第121話 裏工房
――追跡のためにエルムと共に再び街に出たクレア達であったが、目的の男達はすぐに捕捉できた。というより、捕捉自体はエルムとスピカが棘種を服に着けた時点でできているのだ。最短で男達を見つけ、その追跡を開始した。
男達は真っ直ぐに根城としている屋敷に向かったわけではない。街中にある各所を回って兵士達の詰め所の様子を見たり、食料を買い込んだりしていた。
「敵方とするなら偵察と補給に見えるな」
というのが街中で動いていた彼らに対してグライフが抱いた感想だ。状況の確認と買い出しを行っているのではないかと推測したわけである。
位置を捕捉し離れた位置から顔と人数を確認。それから目では確認できない距離を維持しながらも追跡し、エルトンの拠点を突き止めた、というわけだ。
強固な隠密結界を展開し、敷地内に忍び込み……魔力の探知によって人が集まっている部屋を特定。
それからクレアの糸によって部屋の内部を探り、聞こえてきたのが今の会話、というわけである。
「王城側の動きを把握していないとはいえ、困った方達ですわね……。まだ伯爵家に何かをして状況を打開できると思っているとは……」
庭木の近くに屈んで部屋の中の会話を聞いていたセレーナが、目を閉じて残念そうにかぶりを振る。
状況はもうフォネット伯爵家の手を離れて国王と宰相の判断で兵士達が動いているのだ。今更フォネット伯爵家に直談判や他の強硬手段に打って出たところで、マーカスやカールが何かをできるわけでもない。自分達の立場を悪くするだけだろう。
「エルトンという方は、やはり宝石店の偉い人ですか?」
「はい。店主で、ダドリーの従兄であったかと」
クレアの質問にセレーナが答える。フォネット伯爵家側ではダドリーやその家に関する調査をしている。それぐらいの情報はセレーナも持っていた。
何をするつもりなのか。この屋敷は一体何なのか。その辺を探る必要がある。そのため更に屋敷の構造を調べていく。
クレアの場合内部に立ち入らなくても、糸を伸ばせば屋敷の立体図を形成できるのだ。部屋の中の会話を聞きながらも、クレアは屋敷の内部構造を把握するために壁や天井、柱等に沿って糸を伸ばしていった。
『ともかく、夜が更けたら伯爵家に向かうぞ。当主のマーカスも嫡男のカールも領民に対して情をかける甘い男だと聞いているからな。誤解だと訴え――それが駄目なら家人なりを人質に取ればいい。後は私達がダドリーに加担しているというのは誤解だと口利きしてもらうなり……最低、恩情を申し出てもらうなりはできるかも知れん』
『わかりました。ま、俺達も旦那が倒れたら後がないですからね』
といったような会話が部屋の中ではなされていた。
「人質……」
「強硬手段に出ようとしていることもそうですが……随分侮ってくれたものですわね」
ぴくりとクレアの帽子が揺れ、セレーナも静かに呟くように言う。
「呆れたものだな」
「叩き潰しても問題無さそうな相手で安心したわ」
グライフとディアナも言うと、エルムもこくんと頷いていた。マーカスもカールも人となりを知っているし、伯爵領での滞在中も良くしてくれただけに、エルトン達の企ては方法も目的も、クレア達には看過できないものだった。
『貴族家に押しかけて暴力沙汰だなんて……もし失敗したら……』
『失敗しなくてももしこのまま、この裏工房まで暴かれたら破滅は確定だろうが!』
そこに部屋の中から更にそんな声が聞こえてくる。
「あらあら。裏工房?」
「そう言いましたね……。今のところそれらしき部屋や設備は見つけていませんが……」
その言葉にはディアナと共に少女人形がやや驚いたような反応を見せた。
「なるほどな……。屋敷の構造に不自然な箇所があるように見える」
クレアは手の中にワイヤーフレームで構成されたような、屋敷の縮尺立体図を糸で構築していたが、その一角をグライフが指差して言った。部屋と部屋の間に不自然なスペースがある。
「隠し扉とか、その類でしょうか?」
「そうだな。幅からすると階段かも知れない」
「とすると……地下かしら……」
「重点的に調べてみます」
クレアは隠しスペースの付近に糸を這わせていく。やがて壁と床の間に隙間があるのを見つけると、そこから糸を侵入させていった。
縮尺の立体図の方にも糸の動きが反映される。地下に続く階段が形成されていき、やがて地下室に到達する。
「魔力の反応や隠蔽結界の気配はありません。内部を映して見てみましょうか」
遠隔地を見るための糸を構築。地下室の内部を映し出す。地下室だ。当然暗かったので暗視の術も併用する。
そこには――絵画や彫刻、雑多な道具、資材。何かを収めた木箱等々、様々なものが置かれていた。完成品もあるが、書きかけ、作りかけといったものもちらほらと見受けられる。
「あー……裏工房というのは、そういう」
「あの絵画、有名なものなのですが……何年か前に盗難されたと聞いた、ような……」
「ここで贋作を作っていたわけか」
「こんな裏工房があったから、倉庫にあった証拠品の偽物を作って入れ替えて、着服するなんて発想になったわけね」
ダドリーとエルトンのどちらが発案した事かクレア達は知る由もないが、共犯であったというのは間違いないだろう。
クレアが糸で裏工房の内部を探っていくと、一角に棚や宝箱があり、そこを探ると書類や金が出てきた。糸を操り、紙束を捲ってそこに書いてある文言に目を通す。
収支の書かれた紙束。名簿と連絡先。
「あー……普通に証拠ですね。裏帳簿と言いますか」
「税を納める必要がありますから。表の宝石店と裏工房でお金を行き来させて帳尻を合わせていたというわけですか」
「商人らしいと言えばそうね。箱の中身のお金も不正な蓄財なんでしょうけど……また随分と貯めこんだものだわ」
ディアナは呆れたように肩を竦めた。
「名簿の方は裏工房が抱えている職人と、贋作を売り捌くための仲介者か。これがあれば纏めて事件を解決できそうだな」
グライフが言う。必要な情報はそろそろ集まった頃だろうかとクレア達はこれから動くべきかを話し合うが、エルトン達もまだ会話を続けている。
『それにだ。もし伯爵家がどうにもできなくても、その場合は地下でしばらく身を潜めればいいのだ。警戒が薄れた頃、資金を持って王都を脱出し、新天地でやり直せばいい。店や工房を捨てていかなければならないのは業腹だがな』
『そのために食料をこんなに買い込ませたってわけですかい』
『流石はエルトンの旦那だ』
『私はやれる手立ては全てやることで宝石店を大きくしてきた。これからもそうするだけの話だ』
といったような会話がされている。エルトンの商人としての信条は聞くだけなら立派で前向きなものにも聞こえるが、やれる手立ての中には非合法な手段や暴力も含まれている。その延長で伯爵家の襲撃も考えているのだろうとクレア達は理解した。
「どちらにせよ、兵士達さんに知らせて終わりというわけにはいきませんね。証拠がないとすぐ動いてくれるとは限りませんし、隠し扉を見つけられるかどうかはまた変わってきます」
ここでエルトン達を見かけたぐらいの情報提供はできるが、隠し扉や地下室がどうこう等の事細かな情報提供まですると王城から注目されてしまう事になるだろう。
「そうですわね。対応までに襲撃されたり地下に籠られても面倒ですわ」
だから――クレア達の出した結論としてはこういうものになる。自分達で動いてきっちりとエルトン達を無力化してから兵士達に知らせればいい、と。
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