第144話 王女の領内見学

「どうかしら」


 ドレスに着替えたシェリーが仕立て屋の店内側に顔を出し、店舗側にいる面々にもその姿を見せて感想を尋ねる。


「動きやすさに考慮しつつ体型を計算して作ったとは言ってたが、良さそうじゃないか」

「そうですね。肌触りも良くて、動きやすいし軽く感じます」


 シェリーがロナに応じる。


「似合っているし、綺麗だわ。シェリーさんは堂々としているからかしらね」

「姿勢が良いというのもあるだろう」

「うん。絵になると思う」


 ディアナやグライフ、ニコラスもそれぞれに感想を口にした。シェリーの姿勢の良さや態度の堂々とした部分と相まってシェリーの王族としての部分を引き立てているところがあった。式典用の組み合わせだからその辺りが強調されているところはあるが。


「そう言ってもらえて安心したわ。ドレスの出来は心配していなかったけれど、正直私の方がドレスに見合うか不安だったのよね」


 シェリーが言う。


「王都から同行している皆も見たら喜ぶかと」


 奥から顔を出して言うポーリン。


「そうかしらね。ええと。この格好で外に行くのは目立つわ」

「ならば、外の見張り達が巡回がてら店舗の窓からそれとなく見る事ができるようにと伝えてこよう」

「ありがとう。奥の部屋は採光窓だけで覗けないし、店舗側で少し待つわ」


 その間、店主の作った衣服も眺めてシェリーは嬉しそうにしていた。クレアの影響を受けた衣服が多いというか、王都で流行った切っ掛けにもなった店なので、シェリーとしてはいくらでも見ていられるということだろう。


 店内を見た上でこれを買いたい等と店主に申し出るシェリーである。

 そして、外の面々が巡回がてらシェリーの姿を見たことを確認し、奥の部屋へと戻る。暫くしてから着替えて戻ってくるの繰り返しだ。


 今度は舞踏会に適した組み合わせということで、ドレープの飾りがついている。踊った時に映えるようにというコンセプトだ。「こんな感じかしら」と、シェリーがターンを決めると、裾が翻って光を受け、煌めきを放っていた。

 髪型も動きやすいように束ねており、これはポーリンがシェリーの髪を楽しそうにいじっていた結果だ。


 髪を結ぶリボンも、クレアが合うようにと用意したワイズスパイダーの糸製だ。他のアクセサリーを使うのであれば、自前で用意してアレンジする楽しみも増えるとシェリーは思う。


 他にももう少し落ち着いた夜会用、自身が主催で誕生日会に招いた場合の砕けた宴席用だとか、色々と組み合わせのバリエーションを見せ、その度にシェリーの髪型も結い方などが少しずつ変わる。そうやってクレア達との着せ替えの時間を楽しむのであった。




 ドレスの出来についてはシェリーにとって非常に満足のいくものだった。

 欠点があるとするならば、ドレス自体が目立つから主役になる人物がいるような集まりなのであれば、普通のドレスで向かう必要があるぐらいだろうかとシェリーは思う。


 ドレスの引き渡しについては満足のいく結果だった。王都までしっかりと運べるように辺境伯家の客室に持ち帰った上で、部屋に並んだドレスとマネキンを見てシェリーの表情が緩んでいた。

 クレアのセンスが好きなので、見ているだけでもシェリーにとっては楽しいものなのだ。


 領内や大樹海近辺の視察についてはまた明日だ。リチャードやニコラス、クレア達とも既に打ち合わせてあり、明日の朝から領内と街道の様子を見に行きつつ開拓村の建設予定地へと向かうという話だった。


 クレアからは独り立ちする可能性があるという話も聞かされている。その開拓村に家を作るかも、という話もだ。


 そうなると、将来的にはシェリーもその開拓村に足を運んだり遣いを送ったりする可能性があるかも知れない。シェリー個人としてはクレアにも興味があるし、当人は勿論、その周囲の面々とも仲良くしていきたいと考えているため、今回その開拓村を作る予定地に向かうというのは楽しみが増えたような形と言えた。


 そうやってシェリーは出発を心待ちにしつつ一晩が過ぎた。

 開拓予定地への出発は予定通りだ。朝食をとってからすぐに出発ということで、辺境伯家の用意した大型馬車に乗り込んで移動することとなる。

 クレア達も外門の近くで待っており、顔を合わせると挨拶をしてくる。


「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。あまり気負わずにいてもらえるとお互い楽で良い。気楽にしていてくれ」

「ルシア達の口ぶりからすると、いざという時も信頼できるようだからね。行動を共にするのは初めてだが、ルシアやニコラス共々、私の事もよろしく頼む」


 リチャードとジェロームがクレア達の挨拶に笑って応じる。


 ポーリンやニコラスとも朝の挨拶を交わし、クレア達もまた馬車に乗り込む形で視察へと出発することとなったのであった。




「もしかして、フォネット伯爵領の変化と関係がありますか?」

「姫様は聡明でいらっしゃいますな。鉱山竜が討伐されたために鉱山の再興と発展が予想されます。我が領でもその情勢を後押しという動きが出ているのです」

「辺境伯家はあまり他家に肩入れすることはなく、中立を旨としているのですが……対帝国において後方の安定感が増すというのは有難いことですからね」

「それで直接的な支援とまでは行かずとも、状況を整える、というような形になるわけですか」


 シェリーがリチャードとジェロームの話を聞いて応じる。

 シェリーは国内の事も勉強しているようで、開拓予定地を地図で見せられてすぐに伯爵領の変化と結びつけることができたようだ。


「当家としても有難い事ですわ」

「はっは。私としてはセレーナ嬢達がもう少し冒険者として名を馳せた時には鉱山竜討伐の計画や支援に乗るのも吝かではないと思っていたのだがね」


 セレーナの反応にリチャードが軽く笑って答える。そうすれば人も集められる名目も立つし討伐の確実性も増すと思っていたのだ。

 領域主の討伐はロナも関わっているが、その場で死者を出さず生き延びたというだけで一目置くに値する。故に、リチャードは鉱山竜討伐を計画するのであればギルドに口添えしたり、辺境伯家から誰かを派遣したりというのも視野に入れている部分があった。


「予期していないところで討伐が成されてしまったからね。鉱山竜がいなくなったことは私達も喜ばしく思っている」


 ジェロームが言うとセレーナも微笑む。

 辺境伯家の面々は誰が竜を討伐したのかは気付いているが、明言はしていない。王家が公式に発表するまでは伏せるという方針に従っている。


 話をしながらも馬車の車窓から領地を見ながら、畑では何を栽培している。今年の収穫量の見込みはといった解説を交えていく。


 領地の解説をしているのはニコラスだ。その話にリチャードが静かに耳を傾けているあたり、きちんと領地内のことについて学んでいるかを確認しているのだろう。

 シェリーに対しての解説である。内容に関してリチャードが何も口を挟まないあたり、その内容が間違っていないし補足することも無いということだ。

 後嗣ではなくともきっちりと領地のことについて学んで把握している、ということが分かる。


 兵糧に関わる問題のため、農作や人口については重要な事だ。時折馬車を止め、実際の農作の様子を見たり町村の様子についての質問をしたりといったことを挟みつつ、シェリーの視察は進んでいくのであった。

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