第114話 大図書館の司書

「まず司書さんに話を聞きますね」

「本を探す際や内容を読む際は手伝おう」


 グライフが答え、少女人形が頷いてからクレアは早速司書のところへ向かう。司書は何人かいるが、クレアの近くにいたのは書庫の整理をしていた司書だ。年配で立派な白髭を蓄えた老爺であった。


「申し訳ありません。少しお聞きしたいのですが――」


 クレアが話かけ、探している本について尋ねる。


「――ふむ。竜の素材に関する本ですか」

「はい。目録の見方や分類の説明でも良いのですが……」

「普通の目録として使うこともできますが……面白いものをお見せしましょう」


 頷くと司書の作業用スペースに向かう。

 司書が小さな杖を振るえばカウンターの奥から魔法によってか、分厚い本がゆっくりと浮遊しながらやってきて広がる。


「おー……」

「この目録自体に魔法が込められていましてな。いや、浮遊して呼び寄せられるというものではなく、求める本を探すことができるのです」


 司書が説明する。温和で落ち着いた印象の司書かと思えば、にかっとした笑みを見せており、孫娘に手品を見せるような感覚なのかも知れない。


「面白いですねえ」


 検索の機能を本自体に持たせたようなものだろうかとクレアは推測しつつもふんふんと頷く。

 司書は杖の先に小さな魔法陣を浮かべクレアの探している本について細かく聞いていく。


「では――逸話のようなものを求めているわけではなく、竜素材そのものをどう加工し、どう手入れするのか、という話ですな。どちらかというと技術書や研究の分野になってしまいますが、そうした専門的なものを探していると?」

「はい。皆や師と共に進めようかと」

「なるほど。それも興味深いお話ではありますが――」


 クレアが頷くと、司書もそう応じ、カウンターの中から栞の束を取り出し、文字を書いていく。技術書、竜、素材、加工といった単語を羽ペンで書き連ねて何か魔法をかけると、栞が浮遊して目録のページに挟まっていった。


「おー……」

「面白いものでしょう。これはかつて王都にあった魔術学校の学生が作り上げた魔法なのです」

「魔術学校……今は王立大学と統合されているという話でしたね」

「その通りです。魔法を教えるだけでなく研究開発の機関でもあったのですが、後に他の学問も扱う総合の学府として統合され、王立大学となったのですな。カルヴァンという大変優秀な学生が、望む単語と栞を結びつけるような大変有用な寓意魔法の技術書を遺したということです」

「え。カルヴァンさんですか?」


 クレアだけでなく、セレーナやグライフも驚きの反応を見せる。


「おや、ご存じでしたか? 王国司書の間では日々仕事を助けて下さる大恩人として有名なのですが」


 司書は意外そうな表情を見せる。


「はい。別件で最近お名前や功績を耳にする機会がありました。その、同名の別人ということもありますが、友人の名誉のために教授と対立したというお話も聞いています」


 カルヴァン。王都の魔術学校の生徒で首席。ロナの友人であるヴィクトール達のパーティーの1人だ。

 領域主イルハインの傀儡として囚われていた形ではあるが、クレア達からしてみると直接戦闘した相手でもあるし、ロナからその人となりも聞いている。忘れるはずもない。


「そのカルヴァン殿に間違いありませんな。優秀なだけでなく高潔な人物で、魔術学校での不祥事ではありましたが、名誉回復もされております。反対にその教授の名は地に落ちる形で語り継がれている、ということも申し添えておきましょう」

「それは……良い情報ですわね」


 セレーナが静かに頷く。意外な接点ではあったが、名誉回復がされていて、きちんと評価をされているという点と、教授がしっかりと報いを受けたという話は喜ばしい事だった。ロナに対しての土産話にもなるだろう。


「全くです。おっと。少し話がそれてしまいましたが……早速カルヴァン殿の魔法の成果を見てみましょうか」


 司書が言って、クレア達と共に栞の挟まった目録のページを一つ一つ確認していく。


 ページの中から関係のありそうな書物を探す形になるが、そこは司書だ。本のタイトルと著者名を突き合わせ、この著者は何々の分野で高名な人物で、他にどんな書物を記していた等々、司書の知識を動員して参考になりそうなお薦めの書物をいくつか見繕ってくれた。


「大図書館の司書さんはすごいですね」

「ふっふ。お探しの書物は正面玄関から見て3階の左奥となります。書棚の上に技術書関連の記述があるので、書棚自体を探すのには苦労しないでしょう。困ったことがあれば上階にも司書がおりますので、その者に手伝ってもらうのが良いかと」

「ありがとうございます。助かりました」


 柔和に笑う司書にクレアは人形を介さず礼を言ってお辞儀をし、皆と共に3階左奥へと向かった。


 目的の書物は何冊かあったがすぐに見つかり、本を読書用のスペースに持って行き、そこで書物を読んでいくこととなった。


 クレアの場合、糸を文字の形に折り曲げてその色を変化させてやることで、本の記述をそのまま写し取ることができる。気になる記述を糸で一時的なメモとして記録保存するなり、インクで版画を複製するように白紙に写すことも可能だ。


 グライフ達も書物の内容に目を通し重要そうな部分に付箋を挟んでおいて、順次クレアに知らせつつ作業を進めていったのであった。




 初日の調べ物を終わらせて図書館を出てくる。小物や食べ物、土産になりそうな物を買ったり観光をしたりの続行だ。

 王都で観光のクレアの興味が向いているのは王城や大学、それに図書館そのものや劇場といった場所だ。歴史や伝統を感じる建造物は大体対象とも言えるが。


 そんな中で劇場に足を運んだ。


「劇場の公演は人気なので予約で埋まっていますわ。すぐに見られるわけではないのが残念ですが……」

「まあ、外から見るだけでも色々と学べる事や参考になることはありますよ。王都に来る機会だって、これが最後というわけではないですし」


 セレーナの言葉にクレアが応じる。楽しんでいるというのは間違いなさそうで少女人形は劇場を見上げて上機嫌そうにクレアの肩の上で足をパタパタと振っていた。


「公演の予約を取っておいて、その日に合わせて再度訪問してくるというのは良いかもな」

「そうですね。面白そうな公演がないか確認しておきましょう」


 そう言いながら劇場内部へとクレア達は向かう。公演のチケットもそこで売っている


 エントランスホールも細部まで装飾に凝っており、銅像等も置かれている。クレアはそれらを眺めつつ、あの銅像はいつ誰の手で作られたというようなセレーナからの情報も聞きながら、チケット売り場へと移動していく。


 その売り場に到着する前に。


「ちょっと貴女、良いかしら?」


 クレアに横からそんな声が掛けられた。


「なんでしょうか?」

「いえ、ちょっと気になって」


 クレアに声をかけてきたのは身形の良い少女だった。クレアとそう年齢は変わらないが、意志の強そうな眼差しが印象的だ。大きな目でクレアを――いや、正確にはクレアの肩の少女人形を真っ直ぐに見つめていた。


「これは――」

「ああ。この人形は魔法の修行で操っているものでして」

「そうなの? でもまあ、それはともかくとして……」


 食い入るように少女人形を熱心に眺めていたが、やがてクレアに尋ねる。


「貴女、この人形をどこで手に入れたの?」

「ええと。これは大切な人からの贈り物で私が買ったものではないのですが……多分トーランド辺境伯領だと思いますよ」

「辺境伯領……! やっぱりそうだったのね!」


 少女はそう言って、にっこりと笑うのであった。

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