第142話 夕食の席にて
シェリーとクレア達を迎えての夕食の席は和やかなものだった。
やはり明日の領都見学の話題が出て、お忍びで色々見に行くという話になると、ルシアーナとニコラスもお忍びで街中に出ているという話をする。
「私はルシアと名乗って冒険者ギルドに所属していますわ。ギルドや冒険者からの情報や動向を知ったり、部隊を動かさずとも大樹海に入ることができるので身軽に動けるという利点があるのです」
ルシアが微笑む。冒険者としての活動は諜報活動の一環でもある。大樹海の情報をいち早く察することができるし、ギルドや冒険者との関係性や人脈を補強できるということもある。有能な人材が冒険者として流れてきたら辺境伯家からのスカウトが行くということもあった。
「僕は冒険者ではありませんが、最近はクレア達に倣って孤児院に顔を出したりしています。僕から教えられるのは剣の稽古とか簡単な魔法ぐらいですが、子供達が上達してくのを見るのは楽しいですね」
ニコラスが静かに笑って言う。そういう成長を見るのが楽しくなってきて、最近はクレア達の来訪等々を気にせず孤児院に顔を出していることも多いニコラスである。
「私も最近は視察に行って稽古をつけた勉強を見たりしているが、冒険者達と同様、孤児院を出た後、辺境伯家に仕える者達も多い。将来の話になるが、彼らが育ってきた時が楽しみだね」
長男のジェロームがそう言って笑う。
ジェロームは後嗣であるためにルシアーナやニコラスのように行動の自由はないし執務の手伝いや領地経営の実戦などもあるのだが、その中を縫って後進の育成に顔を出している。ニコラスを可愛がっているというのもあるし、次期当主として後進の育成を重視しているという事でもあるだろう。
「辺境伯家の方々は仲が良いですね。尚武の土地と聞いておりましたのでもっと厳格な印象を持っておりました」
「それも時と場合によりますな。家族ではありますが、戦場においては肩を並べて戦う戦友でもあります故。常日頃より交流を深め、互いの性質、美点、欠点を知っておくこと。戦士として敬い合う事で集団としてより良い動きをすることができる、と私は思っております」
シェリーの言葉にリチャードが答えた。そうした組織論は王女であるシェリーにもだが、クレアやセレーナにとっても他人事ではないため興味深く耳を傾ける。クレアはアルヴィレトの王女だし、セレーナも後嗣であるカールがいるとは言っても貴族家の出身だからだ。
「知見が広がります。私も王女として相応しい振る舞いができるように学んでいきたいものです。差し当たってはその孤児院も見学してみたいものですね。子供達に何かを教えるということであれば、絵画の技法などになってしまう気がしますが」
「それは子供達も喜ぶでしょう」
「殿下の先々も楽しみにしておりますよ」
ヘロイーズやリチャードもそう答えて、食事の席は進む。領都だけではなく大樹海の視察の話にもなったが――。
「大樹海の視察は……大樹海内部までは今は推奨できませんな。帝国の諜報活動は現状止まっているのですが、彷徨する孤狼という領域主が外縁部まで徘徊しているのを確認しております。ロナ殿には報告書の情報を渡しているのですが、殿下にも後でお見せしましょう」
リチャードがそう説明すると、領域主と聞いたシェリーに表情に少し緊張が混じった。
「領域主――。その名は確か……大樹海をうろつく巨大な狼だったと記憶していますが」
ロシュタッド王国の王族として大樹海のことは学んでいる。個別の領域主まで調べているのはシェリーの自主的な勉強によるところが大きいが。
「ああ。かなり浅いところばかりか、大樹海の外縁部の外まで出てくるようだね。あれは行動範囲が広い上に森の中でも動きが速い。あたしらがよく行く村の方面での目撃例もある」
報復行動では領域主も大樹海の外にまで出るという事は知られている。その気になれば彼らは外に出て来られるのか。それとも報復以外での行動では外にでない縛りのようなものがあるのか。例外的な行動をしているのはイルハインと孤狼ぐらいのものではあるが。
「性質の実際はさておき、彼らの考えは伺い知れません。ですので、周辺一帯の安全を確認しつつ、外から見る程度にしておくというのが良いかと。過去の例では積極的に被害を拡大させるような動きは確認されておりませんし、孤狼の探知自体はできますから不意に遭遇する可能性が低いという点は良いのですが、それで安全というわけではありません」
「わかりました」
「見に行く場所は新規の開拓村の建設予定地あたりがよさそうですね」
と、ジェロームが言う。クレアの独り立ちに関する話もリチャードから通っているから、シェリル王女の視察に合わせてその予定地を見に行くという形を取る。
視察や見学という話をするならば、開拓村の村民がどのような場所を開拓していくのかということを実際に見て、現地も見て肌で感じることができるという判断なのだろう。
「こちらからの護衛部隊に関しては私が直接指揮を取りましょう。今回は――そうだな。ジェロームが同行するという事で良いな?」
「勿論です」
頷くジェローム。ちなみにリチャードの代に限らず過去の例でも、辺境伯家の家人に関しては全員同時に同じ任務や作戦で派遣される、ということはない。必ず誰か一人は後方に残すというリスクの分散をしているところがあった。
派遣した先で敗れた場合や事故、暗殺などの備えとして、領主家が全滅してしまうのを防ぐためだ。指導者不在による士気低下や混乱などを招かないという点においては重要なことである。
「じゃあ、僕達の内どっちかが留守番かな?」
「なら私が留守番でも良いわよ。護衛だけど、ニコ君も場数を踏んだ方が良いと思うし」
「良いだろう。ではニコラスも同行しなさい。ヘルミーネ、ルシアーナと共に留守を頼む」
「わかりました」
辺境伯夫人も頷いて、護衛部隊に加わる者も決まった。
守る対象が王女であるからか、普通ならば過剰ともいえる戦力ではあるだろう。ジェロームもまた魔法も高水準で身に付けた武人なのである。
一方でリチャードとしてはジェロームに対してクレアやロナ、シェリーやセレーナといった面々との接点を増やしておきたいという思惑も多少はある。後嗣であるジェロームとそうした顔触れとの関係性は良いに越したことはないからだ。
夕食の席も終わり……明日シェリーと落ち合う場所も決めてクレア達は宿に戻った。
一夜が明け、クレア達は王都から友人が訪ねてきたのでドレスの受け渡しと試着を行うと仕立て屋に話を通しに行き、それから冒険者ギルドへと顔を出した。
「ほう。友人からの依頼か」
「そうですね。商家の御令嬢ということで芸術や美術方面に明るい方です」
「芸術方面ね。なるほどな」
ギルド長のグウェインと話をするクレア。グウェインの視線は芸術と聞いて、クレアの肩に座っている少女人形に向けられていた。人形の作りというよりはその纏っている衣服の装飾などが相当緻密であるからだ。
シェリーについては偽装の身分も一応あるということで、その辺話を合わせているクレア達である。街中の護衛と案内はセレーナとグライフへ出される依頼ということになる。クレアはそこに付き添うような形だ。
開拓村の護衛については辺境伯の開拓村予定地の視察にシェリー達が同行を願い出たという名目にしていたりする。
そうしているとシェリーとポーリン達が護衛と共にギルドに姿を見せる。
「待たせたわね。それじゃ、今日の案内は頼むわね」
「護衛依頼のお話はギルドに通してありますわ」
「ありがとうセレーナ。ポーリン、依頼の手続きもお願いしていい?」
「はい。お任せください、お嬢様」
そう言ってポーリンは静かに微笑んでカウンターへと向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます