第118話 王都の人形繰り

「細かい事情を話すことができないということを考えると……いくつかの情報は明かさないと話が円滑に進みませんね。少し話を整理しましょう」


 服について話が纏まったところで、クレアの提案にシェリーも同意し、ある程度明かして良い情報、明かしてはいけない情報を取りまとめる。ドレスを引き渡す関係上、ある程度の情報は周囲にも明かさなければならないからだ。



「まず魔法契約の存在とそれに違反した場合どうなるのか。悪事だと判断した場合は暴露してもいいという事。この辺については何故細かい事を言えないのかを説明するのに必要ですね」

「そうね。私が悪事であると判断した場合は明かしていいというのは、家人達も安心できるでしょう」


 シェリーの言葉に少女人形が頷き、クレアが言葉を続ける。


「それから『服飾職人』への連絡手段と引き渡しの方法については、秘密ではないということにしても良いかと。私は仲介役ということで通して下さい」

「分かったわ」


 クレアが消音結界を解除する。街の喧騒が戻ってきて、シェリーはどこか楽しそうに周囲に視線を送った。


「私が知っている情報はシェリーさんにお伝えしました。服については私の伝手でその人物に話を通し、後程シェリーさんに引き渡す算段もつける、ということで」

「承知しました」


 ポーリンはクレアの言葉に静かに頷く。

 ポーリンもクレアには伝手以上の何かはあるだろうと察しているが、細かくは聞くつもりはないし、この場であったことを誰かに話すつもりもない。


「魔法契約については、約束を破っても罰則があるわけではないのだけれど。契約違反をすると私はクレアからの信用と関係を失うことになるわ。但し、私が悪事であると判断した場合は打ち明けて良いとなっているわね」

「罰則や強制力がないとはいえ……違反した時に弁解の余地がないというのは、中々厳しいですね」


 ポーリンが苦笑する。


「そうなのよね……。だから、お父様達にも最初だけ細心の注意を払って説明して、後は詮索無用で話を進めるわ」


 ポーリンも納得し、クレア達は改めて腰を落ち着けて茶と菓子を楽しみながら世間話をする。


 といっても自分達の内情には触れにくいし明かしにくい。そのため、世間話が主なものとなった。


「私は暫く前に王都に来た事もあるのですが、劇場近くの広場については存じませんでしたわ。王都は少し見ない間に色々変わっていきますわね」

「そうね。私は王都育ちだから他の場所をよく知らないのだけれど」

「その点、トーランド辺境伯領は大きな変化をしないな。あの土地の方針や気風がぶれたりしないというのは心強いことではあるが」

「辺境伯領については噂には聞いているけれど、実際に見てみるのが楽しみねえ」

「私も一度辺境伯領に足を運んでみたいわ。尚武の気風が強い戦士達の都市。知の都――王都と並び称される王国の双璧にして、武の都。見れば感じ入るものがあるのでしょうね」


 セレーナ達の言葉に、シェリーが応じる。


「街並みも雰囲気も随分違いますよ。街全てが要塞や防衛のためという印象で、初めて訪れた時は感動しました」

「王都の雰囲気とは対照的ですわね。ですから双璧なのですが」

「はい。私としては王都の雰囲気も良くて、訪問してからこっち感動している事が多いですよ」

「あら。生まれ育った街がそう言ってもらえるのは嬉しいものね」


 そんな話をしながら一同は和やかな雰囲気の中で茶と菓子を楽しんだのであった。




 クレア達はその後で、劇場近くにある広場に向かう。芸の披露やパフォーマンス等で表通りがあまり雑多な雰囲気にならないように、劇場の裏手側にその広場はある。

 扇状のステージもあり、催しもできるようになっている。野外の舞台である為、周囲に迷惑がかからないよう、消音結界も展開することができるという話だ。


 他にも歌や演奏といった芸を披露している者や、それを観ている者達が何組かいて、広場は中々賑やかな雰囲気だ。


「時間帯や休日、祭日等の予定次第で、もっと賑わっている時もあるわ。今は空いている方ね。集まる人達の内訳によっては即興の楽団が結成されたりもあるわ」

「それは何というか、楽しそうですね。私は育った場所が違いますし、即興で合わせられるようなみんなも知っている曲とかには疎いので、歌や演奏での飛び入り参加は出来なさそうですが」


 演奏そのもので合わせられないのは少し残念に思いながらもクレアは広場の一角で丁度良さそうな場所を見繕って、そこで人形繰りの準備を始めた。


 人前で見せる人形繰りについては小人化の呪いを解除せず、小さいままで行う。妖精人形に関しては原寸大でも小さいものではあるが。更に、殊更人形繰りという事で人に見せる場合は、魔法を使わずとも済むところはクレアの技術面で賄う事が多い。

 目立たないためという理由もあるが魔法の修行ではなく、趣味だからだ。通常の人形繰りで不可能な部分や人形に仕込んだギミックの起動については一部魔法で補う事はあるが。


 クレアが今回魔法の鞄から取り出したのは、踊り子人形だった。


 他の芸人の演奏を邪魔しない。或いはこの環境に合わせて何かできるようにということで、踊り子の人形を起用した形だ。


 ドレスを纏っているが、スカートにはヒラヒラとした飾りがついており、履いている靴の踵を地面で鳴らしたり、手に持ったカスタネットを打ち鳴らしたりすることでこれらを踊りの演出として活用できるようになっている。


 ワインレッドのドレスを纏う、黒髪の踊り子人形だ。造型も整っており、顔やドレスから覗く手足を見ても妙な艶めかしさがあった。

 クレアが踊り子人形を選んだのは、ドレスを身に纏っているからシェリーへのサービスというところもあるだろうか。


 自分の脇に鞄を置き……操り糸で人形を吊るして地面に立たせ、シェリー達も少し離れた所でそれを観る。


 クレアは頷くと自分の中でスイッチを入れる。普段の自分から舞台用のものに精神的な部分を切り替えた形だ。


 少女人形や踊り子人形と共に恭しく一礼すると、クレアは口を開く。


「さてさて。新しい知己を得、私の人形繰りを見てみたいとのお言葉を頂きました。互いを理解し、今後の友誼を深めるための一助になれば幸いです。私も友人方に楽しんで頂けるようこの子達と共に踊ると致しましょう」


 口上を述べるクレアの雰囲気が変化していることをシェリー達も悟る。こうしたクレアの変化を初めて見るディアナやシェリー、ポーリンには少し驚くような光景だ。


 そうした変化に、一同がこれからどうなるのかを見守る中、踊り子が構えを取ったままで止まる。人形を繰るクレアの動きもまた、ぴたりと止まっていた。広場では芸人達の奏でる楽しげな音楽が流れているが、その雰囲気から静けさまで感じる。そこから――人形が周囲で芸人達が奏でている楽しげな音楽のリズムに合わせ、踵を数回打ち鳴らす。


 歌や音楽に合わせるように、人形が踊り出す。飾り裾を摘まんではためかせ、ステップを踏んで、踊る。踊る。くるくると回り、時に跳び跳ねて。躍動するような動きはまるで本職の踊り子を見ているかのようだ。


 リズムに合わせて右に左に舞い踊りながらも音楽に合いの手を合わせるように踵とカスタネットの音が響く。


 その音に芸人達もクレアの人形繰りに気付いたのか、クレアの事を意識しながら演奏するようになった。演奏を聞いていた広場の他の観客達も人形繰りに気付いて、そちらも共に鑑賞するようになった。


 それを察知したのか、踊り子人形の動きもより楽しそうに、よりダイナミックになっていく。操り棒を持ったクレアも共に踊るように動く。人形の跳躍に合わせて跳んで、操り棒から一瞬手を放し空中で身体を回転させながら、着地の前には操り棒を掴んで何事もなかったかのように人形繰りを続行するという、曲芸じみた動きまで披露している。


 こうした曲芸じみた動きは今世のクレアになってからできるようになったことではあるだろう。人形と共に刻むステップについては、オーヴェルの動きも元になっていたりするのだが、それがまた洗練された動きとして観客達には映るのであった。

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