方面で目撃された事などから、もしもの場合に備えてクレア達も鉱山に急行し、そこでカール達の率いる巡回部隊や、湖にいるダドリー達を発見したことを話す。


「やれやれだね。困ったもんだ」


 ダドリーやしようとしていたことを聞いて、ロナは呆れたように肩を竦める。

 大樹海で暮らしてきたロナとしては、手出しをしてはいけない相手に甘い目算で仕掛ける事には思うところはある。


 案の定、竜を激昂させてしまい、惨事を避けるため戦いに突入することになった。ロナは少し真剣な顔でクレアの立てた竜対策の作戦やその戦いの話に耳を傾ける。

 土産話ではあるが、師としてそこはきちんとした評価を下す必要のある部分だ。


「……というわけで、鉱山竜の鱗を受け取ってある程度の解析が終わっていなければ時間稼ぎと撤退ぐらいしか選べなかったとは思うのですが……」

「いいんじゃないか? 即席だろうが間に合わせだろうが、その瞬間に実行できたってのが大事だからね。まあ、伯爵は良い選択をしたよ」


 ロナがそう応じると、セレーナもしみじみと頷く。


「そこは……本当にその通りだったと思いますわ」

「振り返って見ると綱渡りでしたね」


 マーカスの判断が少し違っていたら、クレアの言う通り竜との戦いはかなり違う展開になっていただろう。

 ともあれ、竜との戦いはクレアの解析と固有魔法、ディアナの広範囲幻影魔法と併せて全員で勝ち取ったものと言える。


 鉱山竜の性質やその戦いの顛末まで聞いて、ロナは満足そうに頷いた。


「初手で視界を奪って……か。格上相手の時は奇襲が可能ならとは教えたが。イルハインの時に耐えてた事もそうだが、色々教えてる身としちゃ満足だよ」


 ロナはグライフやディアナ、エルムにも目を向け、近くにいたスピカの頭を軽く撫でてから言葉を続ける。


「勿論あんたらもよくやった。竜相手で全員無事で帰って来たってのは良い事だ」


 それから鉱山竜を討伐した後の話。領都に運んで氷室を作り素材を取ったこと。鉱山の様子。そこで発見した竜の結晶とその処遇。それから王都に向かって出発した事。


「ミュラー子爵領や王都でもそうですが、竜素材を含めて色々お土産も持ち帰っていますよ」

「そっちも楽しみではあるね。話が終わったらのんびり見せてもらおうか」


 そして、王都での話だ。

 カールを伴って王都に向かい、王都の話を聞きながら王城へと送っていった事。図書館に行って調べものをした話。


「図書館の司書さんがカルヴァンさんが後世に遺した魔法のお話をしていましたね」

「寓意魔法で書物と単語を関連付けて目的のものを探し出す、というものだった。王立図書館の司書の間では尊敬されている人物だと言ってたな」

「あー。カルヴァンの奴、そんなことしてたのかい。寓意魔法の研究を始めてたってのは知ってたが……真面目で几帳面なところがあったからねえ。あいつらしいよ」


 これはロナの使う寓意魔法に影響を受けた形ではある。カルヴァンについての話を聞いたロナは懐かしむように静かに笑う。カルヴァン達の遺品を届けたのもロナではあるが、その中にそうした研究成果があったのだろう。


 王都でもそうして一部で有名にはなっているが、辺境伯領でもヴィクトール達の名前を知る者はいる。彼らが命を賭して情報を持ち帰ったことで以後イルハインが領域外部に起こしていた被害も激減しているからだ。


「対立した教授も名誉を失って失脚した、みたいな話もしていたわね」

「くっく。カルヴァンが喜ぶかどうかはわからんとこだが、まあ不愉快な話ではないねえ」


 ディアナの口にした情報に、ロナは小さく肩を震わせる。

 王家側の出方やこれからの方針の話。ロドニーやエルトン達の話にその顛末についての話。


「ふむ。王家に関しちゃ問題なさそうだね。伯爵家としても諸々安心なんじゃないか?」

「有難い事ですわ」


 諸々というのは王家の方針とエルトン達の問題が解決したことの両方にかかる話ではある。

 それからシェリーとの出会い、再会やドレスを作るといった約束といった話も、ロナは興味深そうに耳を傾けるのであった。

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