第115話 劇場での出会い
ほんの少し警戒していたが、敵意や害意はなさそうな印象だとクレアは思った。近くに少女の護衛らしき女性もいるが、そちらを見ると軽く微笑んで一礼された。少女はどこかの貴族か商人の娘かも知れない。
「特徴を見るだけで、どこで作られたものか分かるものなんですね。人形がお好きなんですか?」
「嫌いではないわ。精巧に作られた芸術品とか、そうやって人形を操ったりしているのを見るのは好きよ。とはいえ、人形の特徴までは詳しいわけではないわ。私が気になったのは、人形の服の方なのよね」
「この子の服ですか?」
「ええ。その子の服の特徴ね。最近王都で流行しているものと似ているのよ」
「ああ。それで」
少女がにやっとした笑みを見せ、クレアはそれで少女が何故人形に興味を示して声をかけて来たのかだとか、トーランド辺境伯領からのものだと思った理由にも得心がいった。
「ああ。名乗るのが遅れたわね。私はシェリーよ」
「クレアと言います。それから私の友人達の――」
「セレーナですわ」
「グライフという」
「ディアナよ」
クレアは続いて、セレーナやグライフ、ディアナも自己紹介していく。シェリーも頷くと、一瞬言葉を選ぶように思案してから口を開く。
「名前は覚えたわ。その子……辺境伯領のどこで手に入れたものなのか、教えてもらえないかしら? その、服……好きなのよね。最近王都でも流行り出したのだけれど、とても好みなのよ。勿論、お礼はするわ」
正直に言っていいものなのかどうなのか。あまり目立ちたくないクレアとしては迷う部分がある。ただ、シェリーの言っている事に関しては嘘がないと思えた。
何故かと言えば、シェリーの服装だ。クレアが仕立て屋に教えた技法に近い物が使われていて、そうしたものを身に纏っているところを見るとそうした服飾が好みだという言葉に嘘はないのだろう。
何より人から見られても軽い人払いの魔法を用いているので、余程注意深くないとクレア達の印象は残らない。残らない……はずなのだがクレア達ではなく、少女人形の服飾の一点という部分で人払いを突破してきたのだ。人払いの魔法の構成をもう少し考える必要があるかなと思いながらも、そこでほんの少し警戒していたところはあるのだが、突破できた理由も分かれば納得できる部分もあった。
「お礼……。そんなにお好きなんですか?」
「ええ。ただ……王都で流行っているものはどうも劣化というか、違うのよね。情報を追っては見たのだけれど、扱っている仕立て屋がトーランド辺境伯領にあるということまでは分かったそうなのだけれど、師から習ったものや見せてもらったものを真似ただけで後は商売上の秘密だという話だし……。でもそう……そうね。人形作りの職人か……。そっちは完全に考えの中にはなかったわ」
「あー……ええと」
悪意はない。情熱はある。情報を自分でも調べそうな勢いで、もしかすると情報を追ったのも伝聞というよりは彼女こそ人を遣わせたのかも知れないが、人形職人の線から追っても直接にはクレアには辿りつかない。
人形本体こそロナの贈り物ではあるものだし、操り人形としてそれなりに良い物ではあるのだが、リリーに着せている服は現在ではクレアの自作だからだ。
クレアは意見を求めるように仲間達を見る。人形の服に関することを言っても良いかどうだが、セレーナ達も同意するように頷く。シェリーに悪意等々が無さそうに見えたからだ。クレアの性格からしてシェリーのような人物が徒労に終わるような結果になるのを良しとはしないだろうという判断もあるだろうか。
クレアも頷くと、シェリーに向き直る。
「ええと。知っている事はあるのですが、人に話さないと約束できますか?」
「できるわ。悪事に関わっていない限り、情報を漏らさないという条件なら魔法契約も交わすわよ。当然、護衛のポーリンにも席を外してもらうわ」
魔法契約をするとまで断言している。とはいえ、多少の前提条件があるあたり、卒がない印象ではあるが。近くに控えているポーリンという人物も承知しているというようにクレアに頷いていた。
「わかりました。では、ここではなく少し場所を変えましょう。劇場の予約をとってからになりますが」
「良いわね……! 話をするなら、向かいに良いお店があるわ」
シェリーはクレアの返答に嬉しそうな笑顔になって応じ、上機嫌な様子でクレア達についてくる。
「何を鑑賞するのか尋ねるのは失礼かしらね?」
「そんな事はないですよ。実はまだ何を観るかも決めていないんです。私は初めての王都観光なので」
「そうなのね。取れる予約の中では私も期待している新作があるのだけれど、折角だし一緒に予約をとって鑑賞するというのはどうかしら。勿論、貴方達が良いのならだけれど」
「私は問題ありませんわ。最新の情報には随分と疎くなっておりますから」
「同じく、異存はない。あまり馴染みのない分野だからな」
「クレアちゃん達と観劇できるのは楽しみね」
クレアとシェリーのやり取りを見守りつつ、三人は会話の中に警戒すべき点がないか、護衛のポーリンとシェリーに不自然な点がないか等にそれぞれに注意を払っていたが、シェリー自身は悪人でもないし裏があって接触してきたわけではなさそうだ、と笑って応じる。
グライフの観点だとポーリンには立ち位置や所作に隙がなく、きちんと訓練を受けた人間という印象だ。ただ、ポーリンに関しては動き自体、自分の仕事の徹しているように見えた。
観劇に対して同意するのは、人脈が広がること自体は良い事だからだ。警戒しなければならない事情はあるが、簡単に関係を深める前に遮断してしまうのはそれはそれで問題がある。警戒すべき材料が見当たらないならそれでいいと思えた。
「私のおすすめはギデオン氏の新作よ。過去の作品を見てもどれも評価が高いのだけれど、参加している演者や裏方も一流どころを揃えているわ。貴方達の話の好みは分からないけれど、歌と演奏、舞台演出だけでも良い物が見られるのではないかしら」
「おお。詳しい人からの意見は参考になります」
「なるほどね。みんなで観劇するには良さそうね」
「それはまた。次回の王都訪問が楽しみになりましたわね」
そんな話をしつつポーリンも含めて全員分、連番で席をとる。一つ分余計に席をとったのはロナの分であるが、ロナが観劇のために王都まで出てくるかは分からないところだ。
人気なためか封切り直後とはならなかったが、それよりも良い席が取れたためにクレア達にとってはメリットと言える。
「楽しみが増えたわね。当日まで劇の内容を耳にしないようにしないといけないわ」
「それは確かに」
少女人形もシェリーのその言葉にうんうんと頷く。ネタバレは興が覚めてしまうというのはこの世界でも共通認識である。
そんなわけで観る物も無事に決まり、クレア達は劇場から出て向かいにある外食店へと向かった。
大通り沿いの外食店。しかも劇場のすぐ近くにある店ということで、テラス席があり、少し洒落た雰囲気であるのが通りの向かいからも見える。
「主に飲物やお菓子を提供しているお店よ」
シェリーが言う。前世で言うところの喫茶店に近い立ち位置だとクレアは感じた。
通りを横切ろうと移動をし始めた所で――何やら路地から慌ただしい足音が近づいてくるのがクレア達の耳に聞こえてきた。
衛兵の制止の声と呼び笛の音。人混みを押しのけ、慌てた様子で走ってくる3人の男達。
「邪魔だ! どけよ!」
後ろを気にしながらもそんな風に叫び、必死の形相で男達が走ってくるその先に、道を横切ろうとしていたクレアやシェリー達の姿があった。
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