第117話 交渉と出資と

 魔法契約が効果を発揮したところで、クレアは契約書を鞄に仕舞う。


「まず消音結界を使いますね」

「私は結界の外側に。シェリー様は見える位置にいますが、問題はありませんか?」

「ポーリンから秘密を漏らしても、それは同席を許している私が秘密を守れなかったのと同義だわ」

「では、私もお嬢様の護衛を任された者として。そして武門に生まれた者の矜持にかけて、誰に聞かれても秘密を洩らさないと誓いましょう」


 ポーリンは自身の胸のあたりに手をやって言った。


「ありがとうございます。終わったら合図をしますね」


 クレアが頷くと、ポーリンは少し離れた位置の空いているテーブルについた。それを見届け、クレアは改めて消音結界を展開するとシェリーに向き直った。


「人形の服に関するお話ですが、結論から言うとこれは私が作ったものなんです」


 クレアが単刀直入に切り出し、シェリーの表情と動きが一瞬固まる。近くにいるポーリンに表情等からあまり情報を与えまいとしている様子で、少し固まった後にややぎこちない表情と声で再起動する。


「そ、そうなのね。いえ、ポーリンも近くにいるし……あまり顔には出さないようにしたいのだけれど、驚いたというか……探し求めていた幻の服飾職人といきなり出会うなんて思いもしなかったわ」

「幻……。いえ、服飾が専門というわけではないのですが、そう言って頂けるのは何かを作ったり表現したりする側としては嬉しく感じるものではありますね」


 今のクレアにとっては趣味や魔法の一助ではあるのだが、前世ではそれを本業としていた身だ。そういう気持ちも理解できる。クレアはそう言ってから言葉を続けた。


「一応経緯を説明しますと、この子や他の人形の服を作りたくて、トーランド辺境伯領の領都にある仕立て屋さんに端切れや生地を売ってもらえないか交渉したのが切っ掛けなんです。実際に作ったものを見せたところ、こういう服を普通の大きさとして作って売り物にしてもいいか聞かれまして」

「それで許可を出したというわけね」


 クレアは頷き、その代わりに端切れや生地を分けてもらったりしているのだと伝えた。


「まあその……王都で少し流行っているというのは今回来て初めて知りました。ただ……人形作りの職人の方から探しても見つからないだろうなと思いまして」


 流石に誤解させた上で黙っていて徒労に終わらせてしまうのはクレアとしては申し訳ないという想いが先立つ。


「教えてくれたのは感謝しているわ。どこかでお店を構えたり、針子になったりする予定はあるのかしら?」

「いやあ、これも人形を操る事による魔法修行の実益と、人形を操る趣味の延長ですからね……。その方向でも需要がありそうなのは理解しましたが見習い魔女として修行中の身の上ですし、独り立ちをしてからも先々については展望がありまして」


 クレアの言う先々の展望という言葉に、グライフとディアナが目を閉じる。

 船でディアナ達と面会した時にアルヴィレトの王女として名乗り出たのだ。その方向に進むという意味がクレアの展望という言葉には込められている。

 ディアナ達アルヴィレトの面々としては国を守れなかったがために苦労や困難が予想される道に進ませてしまっているというのは申し訳なくもあり、王族がそう言ってくれることには心強さと感謝もあった。


「なるほど……。辺境伯領の仕立て屋に注文をするべきなのかしら。王都で模倣されたものは、何と言うか少し違うのよね……」


 シェリーは真剣に悩んでいる様子であったが、その様子にクレアも少し考えた後に口を開く。


「まあ……これも何かの縁ですし、依頼という形でしたらシェリーさんの服もたまに作ってお渡しするぐらいはできると思いますが……。もっと大きな人形の服も作っていますから、そういう流行や芸術に敏感な方の意見は聞いてみたかったんですよね」


 人脈は何に繋がるか分からないが折角の縁だ。無碍にはしたくないという考えもある。クレアがそう言うとシェリーは目を見開いて、思わずといった様子でクレアの手を両手で握りそうになって、その手を引く。


「あー……っと。ごめんなさい。つい興奮してしまって」

「ああいえ。大丈夫です。一応、他の人形服も見てみますか? 本当に私の作ったものが好みなのか、判断できないところもあると思いますし」


 クレアは言って、鞄の中から他の人形や服も取り出す。

 演奏家の人形。妖精人形に狩人人形等々。他にもクレアは色々と人形を作っているし、少女人形を着せ替えるための服もある。


「て、手にとって見ても良いのかしら?」

「はい」


 シェリーは恐る恐るといった様子で人形や人形服を手に取り、それらをまじまじと眺める。


「そう。『原典』を探していたのよ。期待していた以上に素晴らしくて、感動しているわ。それに服だけではなく人形自体も……」


 妖精人形を手に取り、顔や身体の造型、羽根の精巧さに目を奪われている様子のシェリーである。 


「私としては、服飾を修めたというよりは自分が操るための人形に着せたいものを考えて作ったものですから……そういう意味では仮に普通の服を作ったとしてもあまり着る人のことを考えられていないかも知れません」


 装飾は自分好みの人形になるように盛り込んでいるが、実用性や快適性となるとあまり意識していない。文字通り、人間用の服ではないのだから。


 人形やその衣服の精度を上げると人形を介した際の魔法の出力も上がる。人形全体の出来はクレアの魔法にも作用するために、趣味だけでなく実用性も兼ねてのものではあるのだが。


「人形を操る……。それも見てみたいわね」

「私としては人に人形繰りを見せて感想が聞けるというのは寧ろ嬉しいものだったりしますが……流石にお店でやるのはという気もしますね」


 クレアが応じる。肩の少女人形は少し苦笑しているような、そんなリアクションだ。この時に限らず少女人形の動きは自然なものであったから、クレアが改めて人に見せるための人形繰りをした場合どうなるのかにはシェリーも興味があった。


「これは最近の話なのだけれど、劇場近くにある広場では芸を見せようという人達が色々と突発的に披露することが許可されているわ。観客が集まるかどうかは腕に左右されるけれど、芸術に理解のある人達が集まりやすい場所でもあるから、広く才能を発掘するために、ということね」

「なるほど……。では、お話が終わったらそちらでお見せします」


 ストリートパフォーマンスのような発表ができる場も王都には設けられているというわけだ。


「っと。少し話がそれてしまったわね。人用の服を作ったことがないという前提があったとしても、私は貴女の作る服が好みだわ」

「んー。わかりました。そうなると、どんな服が良いのかとか、服の受け渡し方法を考えておくべきですね。私は王都にはそんなに長くは滞在する予定ではありませんし」

「そうね……。宴席や夜会に着ていけるようなドレス……というのはお願いできるのかしら」

「ドレスですね。わかりました」


 クレアはそのまま依頼料や受け渡し方法についても話を進める。

 クレア自身は冒険者ではないが冒険者ギルドに伝手もあるので、そちらを経由してクレアへの手紙や物品を受け渡したりもできるという事を伝える。

 クレアからシェリーにどうやって服を渡すかは、次回王都に来訪する時に直接でもいいし、手紙のやり取りが可能なら出来上がった段階で連絡してもらえれば、辺境伯領に人を遣わし、ギルドで服を受け取る事も可能だ。


 クレアとしては冒険者ギルドに依頼という形を出して、服を預かってもらうということも可能なのだし。


 シェリーから提示された依頼料については、王都のきちんとした仕立て屋にドレスを作ってもらった場合の5割増し程だろうとセレーナが相場を教えてくれた。資金についてはシェリー自身が以前にも画家に出資するように進言してその絵が売れたことで、自由にできる資金があるということだった。


 どこかの商家の娘かとも思ったが、それにしては家名を売り込まないのは不思議なものだとクレアは思う。それでも、隠したい事情があるのはクレアも同じなのでそこには触れていない。ギルドを経由してやり取りするのはその辺が両者の暗黙の了解として成立している部分があった。


「実績がないのにそこまでしていただくのは恐縮なのですが……わかりました。値段分気合を入れて作ることで、期待に応えられるように頑張ります」

「人脈としての繋ぎや先々に期待しての出資の側面も強いからそこまで気にしないでいいわ。服のことを抜きにしても貴女とは長く付き合いたいと考えているから」


 シェリーは言って、クレアに手を差し出す。クレアもまた頷いて、シェリーと握手を交わしたのであった。

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