第120話 屋敷と追跡

「いやあ、今後が楽しみですね」

「シェリー様は芸術方面にかなりの知識をお持ちのようですし、劇場でも色々面白そうなお話を聞けそうですわね」


 シェリーと別れたクレア達は、そのまましばらくの王都観光と買い物を続けた。話題はやはりシェリーや王都を再訪して劇場に行った時についてのものが多くなる。

 何か事情がありそうではあるが、シェリーに関してはどこかの貴族か商家の令嬢だろうという推測だ。


 悪人ではなさそうと見ているのはクレア達からもシェリー達からも、お互いに対して思っている部分ではある。その為、クレアはシェリーの出自をそこまで気にしてはいない。

 その内もっと仲が良くなれば、話したり話されたりする機会もあるだろう。


 そうやって話をしながら王都観光と買い物を続けていたが――。


「クレアちゃん、あれを」


 ディアナが通りの様子を見て言う。

 ダドリーの実家である宝石店前に人が集まっている様子だった。店が繁盛しているという雰囲気ではない。どちらかというと野次馬が集まって少し遠巻きにしているという印象だ。何があったのかと、クレア達が注視すると、人だかりの隙間から店の入口を兵士達が固めているのが見えた。


「何があったんだ?」


 昨日の今日での話だ。一応ある程度予想はついているが、グライフが噂話をしていた野次馬達を見つけて話しかける。


「さっき兵士達が話してるのを聞いたが、何でも宝石店回りの奴が悪事を働いてた疑いとかでな。それで店ごと押さえて色々調べているとこなんだってよ」

「昼間っからいきなり店に兵士が押し掛けるだなんて大事だろ?」


 野次馬達はそんな風に情報を教えてくれた。


「確かに。余程のことをしたのかもな」


 グライフが応じると、野次馬達は誰が何をしたのかという噂話で、ああでもないこうでもないと盛り上がっていた。

 ある程度情報を把握しているクレア達はこうなっている理由も分かるが、国王側の動きが早い。カールからの話も聞いているが、相当怒っているか問題を軽視していないかというところだろう。


「――対応が早いわね」

「伯爵家の人間としては安心できる話ですわ」

「辺境伯家もそうだったからな」

「王国がしっかりしているというのは頼れる話ではありますが」


 宝石店の前を離れダドリーの絡んだ話をしながらもクレア達は宿へと戻った。


「ん」


 部屋に戻ると窓からフォネット伯爵家の別邸を眺めていたエルムがクレアの姿を認めて小走りで近付いてくる。スピカも無事に戻って来たことを喜ぶように一声上げた。


「お留守番ありがとうございます、二人とも」

「ふふふ。可愛いわね」


 そんなスピカとエルムの姿に表情を緩める面々であったが、エルムの手には手紙らしきものがあることに気付く。


「お兄様からのお手紙でしょうか?」

「ん」


 小さく答えて、エルムはセレーナに手紙を渡した。これはスピカが屋敷から受け取って運んできたものだろう。

 それからエルムはクレアにも手紙を差し出す。


「あれ。それじゃあ、こっちの手紙は……?」

「ん」


 クレアの肩の少女人形が不思議そうに首を傾げると、エルムが蔦で自分を指差すような仕草を見せた。


「エルムからですか?」


 尋ねるとエルムはこくんと首肯し、クレアとセレーナはそれぞれ渡された手紙に目を通していく。


「お兄様からは――通常の連絡ですわね。領地への帰り道には、王家が信頼のおける騎士達で構成した護衛団を付けて下さるそうですわ。その際の心配はしなくても大丈夫、と書いてあります」

『それは安心できるな』


 セレーナがカールからの手紙の内容を説明すると糸を通して隣の部屋にいるグライフの声が応じた。


「エルムちゃんからの手紙は何が書いてあったのかしら?」

「……窓から監視していたら裏口側からの様子を窺っている男達がいた、とありますね」

「ん」


 こくこくとエルムが頷く。実際の文面は「うらぐちから、みてるおとこたちが、いた。ちゅういして」というようなまだ拙い文面ではあるが、伝えたい事はしっかりと纏められている。

 エルムは再び羽根ペンを手に取ると、手紙を書いていく。二枚目の手紙にはオナモミの種子のような、棘のある種が添えられていた。正確には種のような物体で、そこからはエルムの魔力が感じられる。


「さいしょのおてがみは、かーるへのれんらくよう。すぴかが、このとげとげ、うえからおとして、ふくにくっつけてくれた。どこにいったかわかる」


 手紙にはそんな文面も書かれていた。その種はやはり、エルムが自身の能力で形成したものらしい。

 スピカについては監視と連絡役までは言われているが、追跡までクレアは命じていない。クレアが別行動しているので安全策を取った形だ。


「おお……。二人とも流石です」

「ん」


 クレアはエルムを抱き上げ、スピカを撫でる。エルムは嬉しそうな表情になって、スピカも小さく心地良さそうな声を上げて応じた。良く見るとスピカにもその棘のある種が少しくっついており、それをクレアは取っていく。


『その種……追跡だけでなく仲間内で連携する時も便利そうだな』

「確かに。エルムがいれば仲間の居場所もわかるわけですね」


 グライフの言葉にクレアもうんうんと頷く。

 エルムの手紙の一通目ががカールへの連絡用だったというのなら、それをスピカが屋敷に持って行く前にクレア達が戻って来たという事なのだろう。


「では……カールさんに手紙を渡してから、追跡に移りますか」


 クレアがそう言うと一同頷く。宿に監視を残しつつも追跡して相手の居場所と目的を割り出すというわけだ。


「例の宝石店はどうやら兵士達が押し掛けていたけれど……時間帯から見て残党の可能性は高いわね。無関係の別件という可能性も、ないわけではないけれど」

「残党であるなら伯爵家に目をつけてきたのは、相手方も素早いですわね。どこから情報が漏れたのやら」

「いずれにせよ、調査は必要ですね。宝石店の他に拠点があるのなら、こっちで対応までやってしまいましょうか」

『残党を潰しておけば後腐れが無くなって良いな。安心して王都から帰ることもできるだろう』


 クレアの言いたい事を察してグライフが言った。そうして、クレア達はスピカにカールへの連絡の手紙を預けつつ、エルムを連れて再び街へ繰り出すこととなった。




「戻りやした、エルトンの旦那」

「――街中の様子はどうだったのだ……?」


 荒事に慣れていそうな男達が広々としたリビングに入ってくると、苛立たしそうにしていた中年の男――エルトンが顔を上げて、開口一番そう尋ねた。

 エルトンは宝石店の店主であり商家の主。そしてダドリーの従兄という関係だ。

 一早く兵士達の手入れが店に入るという情報を掴んだ店主は、王都のとある屋敷に逃れていた。少なくとも自宅ではないし、表向きの名目では宝石店とは関係のない屋敷だ。


「ざっと見てきましたが店と工房に兵士達が踏み込んでましたぜ。入口も裏口も封鎖されてました」

「フォネット伯爵家は?」

「警備は緩そうでしたがねえ」

「警備もいましたが人数は大して多くはなさそうです。忍び込むのは夜になってからが良さそうですがね」


 という男達の返答に、店主は舌打ちする。


「全くダドリーの馬鹿めが。疑われていないと言っていたというのに、この体たらくとは……あいつは一体、伯爵領で何をやらかしたのだ……!」


 店主はそう言って、部屋の隅で静かに身を小さくしていた男に視線を向ける。


「お前は何か聞いていないのか?」

「俺だって同僚の噂話しか知らないですよ、エルトンさん」

「それを聞いて納得するとでも思うのか? 普段から世話をしてやっているんだから今から聞いてこい……!」

「無茶言わないで下さいよ……。今日は非番ですし、休みの日に顔を出すなんてしてないから後で怪しまれますよ。昨日聞いた噂を伝えるぐらいが精一杯で……あああ……! こんな兵士達が大規模に動くような事件だとは思わなかった……!」


 そう言って男は頭を抱える。そんな男に、エルトンは言った。


「分かっているとは思うが、私を裏切ったら許さんぞ……!? お前とて今まで散々金を受け取って良い目を見させてやっているのだからな……! お前の裏切りで私が捕まるような事があったら、お前のやってきたことも大袈裟に伝えてやる!」

「しませんよ! そんな事しやしません!」


 男は悲鳴を上げる。そんなやり取りをしている部屋の窓から、細い糸が室内へと入りこんでいた。音で情報収集をするための――クレアの糸だ。

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