第113話 王立大図書館

 問題のダドリーの家――宝石店は大通り沿いにあった。大きな店と言っていい。繁盛しているのかは分からないが店の様子自体は立派で、敷地も広い。

 ただ、店外から見た感じの印象は店頭の飾り付けも派手で華美な印象で、人形用にしても自分の趣味とは少し違うかな、とクレアは感じた。


「ここですね……。スピカ、場所は覚えましたか?」


 クレアが問うと、襟元から顔を上半分出したスピカが肯定の鳴き声で応える。

 夜間の監視はスピカの得意分野だ。街中なので探知魔法は人の動きに紛れてしまいやすいが、クレアが目立たないように糸を展開させて警戒網を構築すれば、スピカの監視と併せてかなりの警戒状態を構築できるだろう。


「王都滞在中はスピカと交代して警戒に当たろう。王都の夜は明るい方だが、それでも夜間の行動には慣れているからな」

「私も夜でも問題ありませんから、交代要員となりますわ。当家の関わっている事ですから」


 グライフとセレーナが言う。

 グライフは夜間に動くための訓練を行っているし、セレーナは目の固有魔法があるために夜間であっても見通すことができる。


 とはいえ、グライフも言ったように、王都の場合、夜も魔法の灯かりが道を照らすため、大きな通りに面したところはそれなりに明るい。


 その分夜間でも人の往来がそれなりにはあり、その中に紛れてしまうというのはあるのだが。


「私も協力するわ。みんなで仮眠をとって交代すれば、滞在中の観光ぐらいはそれでもみんなでできるでしょうし」

「ん」


 ディアナが微笑み、スピカやエルムも含めて一同頷き合う。

 カールにも宿にいながらスピカを使って手紙でやり取りできる。伯爵家の別邸に戻って注目されるようなこともなく情報共有ができるだろう。


 宝石店の周囲を一周回って建物全体の構造を確認してから、クレア達は宿泊を予定していた宿に向かって部屋を取る。


 宿は別邸とは通りを挟んで一つ隣にある。2階の窓から通りを挟んで別邸裏口の様子を窺う事ができた。スピカなら宿や別邸の屋根の上から監視できるし、クレアの糸も然りだ。


 部屋は二つ取って、グライフは隣の部屋になっているが、行き来しなくてもクレアの糸でお互いの様子を見たり声を聞いたりはできる。


『裏口側を俺達が見張っているとなれば、別邸の方も正門側の警備を厚くできるな』

「死角も無くなるし、裏口の警備が甘いと思わせる誘いにもなりそうではあるわね」


 立地条件や宿泊する部屋の位置を確認し、グライフとディアナが感想を述べる。部屋の場所か、セレーナがこちらからの眺めが好きなのでと、そう宿の亭主に伝えた形だ。部屋も空いていたので良い場所が取れたというわけだ。


「夜間の裏口警戒をする事については手紙に書いておきましょう」


 クレアが手紙を認めると、スピカは翼を窓側の方だけ伸ばして声を上げる。


「もう屋敷側へ行ってカールさんの帰りを待っていてくれる、ということでしょうか?」


 クレアが言いたい事を察して尋ねると、スピカがこくんと頷く。


「ありがとうございます。それじゃあ、スピカは一足先に食事をとってしまいますか?」


 肯定の声を上げたスピカにクレアは魔物の肉や飲み水を用意する。そうやって食事をとっている間にクレア達の状況や方針について手紙を認めるのであった。




 カールからの手紙への返事は、夕方頃にあった。王城で国王や宰相に迎えられた事。そこであった出来事がしっかりと記してある。裏口の警戒をしている事についても、それならば別邸側は正門側の警備を厚くするというクレア達の案に乗る形での返答が書かれていた。


 そうやって王都での監視体制等を確立した後は宿で過ごし、一晩が明ける。

 初日はまだ動きもなかったようではある。仮眠をとりながら交代で監視を始めたクレア達ではあるが、6人での監視体制ということになるため、それぞれの分担する時間は少なくて済んだと言えるだろう。


 手紙をやり取りし、カール達の無事を確認してから街へと繰り出す。

 早めの時間から王都を巡り、観光をしようというわけである。


 見たい場所、行きたい場所は色々だが、まずクレア達は大図書館へと向かう事にした。

 調べたいことが色々あるし、大図書館が不慣れで調べものに時間がどれぐらいかかるか不明であるからだ。竜素材の扱いに関しての調べ物は必須の話だから優先順位が高く、買い物だけならば必ずしも王都でなくともいい。


 そんなわけで一行はまず、大図書館へと向かった。広々とした敷地と庭園。それから歴史を感じる大きな建物。それら全てが意味のあるもので、装飾と実用性を兼ねたものだとセレーナが解説する。


「庭園に噴水や人工池があるのは、火災対策ですわね」

「建物も石造りなのも火災を想定してですね」


 魔法式の時計台や大図書館を見上げ、庭園の様子を眺めながら進んでいき、大図書館の入り口までやって来る。

 入館前に入口で受付があり、そこで初めての利用であることを告げる。


「初めて入館する方には入館料をお支払いいただき、魔法契約を取り交わしていただくことになっております。契約書をよくお読みの上でご記名下さい」


 ということだ。火気を館内で扱わない事。飲食をしない事。本を汚したり破損した場合、金銭での賠償をする事。書物を館外に持ち出さない事……等々。

 細かい決まりはあるが、クレアから見ても図書館のルールとして納得のいくものだった。また、賠償金はそれなりに高くなるが入館料自体はそれほど高くない。広く知識を広めたいというコンセプトなのだろう。


 日本のそれらに比べての違いは強制力が強く、罰則がやや重い、というぐらいか。だが、本が貴重で高価ということを考えるとそうなるだろうとも思う。それから、地味にヴルガルク帝国関係者、或いは帝国に利益を齎そうとする者の利用は契約違反になるという文言があり、そこは王国の事情ならではなのだろう。


 契約を取り交わすと首から提げるタイプの入館証を渡されて、館内にいる時はそれを身に着けておく必要がある。契約を違反すると魔法契約書に反応があって、誰が何の違反をしたのか分かるようになっている、のだとか。


 受付から明言されてはいないが、入館証から魔力反応を感じる。契約違反に連動して入館証側にも何かしらの反応があるのだろう。

 本に破損や汚れ等が起こらないような対策で誤作動等の危険性も考えるなら、警報装置あたりだろうかとクレアは思う。受付からの説明がないのは、防犯対策の具体的な方法を逐一話して聞かせる義務もメリットもないからだろう。


 実際大図書館には警備隊も常駐しているそうで、防犯意識が高いのが窺えた。クレアは肩の人形は何かという質問もされた。


 人形は魔法の修行として常に操っている。従魔については入館できないので、スピカとエルムは裏口の監視も兼ねて宿での留守番ではあるのだが。


「他に質問はありますか?」

「必要な本がどこにあるかを調べるにはどうしたら良いでしょうか?」

「司書に尋ねるか、慣れてきたら目録から探すことができます。書物の種類ごとに纏められておりますね」

「わかりました。ありがとうございます」


 クレアがお辞儀をすると受付も頷く。そうしてクレア達は館内に通された。


「ああ。これは……すごいですね」


 小声ではあるが、クレアの口から感動したような声が漏れる。


 壁一面に並ぶ書棚。中空に渡り廊下が通され、吹き抜けになっている2階、3階にも一面書棚が並んでいる壮観な光景がそこには広がっていた。手摺や柱の装飾も品がよく凝っていて、王立大図書館の名に恥じないものであった。あちこちに魔法の灯かりが灯されて、どこか幻想的ながらも書物の匂いと静謐な雰囲気にクレアは満足そうに頷くのであった。




――――――――――――――――――――――――――――――――

いつもありがとうございます!

今年も頑張って更新していきたいと思いますのでよろしくお願い致します!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る