第76話 届いた手紙
「はは……」
地下祭壇から戻って来たトラヴィスは、部屋で一人笑う。
祭壇の状態を確認した後トラヴィスがエルンストから命じられたのは、アルヴィレトに関わる遺物の解析だった。
そのくせ祭壇の扉を閉ざす魔法の鍵を皇帝は小手に組み込んで一人で握り、祭壇そのものには勝手に立ち入ることを禁じている。それを許してもらえれば、或いは王女を必要とせずとも道が開けるかも知れないというのに。
猜疑心の塊のような男というのがトラヴィスの父親に対する評だ。そうでなければエルンストも皇帝になれなかったのだろう。
外の者達だけでなく身内や友を利用し、裏切り殺し、そうして玉座に座った男。帝国の皇族ではそういう経歴は珍しくもないしトラヴィスだってそのつもりである。他の兄弟達だって腹の底では何を考えているのか。
好むと好まざると、馴染めなかった者から死んでいく。グレアムとエルザも、その母親もそうなった。
だからトラヴィスは同じ事を皇帝に対してもしているに過ぎない。
「……永劫の都、ね」
トラヴィスが呟く。
永劫の都。古代魔法王国の遺産。エルンストもクレールも時間切れを気にしているが、だからこそトラヴィスとしてはエルンストにそこに至られては困る。
トラヴィスとて興味はあるし、手に入れれば利用するだろうとは思うが、そこに至らなければ困るというような事情はトラヴィスにはない。
だからトラヴィスは鍵の排除も厭わない。早期に帝位を継承するのならば、皇帝の邪魔をした方が都合も良いぐらいだ。
自分ならば時間さえあれば鍵すらなくとも至ってみせようと、トラヴィスは部屋で一人冷たい笑みを浮かべるのであった。
「見えますかエルム? あれがトーランド辺境伯領の領都です」
「ん」
箒で空を飛びながらクレアが言うとエルムが短く返答する。小人化した状態で、クレアの襟元から顔を覗かせている形だ。町中でそこが定位置になっていたスピカは今現在、グライフを背に乗せて一緒に飛行している。
古文書の解読もまだ終わっていないしグレアム達についての続報も気になるという事で、辺境伯家に顔を出す予定である。
エルムについては空いた時間でどんな能力を持っているのかを確認したり、言葉を教えつつ、して良い事、してはいけない事等のルールを伝えたりといった学習をしてもらっていた。
クレアの糸を繋ぐことで言葉が分からなくとも意思疎通ができる。感覚的な部分を伝える事も出来るので、生まれてからの期間に比して学習の速度はかなり早い。
そしてある程度学習も進んだので、領都まで一緒にやってきたというわけだ。
エルムが魔法生物なのか魔物なのか、定義は怪しいところがあるが、いずれにせよ従魔登録をしておけば問題は出ない。
クレア達は領都に入る際に門番達へエルムを紹介し、やや特殊なアルラウネである旨を伝えつつ従魔登録を行ってから内部へと入った。
「さて。それじゃ、あたしは解読作業に向かうよ」
「わかりました。私達は必要なものの買い出しに行ったり、ギルドに顔を出したりしてから合流しますね」
「孤児院にも顔を出してきますが、この前がこの前ですし今回は領都外には出ないと思いますわ」
「はいよ」
「ではまた後程」
クレア達に見送られてロナは辺境伯家へと移動し、それぞれ行動を開始する。
必要なものを買い足し冒険者ギルドへ向かうとカウンターの奥にはギルド長のグウェインがいて3人の姿を認めるとにやりと笑った。
「おー。元気そうで何よりだ」
グウェインが言う。その様子からすると、多少の事情は辺境伯から聞いているのだろうと思われたが、どの程度のところまで聞いているのかをクレア達は知らないので「お陰様で」と普通に挨拶を返すに留める。
「ちょいと用事があって薬草を預けたって話だったな。報酬の準備もできてる。それから――グライフ。お前さんに手紙が届いてたぜ」
「手紙……?」
グライフは怪訝そうな表情を浮かべる。受付嬢から手紙を受け取り、差出人を見ると少し驚いたような表情を浮かべていた。
「確かに受け取った」
その表情も一瞬の事だ。グライフは静かに応じてギルドの端の方まで行って内容に目を通し、セレーナも薬草の報酬を受け取る。
それから3人はギルドを後にして、孤児院へと向かった。グライフは移動中も少し真剣な表情で思案をしている様子だ。
それを見て取ったクレアが尋ねる。
「グライフさん、大丈夫ですか?」
「問題はない。緊急性のある話でも無かったしな。ただ――そうだな。後でクレア嬢にも話をしておく必要があるかも知れない」
その言葉に肩の少女人形が納得したというように頷く。
「わかりました。落ち着ける状況になったところで話をしましょうか」
「そうだな」
グライフがトーランド辺境伯領にいるということを知っていて、クレアにも話をする必要があるということは……アルヴィレト関係の話なのだろうと推察された。
例えば手紙の差出人が、グライフのアルヴィレト時代からの知り合いであった場合。
だとするなら、内容によってはクレアも知っておく必要があるだろうし、クレアもまた何かする必要が出てくるということもあると思われた。
そんなやり取りを見て、セレーナももしクレアが何かをする時は自分も行動を共にしようと、密かに決意を固めるのであった。
クレア達はその足で孤児院に向かう。
エルムが手と一緒に蔦を振って挨拶すると、子供達も大分喜んでいた。
「スピカやエルムは良い子ですが、大体の野生の魔物は危ないので、信用できる人が連れている従魔以外は絶対近付いてはいけませんよ」
子供達の様子にそんな風に言い添えるクレアである。こうした注意は訪れる度に要所要所で何度かしている。小さな子供達が「はーい!」と元気よく返事をして、少女人形とセレーナ、スピカが揃って満足そうに頷くのであった。
孤児院に差し入れを行い、いつも通りに剣の訓練に付き合ったり人形劇を見せたりしてからクレア達は辺境伯家の居城へと向かった。
ロナの解読の手伝いをするというわけではないが、ニコラスやグレアム達に関する話も聞きたかったからだ。
「来訪をお待ちしておりました」
執事に迎えられて城内に入る。まだ日が高いということもあり、通された先は領主の居住スペースではなくリチャードの執務室だ。
羽根ペンを持って仕事をしていたリチャードであったが、クレア達の来訪に手を止める。
「お邪魔しています」
そんな風に言って挨拶をするクレアにリチャードは苦笑した。
「元気そうで何よりだ。何やら新顔もいるようだが」
「新しく従魔の子が増えました。特殊なアルラウネのエルムと言います」
エルムがペコリとお辞儀をする。
「なるほど。色々と気になっていることもあるだろう。ゆっくりしていくといい。ルシアーナやニコラスも喜ぶだろう」
「では、お嬢様方のいる練兵場に案内致します。グレアム殿達もそちらにおります故。今はもう新しい名を名乗っておりますから、直接お聞きになるのが良いでしょう」
「よろしくお願いいたします」
ロナはまだアンジェリアと共に解読作業中ということもあり、ルシアやグレアム達に会いに行く。
グレアムやエルザ、その配下達も既に偽名を使っているという事だ。名を変えたグレアム達の、改めての自己紹介ということになるのだろう。
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