第143話 試着会
シェリーをクレア達、ニコラス、ポーリンといった面々で防護を固めながらも護衛達が周囲を固める。巡回の兵士達も今日は少し多めだ。
ポーリン以外の護衛部隊の面々はぴったり固まるのではなく、少しシェリーから距離を取って分散し、一見ではそれと分からないように位置取りしながら動いている。
仕草等からそれぞれが直接的なやり取りをせずに意志疎通をしているようで、連絡王都から派遣された護衛達も練度が高いのが窺える。
そういった配置で動きながらも王都と辺境伯領の城壁、街並みの質の違いについてシェリーに解説しているのはニコラスだ。
「王都との違いは簡単に目につくと思う。城壁や城の作り、街の構造は大分違うね」
「王都と双璧を成す武の都……。こっちに来てから色々な違いを実際に目の当たりにして感動しているわ」
お忍びの護衛に紛れ、領都内の案内役を担っているわけである。
城壁や街の構造の特徴。騎士と兵士達の平時の訓練状況といった公的な内容で明かしても問題のない部分を解説していく。火災に備え、消火の能力を持つ魔法道具が置かれた設備も街中には点在している。
「やはり王都とは色々違うわね……。訓練の話では――大樹海内での野営訓練や戦闘訓練もあるというのは凄いわ。兵の練度が他所に比べても高いというのも納得かしら」
「今は孤狼の活動もあって少し延期になったりもしているけどね。手出しをしなければ襲ってこないとは言うけど、慎重になっているんだ」
ニコラスが答える。辺境伯家が慎重になっている理由は、やはりイルハインが討伐されたことにある。
状況の変化が他の領域主の行動や大樹海の魔物に影響を及ぼしている可能性を考え、調査を行いつつ様子を見ているという段階である。
とはいえ、孤狼以外については表立った変化が観測されたわけではない。孤狼が領域外を出歩くのも過去の例にあったと言えばそうなのだから。
「街並みも王都とは違うけれど、活気があって良いわね」
「大通りやその隣り合う通りは特に活気がありますね。お店も色々ありますが、内訳や扱っているものも王都とは結構違いがあります」
「装飾品の一つとっても王都とは好みがまた少し違う気がしますわね」
「お父様にお土産を買っていきたいとは思っていたけれど、そっちも楽しみになってきたわね」
この通りにはどんな店が立ち並んでいる等々の話を交え、街中を進みつつもニコラスに合わせ、シェリーに色々と解説するクレア達である。
そうした様子は年頃が近しい友人同士の会話といった雰囲気で、それを見守るグライフ達も少し表情を綻ばせて見守っていた。
やがてクレア達はドレスを預けた仕立て屋に到着する。
受け取るついでに実際に店内で試着もしてみるということで、クレアとセレーナ、グライフ達大人組とシェリー、ポーリン、ニコラスという面々で店内へと入る。
「こんにちは」
「ああ。クレアちゃん。来るのを待っていたわ」
仕立て屋の店主はクレア達の来訪を確認すると明るい笑顔で迎えた。
「その子が王都のお友達?」
「はい。シェリーさんとその護衛のポーリンさんです」
店主にも王都からクレアの作ったドレスを受け取りに友人が来る、という話は通してある。
クレアとしては服飾を職業にするつもりはなく、その方面で注目を集めるのは困るため、そうした情報を明かさないよう魔法契約を結んでいる、ということも話していた。王都で流行り始めたらしいということは店主も把握していたので、その辺の話にも納得する店主である。
「初めまして、シェリーさん、ポーリンさん」
「ええ。初めまして」
「お初にお目にかかります」
「その……ドレスの受け取りを楽しみにしていたわ」
そう言ってから自分を落ち着かせるように深呼吸しているシェリーに、店主は表情を綻ばせる。
本当に心待ちにしていたというのが分かって、店主も表情を綻ばせる。
「実際にここで試着してみるのよね?」
「そうですね。寸法等が合っているか、確認と調整もしておく必要があるということで」
店主の確認にそう答え、クレアも着替えやら説明を手伝うという事でシェリーと共に店の奥へと向かった。セレーナとポーリンもそれに続く。
奥にある部屋の扉を開ける。そこにマネキンに着せられる形でクレアの作ったドレスが置かれているのだ。
店主は直射日光が当たらないように窓を閉めていたが、採光のために窓を開くと、ドレスがはっきりと見えるようになる。
「ああ――」
それを目にしたシェリーが感嘆の声を漏らした。
目の覚めるような深く鮮やかな青。光沢のあるそれは煌めいているようにシェリーの目には映る。レース、刺繍といった装飾の細部も手の込んだ凝った技法がふんだんに使われている。
他のクレアの作風を模した衣服と同じ系列――というよりはこちらが源流なのだが――と共通した技法も使われていて、確かに原典なのだと頷ける部分だ。
ドレープ、フリル等々にこれまでシェリーが見ていない新しい技法が使われている部分もあって、新しく作られたものなのだなと理解できる部分もあった。
総じて、溜息の出るような芸術品というのがシェリーの抱いた感想だ。
「何て言えば良いのかしら……。素晴らしくて……上手く言葉が出てこないわ。想像していた以上で……」
シェリーは暫くドレスに見惚れていたが、視線を外すことなく心ここにあらずといった様子のままでそう口にする。
「ああ、それは――。気に入っていただけたようで安心しました」
少女人形が胸のあたりに手をやってほっとしたというような様子を見せていた。
「ええ。とても気に入ったわ。素材も、これは魔物素材ね。美しいけれど……予算に見合わないのでは?」
「その辺は大樹海から確保してこれますからね」
「な、なるほど……。複数あるのはどういう理由なのかしら……」
マネキンも複数置かれて、違うドレスがあるように見えた。
「これはですね。基本部分に加えて外装を変えることでドレス自体の装いを変えることができるという作りをしている一式なのです。一応、想定する場面に応じた組み合わせは考えてある……とのことですが、創意工夫はできる余地もありますので、その辺りは自由なのかなと」
服飾職人は別人という名目なのでクレアは伝聞系の言い回しを交えている。
図解入りの説明書も用意してきており、ドレスのセットとそれぞれのコンセプト、どういう場面で着るのを想定して作ったのか、等が記してあった。
サイズの調整ができる事も含めて長く愛用できそうだとシェリーは思う。
「面白いわ……。色々試してみてもいいかしら?」
それらを理解したシェリーが尋ねると、クレアも頷く。
「勿論です。寸法が合っているか見て、微調整もしますね」
そうしてシェリーは、まず式典等のフォーマルな場に着ていくコンセプトのものを身に纏う事にした。
細かな刺繍が入った落ち着いた外装で、気品のある印象だ。調整しながらとクレアは言ったが、元々誂えたように今のシェリーにぴったりでほとんど調整はいらなかった。
肌触りや着心地もよく、外装を付けても普通のドレスと比較して軽く感じられる。
「ど、どうかしら?」
ドレスを纏ったシェリーが背筋を伸ばし、やや緊張した面持ちで尋ねる。
「素晴らしいです。お嬢様」
「綺麗ですわ」
「確かに……。ドレス単体でも見事だったけれど、シェリーさんが着たらもっとよく見えるわ」
ポーリン、セレーナと店主の言葉に、シェリーは少し気恥ずかしそうな様子だった。
シェリーは容姿も整っているが、王女として育てられたということもあって、姿勢がよく堂々とした振る舞いが板についている。それもあってドレスを纏った立ち姿は実際に絵になっていた。
「良いですね。シェリーさんが着た時のお姿を想像して作った、そうです。ポーリンさんに認めてもらえるのなら、作り手としても安心できるところではないでしょうか」
クレアとしては自作のドレスなので直球で褒めるには自画自賛になってしまいそうで若干抵抗もあるが、シェリーに似合っていると感じるのも事実だ。
「はい。お嬢様とドレス、どちらの良さも引き立てていて、よくお似合いかと」
「王女様と言われても納得してしまいそうな気品ね」
「そ、そうかしらね。まあ、でも嬉しいわ」
店主の言葉に少し反応しつつもシェリーは頷く。
「お店側で待っているみんなにも見せたりしながら、他の組み合わせも試してみましょう。髪型も結ったりしてみたいところですね」
「良いですわね……。楽しそうですわ」
クレアは少女人形の様子からすると上機嫌なのが見て取れる。
人形の服を作って装いを変えるのも楽しいと言っていたし、それをシェリー相手にできるというのは役得なのだろうとセレーナは理解した。
そう言われたシェリーは「お手柔らかに頼むわ」と少し苦笑して応じるのであった。
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