第77話 書物と手紙の中身は

「あら。来たようね」

「やあ、3人とも」


 練兵場に向かうと、ルシアとニコラスがクレア達の姿を認めて言う。グレアムとエルザ、その配下だった者達も揃って一礼する。


 グレアムとエルザは装いを少し変えていて、グレアムは魔術師風のそれだ。フード付きのローブを纏っているのは顔を隠しやすいようにだろう。


 エルザも髪を結って活動しやすそうな冒険者風の出で立ちになっている。口元を覆えるようなマントを用いて印象をかなり変えているのが窺えた。

 グレアムの元配下達も、それぞれ印象を変えるように髪型や出で立ちを変えていて、領民風や商人風等々あまり目立たないようそれぞれに印象を変えている。


「ああ。皆さん服装を変えたのですね」

「前の名と身分を捨てる形になった。今後はウィリアムと名乗ることになる」

「私はイライザです」


 グレアム改めウィリアム、エルザ改めイライザ。

 前の偽名もそうだが、僅かに前の名前にやや似ているものを選ぶのは元の名前に反応してしまった時に言い訳が効くからではある。


 最も今回に関しては偽名というよりも改名に近く、今後は可能な限りこの名前で通していくつもりだとウィリアムが説明した。


「身分に関しても、リチャード様が手配して下さいました。ウィルと私は冒険者としての立場を。彼らもそれぞれに新しい身分を受け取っています」

「まだ行動の自由が利くわけではないが――助けて貰った事には感謝をしている。貴女方に何か困ったことがあれば力になれるように動くつもりだ」

「対帝国でもですね」

「まあ俺達はあっちの国に残してきている奴もいねえからな」

「そうだな。そういう意味じゃ気兼ねなく動ける」


 ウィリアムとイライザの言葉に元配下達も続く。ウィリアムが直属の配下に選んだのはあまりしがらみがなく、それでいて腕の立つ者達だ。

 ウィリアムは諜報部隊という性格上、配下が外部から変な形で干渉される可能性を排除したかった。

 エルザに従属の輪をつけたり増幅器に安全装置を付けている以上はグレアムが配下達に従属の輪をつけているならば問題ないとそうした人選を皇帝が認めた形だ。


 対帝国で気兼ねしたり人質を取られるような事がない、というのは利点ではあるだろう。


「今後がどうなるかはともかく、よろしく頼む」


 グライフがそう言ってウィリアムや男達とも握手を交わす。


「ところで、気になっていたんだが、その従魔は――」

「はい。あの時回収した種から育てました。エルム、挨拶を」


 クレアが言うとエルムがお辞儀をし「素直で良い子ですわ」とセレーナがその髪を撫でる。


「あの時は凄かった。よろしくね、エルム」

「ん」


 ニコラスの言葉にエルムは短く答えて頷く。

 ともあれ、少なくともウィリアム達の状況には一先ず問題はなさそうだとクレアは思う。身分もそうだが、城に滞在するウィリアム達は別系統――特に仮想敵である帝国の武術、魔法等の技術や情報持っているという事で、ルシアやニコラスと訓練や情報交換をしていたということだ。


 ロナもまだ解読作業をしているということもあり、クレア達はそのまま訓練に付き合う形でルシア達と共に練兵場で過ごし、辺境伯家の面々やウィリアム達と交流の時間を取るのであった。




 夕方頃になってロナも練兵場に姿を見せ、クレア達は宿へ戻ることとなった。解読作業がかなり進んだということで、夕食をとってから客室に移動し、そこで話をする。


「あたしがイルハインの事で中座した後、アンジェリアが相当触発されたらしくてね。それまで一緒に作業をしていた手がかりを元に、気合を入れて作業を進めてたようだ。そこであたしも戻ってきて解読を進めたわけだが……いくつか新しい事が分かってきてね」


 ロナが解読によって分かった内容について話をする。

 イルハインの言葉からして、本の内容がクレアに関わって来る可能性が補強されている。そのため、そうした情報はクレア本人は勿論のこと、セレーナとグライフにも伝えると決めているのだ。


「まあ、なんだ。やっぱり本の主題としちゃ警告だね。遺産に触れるなって話なんだが……その具体的な在り処だとかは、恐らく書かれちゃいない。何度か出ていて気になった単語としちゃ……永劫の都って部分か」

「永劫の都……」

「それが大樹海のどこかにはあるんだろうね。その国は高度な魔法技術によって栄華を極めたようなんだが、最後には大魔法の暴走によって滅亡への道を歩んだ……らしい。その魔法王国の遺産が残されてるのが、恐らくはその、永劫の都ってわけだ」

「……恐らく帝国がそれをどこかで知って、遺産を確保しようと動こうとしているわけですわね」


 セレーナが言うと、ロナは「これまでの動きからするとその可能性が高いだろうね」と肩を竦めた。


「遺産は恐らく、単純な金銀財宝ではなく、魔法の技術や知識、施設や宝物あたりか」

「その辺に触れると大きな危険がある、と」


 クレアの肩の上で少女人形が腕組みをする。


「遺産の一部は永劫の都に封印されたとある。辺境伯はこうした情報を王国にも伏せることを決めた。今の世代もそうだが後世の人間がどんな事を思って遺産を利用しようとするか分からないからね。アンジェリアも――伏せる事には賛成していたし、古代の知識が増えるだけで幸せそうだから問題なさそうだ」

「アンジェリアさんには大樹海のお土産話等は喜ばれそうですね」

「だろうね」


 ロナはその光景を想像して苦笑する。


「それでグライフ。あんたの方も何かあったようだね」

「知人から手紙を受け取っている。察しはついていると思うが……アルヴィレトの知り合いからだな」


 グライフは受け取った手紙をテーブルの上に広げながら説明する。

 手紙の内容は、重要な人物が見つかった、というものだった。その為グライフにも知らせると共に、今後の方針を話し合うために合流できないかという内容だ。


「主家というのはこの場合、つまり……」

「情報が漏れないようにぼかしてはいるが……王家に連なる誰か、或いはアルヴィレトの重鎮か」


 クレアの親類縁者や外戚、重鎮といった面々が候補として考えられる。


「落ち合う場所も伏せているようだね」

「差出人がいるのはミュラー子爵領だな。場所を変えたのであれば、その旨を示唆してくるだろう」

「フォネット伯爵領の隣地ですわね。私も訪れた事があります」

「港町があって人の出入りも多いからな。そういう場所であれば余所者がいても比較的目立ちにくい」

「なるほど……」


 クレアが目を閉じる。


「俺自身は話を聞きに行く必要があると考えているが……クレア嬢は様子を見た方が良いかも知れない」

「それは……彼らの考え方が分からないから、ということでしょうか?」


 そう尋ねると、グライフが頷いた。


「そうだな。彼らに会うのなら、考え方を理解してからでも遅くはないと思っている。望まぬ形で旗頭とされることもある」


 グライフの言葉に、クレアは真剣な表情で思案する。

 確かに……アルヴィレトはクレアにとって同郷の人々ということになるのだろう。けれど、彼らの望んでいる事がクレアの望みや考え方と一致しているとは限らない。


 故郷を取り戻したい、或いは国を立て直したい。そう望むのがアルヴィレトの者達の考えとしては自然なのだろう。そう望んでいるのだと仮定した場合、問題は……その方法や考え方が、クレア達の現状や事情に合っているのかを考えなければならない。


 無闇に犠牲を出したり、軋轢や混乱をもたらすような方法を考えているのだとすれば、確かに認められない。王国や帝国に対してどんな考え方をしているのか。重要な人物というだけに求心力とてあるのだろうから、重要人物の一人と目されるクレアだからこそ、慎重に動くことが求められるだろう。


 ただ……同時にクレアは他に思うこともある。例えば、故郷を失ったアルヴィレトの人々の想いであるとか。それに――グライフの事も。


 グライフとてアルヴィレトの人間だ。故郷の奪還や同郷の人達の幸福を望んでいるのは間違いない。

 それでもクレアを優先してくれる。クレアの事情や帝国との現状を知っているからという面もあるのだろうが……グライフがクレア自身の望みを優先して慮ってくれているからというのが大きい。何より自身の想いを優先せず、きちんと説明してくれるというのは、有難い話であった。

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