第122話 地下室の襲撃

 屋敷の外でクレア達が結論を出す頃、部屋の中にいるエルトン達も食料を地下室に運ぼうと動き出していた。

 運び込めと命令しようにも地下室の隠し扉を開けるのはエルトンだけにしかできない。男達は荒事や汚れ仕事を担当するエルトン達の手下だ。

 ほとんど運命共同体、一蓮托生といった具合で結託している共犯者ではあるが、自分の眼の届かないところで入らせると金を持ち逃げされる可能性もあると、エルトンは完全には信用していない。そのため、自分も共に地下室へと向かった。


 要するに、その場にいる者達で買い込んできた食料を持って地下室へと移動したのだ。


「お前は裏工房に入るのは初めてだったな?」

「そ、そうですね……」


 エルトンの内通者は未だに先々のことを不安に思っているようではあるが、裏工房の中には興味もあるのだろう。少し周囲を窺いながらもエルトン達についていった。


 廊下の一角で「そこで少し待っていろ」とエルトンは言って、男達から廊下にある柱の一部が見えないよう自身の身体で隠しつつ、指輪を柱の窪みに嵌めて軽くひねった。


 それで鍵が外れる。エルトンが廊下の壁を押すと、そのまま奥へと開かれ、地下へと続く階段が現れた。エルトンは手にした魔法道具のカンテラを手に身を進める。


「よし。ついてこい」


 という言葉に従い、食料を持った男達が後に続く。内通者の男は興味深そうに見回しながらも階段を降りていった。


 広々とした地下室は裏工房と銘打っているが、色々な贋作を作っている場所だ。

 盗難された美術品や押収品倉庫から持ち出されたもの。その贋作とそれを作る道具が置かれており、やや雑多な印象があった。


「では――そうだな。そこに食料を積んでおけ」

「食料は言われた通り腐らないもんを買い込んできましたが、水はどうするんで?」

「魔法道具がある。裏工房の仕事がある時は職人もここに籠るからな。ある程度生活は裏工房の中でできるようになっているのだ」


 エルトンが説明をする。トイレと風呂、厨房といった設備もしっかりと備わっている。


「寝具は上から持ってくるか。仮眠室の寝台はあまり物が良くないからな」


 エルトンが次の仕事を割り振ろうと後ろに振り返ったその時であった。フード付きのマントを目深に被った集団が、地下室に入って来たのだ。階段を降りてくる足音もない。そもそもはっきりと目に映っているのに、何者かがそこにいるという判断すらやや遅れた。


 誰かがいる。小柄な者が多い。或いはフードの下は女子供かも知れない。そんな認識が追い付いたかどうか。それよりも早く、その集団が動く。

 細剣や双剣、杖を手にした瞬間、エルトンはようやく言葉を発することができた。


「な、何者だ!?」


 それもズレた言葉だ。普段通りであれば。或いはもっとエルトン自身が戦いの場に身を置いているような人種であるか、認識を阻害する系統の魔法への対抗手段を持っていれば「敵だ」という言葉を発することができただろう。


 エルトンの取り巻き達が振り返った瞬間には、フードの集団が容赦なく踏み込んできていた。無言、無音の襲撃。


「な――!?」


 一番離れた位置にいたエルトンの取り巻きが咄嗟に武器を抜くことができたのは、そういう場に身を置くことが多かったからだ。だが――遅きに失していた。


「がっ!?」

「うぐっ!」


 先頭の男が双剣持ちに利き腕の腱を斬られ、続く男が肩口に細剣を突き刺された。内通者だった男に杖の先から迸った電撃が浴びせられ、悲鳴を上げて崩れ落ちる。


 武器を抜くことができた男には一番小柄なフードの人物から蔦のようなものが鞭のように放たれていた。空気を引き裂くような破裂音を立てて肩口を打ち据える。ごきんと、鎖骨が折れる音が響いた。


 もう一人、やや遅れて対応するように動けた男もいたが、全くの死角から光の矢のようなものが飛来して足を貫き、穴を穿たれた男は切りかかろうとした態勢を崩されて床を転がる。


 そうやって男達が苦悶の悲鳴を上げて床に転がる頃には、襲撃者達は次の目標を決めて切り伏せ、叩きのめしていた。


「な、なな……」


 あっという間の蹂躙だった。エルトンを除いた取り巻き達と内通者は残らず戦闘不能、行動不能に追い込まれている。奇襲であったという前提があるにせよ、人数で負けている相手を一方的に、しかも短時間で壊滅させるというのは、襲撃者達の腕が取り巻き達より遥かに実力で勝るからに他ならない。


 エルトンが未だに立っていられるのは、彼自身が戦闘能力を持たずに襲撃者達と戦おうとしていなかったからに他ならない。


「お、お前達、一体……」


 壁際に追い詰められるように後退あとじさりし、狼狽したエルトンが困惑と恐怖に声を漏らすも、襲撃者達がまだ倒れた男達の命までは取っていないことを見て取ったのか、気を取り直すように首を小さく横に振ると、声を上げた。


「い、いや! わ、私を見逃せ……! 金ならくれてやる……!」


 そんなエルトンの言葉に、襲撃者達は呆れたように顔を見合わせる。追い詰められた時に言っている事が従弟のダドリーと同じだったからだ。

 そうやって一瞬顔を見合わせた後、細剣を手にした襲撃者が無造作に前に出てくる。


「潔くありませんわね……」


 そんな小さな呟きと共に、細剣を握っていない方の手を伸ばす。


「く、来るな……!」


 エルトンがナイフを抜こうとするその動きを制するように踏み込んで――その掌が額に触れる。


 その途端、エルトンの足から力が抜けてその場に崩れ落ちた。


 相手の意識を奪うための眠りの術だ。接触が必要だし、相手の魔力が高ければ抵抗されるが、エルトン程度の魔力の相手ならこれで十分と言えた。


 エルトンの意識が無くなっていることを確認し、襲撃者――セレーナが頷く。

 それからクレアがロープを取り出し、固有魔法で操って戦意を喪失している男達を縛り上げていった。

 独りでに動くロープを気味悪がっている者やまだ抵抗しようとする者もいたが、眠りの魔法で意識を奪っていく。全員を昏倒させて拘束も終わったところでクレアが口を開く。


「まあ、この魔法であれば二日は目が覚めません。後は……上の廊下に寝かせておいて、兵士達に知らせるだけですね」


 と言っても、知らせるにしても兵士達に名乗り出るということはしない。どうやって知ったか等々、説明するには竜退治の経緯も話さなければならなくなるからだ。


 知らせる方法は兵士達の詰め所に手紙を届けるというもので良いだろうと、クレア達は結論を出す。

 昼間の兵士達に場所を教えてもらった詰め所であるならば、そこで働いている兵士達も信用できそうだと思えた。





「――まだエルトンは見つかっていないのかね?」

「何らかの方法で事前に察知して逃亡したか……或いは兵士達が店を抑えたところを見かけて逃げ出したか。外壁は警戒していますから、まだ王都内に潜伏している可能性が高いものと思われます」

「後者であればまだしも、前者であれば内通者を見つけ出す必要があるな」


 その、兵士達の詰め所の二階にて。騎士と兵士長は行方を暗ましたエルトンについてそんな話をしていた。


 そこに――不意に何度か窓を叩くような音が聞こえて、二人の動きが固まる。


「……ここは2階だったはずだが」

「そうですな……。む。あれは?」


 二人が窓に視線を向けると、窓枠に何か、折りたたまれた紙が挟まっているのが見えた。


「紙……? 一体誰が、どうやって?」

「エルトンの行方について……ですと?」


 折り畳まれたそれは手紙であるらしく、随分と直線的な文字で「エルトンの行方について」と書かれていた。やはり、クレアが糸を使って窓を叩き、二階に手紙を届けた形だ。


「……内容を確認してみましょう」


 中身を検めるとそこにはエルトンの潜伏先と、その場所が裏工房である事、不正な蓄財や帳簿などの証拠を隠し地下室発見した事。その開き方。無力化して廊下に転がしてあり、全員眠らせてあるので二日は目を覚まさない事が事細かに書いてあった。


 二人は思わずといった様子で再び顔を見合わせる。


「……罠の可能性は?」


 疑問はいくつもあるがその真偽が一番の問題だ。


「十分に考えられますな。いずれにせよ、ここに書かれた場所を確認すべきでしょう。警戒しつつも手紙の内容が本当だった場合、逃亡されないよう、包囲してから動く事にします」


 兵士長はそう言って、すぐさま動くために部屋の外へと出ていく。

 そうして、夜になる頃にはエルトンの裏工房に兵士達が踏み入り、手紙に書かれた通りの状況と証拠を発見することになるのであった。

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