第119話 シェリーの我慢
演奏している芸人達も心得たもので、クレアに合わせて演奏する曲も少し変わった。もっとリズミカルに踊れる、跳ねるようなリズムのものに。
合わせて踊るには技量が試されるような曲調で、芸人達としてはクレアの実力を見てみたいという思いもあるのだろうが、どちらかというと一丸となって盛り上げたいという考えがあるのだろう。
踊り子人形もそれに合わせるように複雑なステップを刻む。
打ち鳴らす踵とカスタネットの小気味良い音が断続的に響いて、観ている者達も引き込まれていった。
人形の指先や爪先、視線の一つ一つに至るまで神経が行き届いた動きは人形のものというよりも一流の踊り子のそれだ。
クレアの人形繰りは動きが流麗だ。普段の動きはごく自然の人の物と同じと感じられるものではあるが、ダンスの場合は日常的なそれとは違う。
動きの中に緩急やメリハリが織り交ぜられ、よく言われる切れのある動きというものを再現していた。
そんな中でクレア自身も曲と踊りに合いの手を入れるように時折人形と交互になるような形で踵を打ち鳴らしたり、一瞬一瞬人形と同じポーズを取ったりと、合わせて動く。飾り裾が、何か別の生き物のように躍動する。
人形繰りをシェリーに見せるのも目的だが、今回は芸人達が一緒にいるから同様に人形繰り師自身もパフォーマンスをする事で観客を楽しませる、という事を意識している。
これが単純な人形劇等の場合、クレアは裏方役に徹し、自分自身が全く目立たないような人形繰りを行うのだ。
場の空気やその日の状況に応じて使い分けしているというのはセレーナやグライフにも見て取る事が出来た。前世の経験もあって、舞台慣れしているクレアである。
そんなクレアの人形繰りとパフォーマンスに、シェリーは目を奪われていた。シェリーに見せるというのも目的の一つであったから、踊っている人形と時折視線が合うのだ。表情は変えていないのに人形自体が踊りを楽しんでいるように感じられ、引き込まれながらもシェリー自身の気分が高揚してくるのを感じていた。観客達もリズムに合わせるように手を叩いて一緒になって場を盛り上げる。
やがて芸人達に合わせて何曲かを踊り、クレアと人形は恭しく一礼をして見せた。
クレアの人形繰りが終わったことを察すると、それを観ていた観客と芸人――その場にいた者達から大きな拍手と喝采が巻き起こった。
シェリーも最後まで食い入るように見ていたが、一瞬遅れて周囲の喝采と拍手に我に返り、大きな拍手を送った。
その姿に楽しんでもらえたようだと、少女人形が小さく頷く。
観客達は銅貨や銀貨をチップやおひねりとして取り出し、それを見て取ったクレアは人形用の帽子を出して、少女人形と踊り子人形がそうした金銭を受け取って、お辞儀をしたりお礼を言ったりする。
「まだ子供なのに、この歳で凄いね、君は……!」
「初めて見たけれど……劇場でも公演できるかも知れないわよ」
芸人も観客達も口々にクレアの人形繰りへの感想や賛辞を述べる。
「ありがとうございます。楽しんで頂けたようで嬉しく思います」
そう応じるクレアが、もう普段の雰囲気に戻っていた。
意識的に入れていた舞台用の精神的スイッチを切った形だ。そういう雰囲気の変化もシェリーには興味深いものではあった。
「大した腕だな、お嬢ちゃん」
「乗せられて俺達も盛り上がっちまった」
「お陰で良い演奏ができたよ、ありがとう」
「こちらこそ。踊りに向いた曲で合わせて演奏してくれたので、私としても楽しく人形繰りができました」
芸人達に礼を言うクレアである。
今後も時々一緒に演奏等ができないかと芸人達には聞かれていたが、王都には観光で訪れているだけなのでとクレアが答えると、残念がられていた。
「いや、素晴らしいわ。人形繰りは今すぐ本職にできそうね」
観客や芸人達から解放されて落ち着いた頃合いで、シェリーがクレアに言った。
「ありがとうございます。今は趣味と修行を兼ねてなのですが、将来的にはこういう技術も何かの役に立てたいところですね」
クレアの言葉と共に少女人形が頷いていた。少女人形もどこか嬉しそうに見えるが、人形繰りで即興の共演が出来たことや観客達との交流でテンションが上がっているのだろう。
「ふふ。本当に人形が好きなのね」
ディアナはそんなクレアの様子を見て笑い、セレーナとグライフも目を細めるのであった。
「やっぱり仲介をお願いして良かったわ」
人形繰りの披露も終わり、クレア達は広場の隅で話をする。ポーリンはクレアとシェリーが気兼ねなく話せるように、少し離れた位置で待機中だ。
消音結界を展開してその中でシェリーと話をする。
踊り子人形のドレスは舞踏用に作ったものとのことだが、そこに使われている服飾の技術は王都でも目新しいもので、夜会、宴会、式典等々に着ていくドレスに関しても応用が利くだろう。
「クレアさんは自分の服は作らなかったのかしら? 勿論、その服や青いブローチも素敵だけれど……南の海洋諸国側の特徴よね、そのブローチは」
シェリーが少し疑問に思ったのかそう尋ねる。
クレア自身はあまり王都では目立ちたくないので、今着ている服自体は目新しい技術が使われていないものを着ている。装飾性があり過ぎても大樹海で困るというのもあるだろうか。
「ありがとうございます。いえ、修行中の身ですし、師匠の下さった魔女の服を気に入って大事にしていたのですが――人形ばかりでなく自分自身にももっと飾り気を出した方が良いと言われたことがありまして……。それで普段お世話になっている仕立て屋さんに何着かお願いしたりしました」
「例の仕立て屋かしらね」
「そうです」
頷いてから、帽子の大きな鍔で隠れているクレアの表情――口元に少しだけ変化があった。少しはにかむような、そんな笑みだ。
「人形用の装飾品をたまに作る事もありますが、このブローチは――産地まではわかりませんでしたが、人から頂いたものですね。ですから……何と言いますか。気に入っていますし、そういったものは身に着けておきたいな、と」
首元のブローチの縁に少し触れてクレアが言葉を続ける。その言葉にグライフが一瞬目を閉じ、セレーナが静かに頷く。
「なるほど……。少し貴女の事が分かったような気がするわ」
シェリーも微笑んで、そう応じるのであった。
服に関する諸々の話と再会の約束を取り付け、クレア達とシェリーは別れた。
本音を言うのなら王都滞在中の間ぐらいはクレア達と行動を共にしたいところではあるのだが、シェリーとて行動の自由はあるが時間が自由になるわけではない。帰ってからするべきこともあるのだ。
今日はシェリーが出資している相手の劇場での公演があったから足を運んで挨拶をしていただけで、父親からは街中でゴタついている事があるので注意するように言われていた。
それに関連しての事かはシェリーには分からないのだが、兵士達から逃亡している男達が自分を人質に取ろうとした。本来ならもっと
そんなわけで、クレア達との知己を得ることができた。他の面々……セレーナやグライフ、ディアナも話をしてみれば興味深い面々だ。
そんなわけでシェリーはこれから先々のクレア達の交流と、いずれ出来上がってくるであろうドレスを楽しみにしつつも、帰路に就いたのであった。
挨拶に来た来客に応対したり、教師からの課題を自室でこなしている内に時間は過ぎていき……シェリーの父親が顔を見せに来た。
「ふむ。街中で事件に巻き込まれかけたとポーリンから報告を貰っているが……随分と機嫌が良いようだね、シェリル。どうやら良い事があったようだが」
「そうですね。幸運に恵まれまして。同性で同年代の、才気溢れる方と出会う事ができました」
「それは良い事だね。その相手は大事にすると良い。生涯の友人になり得る」
シェリーの名をシェリルと呼んで、父親は穏やかに笑う。鮮やかな青い瞳が細められた。
「はい。そのつもりでいます。色々事情がありそうですが、決して悪い方ではなさそうなので。家に仕えないかという言葉が口から出かけましたが……将来の予定も決まっているとのことで我慢しました」
シェリーが苦笑してそう言うと、父親は愉快そうに笑った。
「それはまた、随分惚れ込んだものだね。初対面なのだし、いずれそのように思ってもらうにしてももっと時間をかけてからの方が良いだろう。互いの事情を知らず、いざ話を聞いてみようとしたら相手が実は王家だったともなれば、知ってからでは断りにくい」
「はい。それでは騙し討ちになってしまうような形ですからね」
シェリーはそう言って父親――ロシュタッド国王リヴェイルに向けて嬉しそうな笑みを向けるのであった。
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