第2話 師の思惑

 固有魔法。その答えに行きついたロナの背筋にぞくぞくとした感覚が走った。

 感じたことのない波長の魔力。起きている現象に見合わない規模の消費量。

 あの糸は固有魔法だ。望んでも得る事の叶わない、他者には再現不可能な天性の魔法。それをクレアは持っている。

 固有魔法を有しているというのは、他の術師には得る事のできない手札を一枚多く持っているようなものだ。


 どんな特性を持っていて、何ができるのか。興味は尽きない。そしてそんな才覚を持つ子供を、一から鍛えることができるという、師としての喜び。

 自身には得られないものを持つことへの羨望と、そんな原石をどれほどのものに仕上げることができるのかという期待。


 そういった諸々の感情や先々の予想にロナの口元に笑みが浮かぶ。

 クレアの人形繰りはまだ続いている。踊る仕草を見せる人形が、時折クレアに向かって移動して慌ててクレアが避ける仕草を見せたりと、コミカルな掛け合いまで交えて、演出としても観客を飽きさせない工夫が凝らされているのが見て取れた。


 最後に――誰もいない観客に向かって、クレアと揃ってお辞儀をして見せる。それを見届けたロナは表情を普段のそれに戻すと、拍手をしながらクレアの前に出ていった。


「ろなおばあちゃ……」


 クレアは驚いたようだったが……少しバツが悪そうに俯いた。


「くっく。別に怒ってやしないさ。中々良いものを見せてもらったと感心してるぐらいさね」


 ロナが笑って見せると、クレアは少し安堵した様子だった。だが、尋ねるべき部分は尋ねておかなければならない。


「とはいえ……あたしに話をしてない事があるね?」

「はい……」

「まあ……その辺は明日聞かせてくれればいいさ」

「わかり、ました。あの……ろなおばあちゃ。わたしが、もしふつうとちがったら」


 おずおずとクレアが尋ねてくる。クレアは内気で大人しい方だが、ロナは一緒に暮らしているのだ。必要なことがあるならロナに対してはそこまで物怖じないということを考えれば、あまりロナにも見せない態度と言えるかも知れない。表情はほとんど動いていないが、少し不安そうにも見える。


「普通が良いのなら、あたしゃここで暮らしちゃいないよ」


 ロナが肩を竦めると、クレアは目を何度か瞬かせた後、やがて頷く。それから、クレアはロナと共に母屋に戻り、寝床に就くこととなった。


 そしてその明くる日――。

 朝食を取り、家畜や畑の面倒を見たりと、身の回りのことを諸々済ませてから、ロナは改めてクレアと話をする時間を設ける。


「さてさて。それじゃ話を聞かせてもらおうかね」

「はい」


 一晩置いたということもあり、クレアは何と言うべきか、しっかりと考えてきたようであった。あまり間を置かず、昨晩ロナが見たものについて舌足らずながら話をし始める。


「わたしには……ここ、じゃないくにでくらしている、いまのわたしではない『わたし』の、きおくがあるのです」


 そんなクレアの答えは――ロナとしても明かされれば納得のいくものだった。ここではない場所。知らない何者かの記憶。

 違和感に「だからか」という明確な答えが現れる。


「ろなおばあちゃにいわれたことを、どうしてなのかってかんがえると、だいたいきおくのなかから「こたえ」がでました……でも、それはふつうとはちがいますから」

「なるほどねえ」


 そこがロナに明かせなかった理由になってくるのだろう。生まれ変わり、という考えはあるし、ロナにも理解できる。

 気持ち悪いと受け取られ、拒絶されたくない。異端だと言われて迫害されたりすれば目も当てられない。なまじ常識や知識に裏打ちされた記憶があるから、余計に身の回りの人間に明かせないと思うのは不思議なことではない。


「だが、そこまで理解していて、何だって昨晩は人形を踊らせてたんだい?」

「きおくのなかで、『わたし』はにんぎょうをおどらせていて……それがすごくたのしそう……いえ。たのしんで、いました。おなじことがわたしにもできるって、なんとなくわかって……。がまんは、していました。でも……」


 固有魔法故に、理屈を学ぶより前に感覚でできると理解したのだろう。そして……その固有魔法自体、どいうやらクレアの前世に密接に関わっていそうだ。


「ふうむ。それで、やってみてどうだった? 楽しかったかい?」

「――はい。とても」


 少し考えた後でクレアはロナの目を見て答える。


「それは何よりだ。しかし人形を操ってたってぇのは、旅芸人か何かかね」

「たびげいにん……はい。たびはしないけど、そういう、かんじです。げきだんにいたけど、そのげきだんがつぶれてしまいました。そのあとはまちかどでにんぎょうくりをしたり、どうがはいしんとかしていました」

「ドーガハイシン?」

「えーっと……ひとにげいをみせて……きにいってもらえたら、おかねがもらえる……ほうほうのひとつ、でしょうか」


 ドーガハイシンとやらの説明に難儀している様子のクレアである。


「ま、そのへんの細かいとこはともかくとして……あんたにとってあれが楽しいって言うなら続けたら良いさね」

「いい……のですか?」


 ロナを見上げるクレアの表情は変わらず。しかしその目はキラキラと輝いているようにも見えた。


「……誰に迷惑をかけるようなものでもなし、憚る必要なんかないさ。あの糸に関しちゃ色々できそうだから、あたしとしても使い方を考える手伝いはしよう」

「ありがとう、ろなおばあちゃ……!」

「だが、あんたの育て方に関しちゃ少し考える必要があるね。知らない場所、知らない誰かの記憶が頭の中にあったとして、そいつの常識や知識を元に出した答えってのが、今この時代、この場所にそぐわない可能性ってのはあるんだ。頭の中で勝手に納得してそこで終わらせてると、思わぬところで踏み外すこともある」

「はい」


 少し思案した後でクレアが首を縦に振る。知識や経験から来る理解でもあるのだろうが、その辺に思い至り、言われたことに納得ができるあたり、やはりクレアの地頭は良いのだろうとロナは感じる。


 そもそもロナが先程伝えた言葉は、本来クレアの歳では理解できない内容だ。

 育て方に関して考えるというのはそういう意味でもあって、本来の年頃の幼子に一から教えるような方法を取るのはクレアの事情を知ればいかにも効率が悪い。ただ、やはり常識を擦り合わせる必要はあり……そのためには――。


(ま……しっかりと話をすることかね。子供ではあってもそうでない部分もある、か)


 クレアの精神年齢は見た目より高い。必要なことだと思えた。


「あと、あたし以外の奴に迂闊に今の話を明かすのも止めときな。黙っていた判断は間違っちゃいないよ」

「わかりました」


 ロナの言葉に真面目な顔で応じるクレアである。といってもクレアの表情はほとんど変わらないが。

 知性的で理性的。高い教育の程度も窺える。恐らくは平和な国に住んでいた知識層なのだろうとロナは当たりをつけた。


 ともあれ、クレアに対して覚えていた違和感については正しかった。だが、実際のところは早めに把握できたことで、大きな問題にはならなさそうだとロナは思う。


 それどころか、上手くすれば術者としてより強くクレアを鍛える事ができる。内気でもしっかりとした分別や判断力があるのなら、ある程度危険な術を早い段階から教えていくことが可能になるからだ。魔法の門弟の修行に置いて時間がかかってしまうのは、精神や知性の成熟を待たねばならないという点もある。


 だから、この時点でクレアの秘密について情報を共有できたのは素晴らしいことだと、顔には出さずロナはほくそ笑み、当人はこれからも人形繰りができることが余程嬉しいのか、にこにこと喜びを露わにしたのであった。


 そうやって、クレアの魔女修行生活は幕を開けた。


 ロナの教育方針は、基本的にはどこであれ生きていけるようにする、というものである。

 他人との関わりを持ちながら生きたいというのであれば薬草を採取し、それを薬として調合して売り物とすればいい。魔女の保有する技術や知識が売り物になるというのなら、占いや雨乞いとて日々の生活の糧を得る手段になるだろう。


 逆に人目を忍んで静かに生きていきたいというのであれば、狩りや自衛の手段を学べばいい。それらは全て魔女として大樹海で暮らし、修行する中で手に入るものであると言える。


 そうした魔女としての修行の中で最初にロナが教えたのは、魔力の基礎修練と自身の身を守るための術や知識だ。


「あんたの髪と瞳の色は人前じゃ目立ちすぎるから術や薬を使って隠しな。少なくとも、とりあえずしばらくの間は、だ。魔女や術者として悪い事ばかりじゃないが、下手をすると奴隷商人やら同業者やらに狙われるよ」

「どうぎょうしゃ……がねらうのは、どうしてですか?」


 奴隷商人が狙うというのはクレアにとっては分かりやすかった。珍しい髪や瞳の色というのはそれだけで値段が付くからだ。

 ロナは敢えて言及していないが、クレアの容姿自体もそこには含まれて来る。珍しい髪や瞳の色だけでなく――顔立ちが整っているということもあって、浮世離れしている。


「……主に魔法の触媒としてだね。髪や目、歯や爪や血。そういったものを使う暗い術。呪いってのも世の中には存在してるんだよ」


 首を傾げるクレアにロナが説明すると、その表情が心持ちか引き締まったものとなった……ような気がする。クレアの表情は普段あまり変わらないが、長い付き合いだ。よく観察していれば機微にも気付けるし、表情は動かずとも顔の色には出る場合もある。その反応にロナは十分だというように鷹揚に頷いた。

 勿論、ロナとしてはそうした呪いから身を守るための術というのも優先的に教えていくつもりではあった。


 実際には髪や瞳の色を偽装する術と隠密結界をまず教え、その上で基礎訓練をみっちりと行うことで生活をしながら意識せずに一日中維持できるようにすることを目指す。

 並行して阻害や看破への対抗法の練度を向上させることで、魔法そのものの強度、精度を確実に底上げしていくというわけだ。


 クレアの実力がつけばついただけロナは高度な妨害の術を叩き込む。基礎訓練や強度、精度の底上げに終わりはないのだから。

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